第2話 ウィル

 僕の名前はウィル。僕はいつも早起きをする。なぜならば朝は訓練の時間だからである。日課になっている素振りの時間。


 いつもならこれが少し苦痛に感じたり、気怠かったり、こんなことをして憧れに追いつけられるのか不安になったり、マイナスな考えが頭を過ってしまう。


 だが、今日は違った。



「おい、足が隙だらけだ」

「はい!」



「頭も隙だらけだ」

「はい!」



「全身隙だらけだ」

「は、はい!」



 目のまえにあの勇者が居て、一緒に訓練をしてくれるからである。まだ日が登りきっていないというのに眼は昼間以上に冴えている、これが勇者効果だろうか。



 勇者様は木の剣を持ってきてくれて、それを使って剣戟の練習をしてくれている。練習と言っても、試合と同じ。勇者ダン対ウィル。これは勝負にはならない。


 案の定、木剣で頭とか足、胴をポカポカあてられる。


  

 正直に言えばちょっと痛い。でも勇者様の剣筋が生で見れて幸せという謎の心境に僕はなっていた。


 勇者ダン、彼の剣筋が見れただけでも幸せなのだ。こんな幸運はない。ただ、一つ懸念点があるとすれば剣筋が速過ぎて良く見えないのだ。


 きっと魔法による身体強化はしていないのだろうけど……。気付いたら頭の上にあって叩かれている。鋭い、速さは大分抑えてくれているはずなのに対応が追いつかいのだ。



 凄すぎる……流石勇者ダンだ!!



「げほっ、げほっ」



 気付いたら僕は地に伏せて、仰向けになって天を向いていた。体力はほぼ余っていない。過呼吸になりながら空を見る。あの薄暗い青空くらい、見えるのに全く届かない天のように彼の背は遠いと感じてしまった。



「ほら、飲め」



 勇者ダンが僕に水の入った水筒をくれた。これすら感激である。僕は普段から憧れで被っている鉄仮面を外して、口の中に水を流し込む。


 体の中に水の入る感覚が異様に気持ちが良かった。いつもよりも清々する感覚が駆け巡る。


 僕は飲み終えた後、チラリと勇者様を見る。彼は僕と違って一切疲れていない。水を飲む必要はないのだろう。


 少しだけ残念であった。なぜならばもしかしたら、勇者ダンの素顔を見ることが出来たかもしれないからだ。


 これは非常に有名な伝説の一つであるのだが……、というのが存在する。



 正確に言えば、彼自身と彼の家族は知っているのだろう。だが、それ以外は誰も知らないらしい。


 嘗て、勇者ダンと共に一緒に魔王と戦った三人の英雄が居る。何年も一緒に居たというのに、そのメンバー達ですら見たことないのだという。



 他にも勇者ダンには謎が多い、出身地も、住んでいる場所も年齢も、実力の全てが謎で包まれている。一説によると、隠すことによって己を悟らせない為であるとか。身内を人質に取られないように敢えて伏せているとか、しかしながら全てが憶測の域を出ない。



 このように勇者ダンには沢山の秘密があるのだ。謎が謎を呼ぶような存在、そういう所も凄くカッコいい。


 この謎、誰も知らない輝きがいつまでも続くと僕は思っていた。なのに……最近、僕は謎とすら、言われていなかったことを最近一つ知ってしまった。



 勇者に限界が近づいているのだという。これが事実であればとんでもないことだ。



「それを飲んだら、もう一度だ」

「は、はい!」



 ――文字通り平和が脅かされる。彼がいなくなる、それは文字通り、世界に穴が空く、それと同意義なのだ。



「あ、あの」

「どうした」

「ゆ、勇者様の素顔は誰も見たことないって聞いているのですが……本当に誰も」

「あぁ、その事か。確かに俺の顔は嘗てのパーティー仲間も見たことはないな」

「だ、誰にも明かさないんですね」

「明かさない、というより明かせない、という方が正しいだろうな」




 ぴしゃりと水を浴びせるかの如く、彼は言った。先ほどまで訓練で暖かった体温が下がって行くような感覚。孤独、ではないのだろうけど、彼はどこかそれに近しい不思議な存在に見えた。



「そうですか。あ、あの訓練の時間をもっと増やして貰えますか?」

「それは出来ない、七日に一回、これが限度だ。俺も暇ではないのでな」

「ですよね、すいません、無理を言って」

「いや、心意気は悪くない。それよりほかに何か言いたいことがあるのか?」

「その、勇者様って年齢は幾つですか?」

「それを聞いてどうする?」



 呆れたような声だった。確かに聞いたところで意味が無いのかもしれない。勇者ダンは五歳ごろから冒険者として活動をしてたと聞いたことがある。だとすると大体30歳……?


 勇者ダンについては僕も沢山知りたいから、思わず聞いてしまったが世界の為に、後継者を育てる彼からすれば本当につまらない質問だったのだろう。



「まぁいい。水は飲み終えたな。剣を振るぞ」

「はい!」




 日が登りきるまで僕たちは剣を振り続ける。



◆◆



 勇者と言う役割を押し付ける為、基、次世代の後継者を育成するために俺はイシの村と言う場所でウィルと言う少年のけいこをしていた。


 俺に憧れているのか、鉄仮面を被り、俺と同じ片手直剣を持っている少年、年は15歳らしい。


 ある程度打ち合って分かったが文字通り才能がない、もしかしたら見えづらいという可能性もある、すぐに分かる才能は保有していないようだ。



「ゆ、勇者様の素顔は誰も見たことないって聞いているのですが……本当に誰も」



 隣で腕を組んで後方師匠面でもしていたら、水を飲んだウィルが話しかけてきた。あー、その事か……。


 確かに俺の素顔を知る人はほぼいない。何故なら俺はフツメンだったりして気になり、更に周りはイケメンが多いから、つい肩身が狭く鉄仮面を被ってしまったのだ。


 ウィルも鉄仮面を被っているから俺と同じフツメンかと思いきや、黒髪黒目のまぁまぁイケメン、この世界って顔立ち整ってる奴が多いんだよなぁ。尚更肩身が狭い狭い。




 特にパーティーメンバーは全員完全左右対称でさ、困ったもんだったよ。鉄仮面外せないよ。しかもさ、俺様系でやってたから尚更外せない。結局世の中顔だからさ、超絶イケメンなら大概許される。


 でも、フツメンの俺様系とか誰得よ。恥ずかしさで死んでしまうわ。以上の理由から俺はずっと鉄仮面で顔を隠していたのだ。


 思い出すだけでパーティーでの肩身の狭さには萎える。四人パーティーなのにボッチだよ。


 殆ど、一人で居たし。



「そうですか。あ、あの訓練の時間をもっと増やして貰えますか?」

「それは出来ない、七日に一回、これが限度だ。俺も暇ではないのでな」

「ですよね、すいません、無理を言って」



 あ、それも無理だね。だって、お前以外にも勇者後継者候補が居るから。大体週一、七日間を一人ずつ割り振る感じで育てている。これを曲げるわけにはいかないのだ。



「いや、心意気は悪くない。それよりほかに何か言いたいことがあるのか?」

「その、勇者様って年齢は幾つですか?」

「それを聞いてどうする?」



 30歳ですけど? そろそろ親に結婚しろって真面目な顔して言われてる年頃ですよ。一番微妙な年だからね。何も言わないよ。


 朝からウィルをボコボコにしておいた。今日は一日、みっちりしごいてやるからなー。


 さて、今日はウィルだが明日は……ユージンか。アイツ結構尖ってるからな。しかも明日は騎士育成校で元パーティーメンバーと演説とかもあるし……。


 怠い……。魔王を倒して報酬として王様から沢山お金を貰ったのに、一生遊べるくらい持っているのに未だに酷使をされている我が身。


 だがしかし、それもあと数年。ウィル、ユージン、その他もろもろ、誰かが勇者の後継者になってくれれば……。


 俺は願い続ける。


 いつの日か、誰かが勇者を継いでくれると信じて。


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