#020 姉妹星
先に動いたのは、ニナだった。
誰よりも早く魔法の発動を完了させたニナは手のひらから光を放つ。それはニナ&シエルとヒトモドキの中間地点まで飛来した瞬間、弾けた。
光は一瞬にして視界を白へと変える。その瞬間的な速さは、ニナ自身も驚いていた。
「
シエルがすかさず追撃。光の弾丸はヒトモドキを撃ち抜いた。ヒトモドキの姿勢が揺らぐが、決定打にはならない。
今度はヒトモドキの方も攻撃に移る。六本の腕から風を収束させた玉を出現させると、四方八方構わず、一斉に放った。
ニナは左へ、シエルは右へ。
(体が、軽い――……)
ニナは自らの身体能力の変化に気づいていた。体が驚くほど軽い。自分の思うように、体が動けるのだ。
ヒトモドキの体は異様だ。通常のダメージでは破壊された先から再生してしまう。人ではないために、痛覚もない。まさに、不死身の戦士と言えよう。
だが、左腕のみは再生しない。完全消滅させることによって、ヒトモドキを倒すことが可能なのだ。
魔法とは、イメージの解放。
ウチとソト、と言えばいいのか。目覚めたあとのニナは不完全ながら、魔法の在り方を理解しようとしていた。
ニナは自分の魔法の正体に気づいてはいない。光を生み出しているが、それが光だけではないことを知らない。
今までの光とは、目くらましという扱いに過ぎなかった。だが、毒嶋との戦闘以降、その光は攻撃としても転用できることが判明する。
光の収束。剣の如く、鋭く。
放つ――。
「ッ――!」
解放。ニナの前に現れた光の刃は、ヒトモドキに向けて放たれていた。突然の変化はヒトモドキにとっても、パペットにとっても想定外だ。パペットはヒトモドキに回避行動を命令するが、ヒトモドキの反応は遅れる。
それでも回避できたのは、ニナの攻撃が想像以上に遅かったからだ。放った本人でさえ、その速さを捉えることができた。ヒトモドキの顔を掠っていき。
バンンンッッッッッ――!!??
ヒトモドキの顔を左半分消滅させた。
(なっ……!?)
パペットは目を見開く。ニナの攻撃は原理こそ不明であったが、ヒトモドキを殺せる手段を編み出していることは間違いなかった。
「ごほっ……、」
同時に、ニナの体が、揺らぐ。
思わず足を止めてしまうほどの激痛。ニナの体は既に本来の許容を超えていた。限界の体は魔法を発動するたびに悲鳴を上げる。
「殺れッ! ヒトモドキッ!!」
パペットはヒトモドキに命令を与えた。パペットは六本の腕を広げ、火を生み出す。それは上へ向かって放たれた。
ヒュゥゥゥゥ――――――。不快感を催す、キンとするような鋭い音。空気を焼き、異常な速さで飛んでいき。
弾けた。
「ニナっっっ――!!!」
シエルの叫び声を、ニナは聴き取った。見上げると、頭上から無数の火の矢が降っていた。火の雨だ。避けようとするが、痛みに反応が遅れる。
「くっ……、」
「――
刹那、衝撃が全身を襲った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
火の雨は、ニナたちだけではなく、憲司や秤たちにも迫っていた。
せり、秤が同時に動く。金の天秤をその手に出現させると、火の矢に向けて、突き出す。
「 燦 燦 ノ 解 」
「天秤よ還れッ!」
せりが生み出した酸の弾丸。降り注ぐ火の矢そのものを溶かす。概念に干渉するまでに至る魔法だった。火の勢いは弱まり、続いて秤の魔法が発動される。
天秤の能力は差し引き。だが、その真骨頂はむしろバランスを整えること。つまり、プラマイゼロにある。火の矢を対象にし、天秤は光輝いた。
光を浴びた火の矢は一斉に消滅した。
「へえ、やるじゃん」
せりさんがにこりと笑う。
「い、いえ……、」
秤はビクリと肩を震わせ、頬を赤くした。元来、人と接するのが苦手だった秤にとって美人に褒められることに過剰反応してしまっていた。
「ひひぃ……、腰が、抜けてぇ……、」
ハトは火の矢に慄き、尻もちをついてしまっていた。目に涙を浮かべ、震えている。そんなハトをミラがよしよしと頭を撫でていた。
「それにしても、ちょっと状況が読めないな……」
憲司は考え込む素振りをしていた。
(新崎さんのことといい、シエルさんのことといい……。何も知らないまま巻き込まれているような感じがしてるな)
「ねえ、私たちもニナちゃんたちの掩護に回ったほうが良くない?」
せりがそう言ってきた。意識は時折、ニナたちの戦いに向けられている。純粋にニナを助けたい、という気持ちもせりにはあるのだろう。
「……よし、僕たちも新崎さんたちの掩護を――」
憲司がそう言い切るより早く、ハトが素っ頓狂な声を出した。
「ひ、ひぃ……!?」
次に反応したのは、ミラ。
反射的とも言っていい速さで、ミラは別の場所に視線を向けていた。その方向は闇市場へと降りるエレベーターがある場所だ。
「ハトちゃん、何があった?」
ハトの様子は尋常ではなかった。カタカタと震え、目の焦点が合っていない。
「し、し、侵入者、です……!」
侵入者――? 憲司は思わず目をひそめていた。闇市場を追っているのは、あくまでも〈平和の杜〉だけであったはず。今更、何が来ようとも。
「……来た、」
ぽつりと、ミラが呟いていた。
憲司とせりは目を見開く。それは二人の予想以上に衝撃だった。記憶が想起する。あの日、二年前へと。
「――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ニナが目を覚ますと、どこかの建物の中に潜んでいた。その隣では息を切らすシエルがいた。
「……ん?」
「あ、起きた?」
「…………もしかしてこれは、夢?」
「現実から目を逸らさない」
勿論、冗談だ。今が危機的状況で、腹部から血が流れ、斬撃の痛みは何度も意識を薄らさせ、吐き気や目眩が止まらない。シエルもまた、あの火の矢からニナを担いでこの場までやって来たのか、火傷が多く見られる。顔色も悪い。
「……これ、まずいね」
状況を振り返ったニナは諦めるように言った。いつも明るいシエルも今度ばかりかは、苦笑している。
「ほんと、まずいわね」
ニナは意識を広げる。魔力そのものを感知する魔力察知。パペットとヒトモドキとはそれなりに距離が離れている。すぐに見つかる、ということはないだろう。
「……ねえ、ニナ」
「ん?」
「帰ったら、どこか遊びに行こう。遊園地でもいいし、水族館でもいい。ハカリには悪いけど、二人だけで、さ」
「図書館とか、美術館とかも良いかもね」
「どう見たって、冷暖房が整ってるのが目あてでしょ?」
「あ、バレた?」
二人して、笑う。
「それじゃあ、勝たないと、だね」
ニナが言うと、シエルはふっと頬を緩ませた。
「ええ、そうね。勝ちに行こう」
シエルは拳を突き出した。ニナは同じく拳をかつん、とシエルの拳に突き合わせた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハァ……ハァ……、ようやく、お出ましかァ?」
パペットとヒトモドキノ前に現れたのは、シエルだった。手に光の剣を持ち、構えている。
「ええ。そっちこそ。わざわざ待ってくれるなんて礼儀が良いのね。感心したわ」
「何様だよ」
パペット自身も、魔力は限界に近い。ヒトモドキを動かすには魔力がいる。魔法を使う際は、さらなる魔力を。パペットを魔力を流すパイプラインとなることで、魔法は成立している。
「そろそろ終わりにしようと思うわ」
シエルの言葉に、パペットは嗤う。
「ああ、オレも同じことを思ってたな」
「あら、偶然ね。最後の最後の意見が一致するなんて、ねッ!」
シエルは地面を蹴り出した。同時に、ヒトモドキがパペットへの道を阻むように立ち塞がる。
「シッ――!」
シエルは光の剣を振るった。ヒトモドキと接触すると同時に、光の剣は欠けた。シエルの攻撃では、ヒトモドキを殺し切るのは不可能だ。だが、シエルの動きは止まらない。ヒトモドキの関節部分を重点的に狙い、動きを封じていく。
ヒトモドキは五本の腕を不規則に振るっていくが、シエルは回避し回避し回避し。一歩、さらに懐へ潜り込んだ。
「
光の剣を、一気に突き刺した。
ヒトモドキの体は一瞬揺れるが、それでもヒトモドキは死なない。五本の腕から、水と風を出現させる。
「――水刃、裂波ッ!」
水の形が刃へと変形し、風に纏って吹き荒れる。シエルの体全体に叩きつけるように、全身に斬撃が刻まれる。
「ッッッ……!」
シエルはそれでも、光の剣から手を離さなかった。
「
「効かないと、言っているだろうがァァァアァアアッッッ!!!」
ヒトモドキから大きく振るわれる拳。それはシエルへと迫り、シエルが腕を前にしたと同時に、衝撃がやって来た。
シエルは慣性に従い、吹き飛ばされる。遅れて。
ズンンッッッ――――!!??
「――――――――は?」
大海に飲み込まれたかのような。息苦しささえ覚えた魔力を、感じ取った。シエルの吹き飛ばされた方角から。今までシエルが必要以上に魔力を撒き散らしていたせいで、本命である魔力が、隠されていた。
建物が破裂する。そこから、ニナが現れる。吐血し、片目から血を流し、爪は割れ、全身打撲裂傷貫通のオンパレード。それでも、微笑を浮かべていた。
ニナの前には、ヒトモドキすらも射殺す、‘‘光’’の魔法があった。
吹き飛んだはずのシエルが、ニナの手を握っていた。わざと、あの方角に吹き飛ばされたのか。
パペットは、思わず嗤う。
(くくくっ、ははははははっ……! そうだ、そうこなくてはッ……!)
ニナとシエルは、放つ。
「
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
放たれた一撃は、本来の威力に上乗せされる形で、速さがあった。ニナの魔法には速さが無い。それをシエルと魔力をパスに繋がることで、魔法の負担をニナだけでなく、二人で背負う。
二人の魔法の相性か、あるいは元々その潜在能力を備えていたのか。ニナの魔法は極限まで高まり、消滅と光速を併せ持った大魔法と化した。
光子の奔流はヒトモドキを呆気なく巻き込み、消滅させた。光は十秒近く、長く続いていき、地面にその痕を残した。
「ごぼっ……!」
「ニナっ!!」
ニナは許容を迎え、シエルに肩を預ける。それでも、意識を失うわけにはいかなかった。
「ははは、はははははっ。はははははは、ごぼっ、ゴボッ! あ、ははっ」
ヒトモドキを失ったパペットは、その場で倒れていた。血を吐き出し、それでも嗤う姿は、不気味だ。
「終わりよ、パペット」
シエルはパペットに告げる。
「ああ、終わりだな。オレの負けだ」
「…………」
ニナは、目を細めた。
「ねえ、ミーシャ」
「……あ?」
「あなたは、どうしてパペットになったの?」
パペットは、嗤うのを止めた。
代わりに表情として出たのは、落胆だ。失望、蔑むような視線とも言っていい。
「あ、お前は敵のことを知って、オレに同情でもする気か?」
「……そういう、わけじゃ。ただ、少しでも、あなたのことを、知りたいと」
「知りたい? オレを? ……そういや、どっかの偉人にあったな。リアルな人間っつうのは、環境と遺伝と本能に左右されるっていう。お前はオレの過去を知って、それで知った気になって。自分の罪を、自分で赦したいんだろ? 冗談抜きじゃねえよ。オレを言い訳に使うんじゃねえ」
「っ……!」
ニナは目を見開く。
それはニナが言葉にできなかったものを形にすると同時に、まったく持って図星であったから――。
「……言っておくがな、オレは、オレが選んでここにいる。お前にとやかく言われる筋合いはねえ」
「……ごめん」
「くくっ、敵に謝るとか、お前、どうかしてるわ」
そうして、パペットは、シエルに視線を向けた。
「さあ、殺れよ」
「………………、」
シエルが、答え――
「っ――!?」
寸前、ニナが振り返っていた。
その方角は、闇市場の唯一の出入り口。
「誰かが、――誰かが……来た」
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