同棲・メール・親友

 ピンポーンと言う音が鳴り、誰かと思いながらのぞき穴を見る。

 女性の様だ。私服なのでセールスの類じゃ無いとは思う。

 宗教勧誘だろうか。面倒だな。だがご近所さんの可能性もあるな。


 アンマリ近所付き合いしてないから、近所の人の顔覚えられて無いんだよな。

 まあ不審者だとしても、チェーンさえ外さなきゃ大丈夫だろ。多分。


「はいはい、何の御用ですか?」

「初めまして、同棲相手要りませんか」

「間に合ってます」


 ばたんと扉を閉めると、ダンダンと扉を強く叩く音が響く。


「開けて下さい! お願いします! 少しだけで良いから話を聞いて下さい! お願いします! ほんのちょっとで良いんです! 開けてくれないと貴方に犯されたって叫びますよ!」

「無茶苦茶な脅しかけて来るなお前!」


 あ、思わず扉開いて突っ込んでしまった。

 だがチェーンが有るので助かった。

 開き切らなかった扉を、即座に締め―――足入れるんじゃねぇ!


「まあ、まあ、話を聞いて下さいよ。ね、騒ぎになったら貴方だってこれからここで過ごし難くなるでしょ? 聞いてくれないと私玄関前でずっと泣き崩れて被害者面しますよ?」

「被害者面って言ってる時点で被害者じゃない」


 あ、近所のおばちゃんが変な顔でこっち見てる。しかも集団で。

 ぼそぼそ喋ってるから聞き取れないが、確実に良い話じゃないだろう。

 なんで休日の昼間のゲームを楽しんでたのに、こんな事になってんだ。


「とりあえずこの状態じゃ落ち着けないですし、チェーン外しますね」

「は? お前何、オイコラ! 何だその工具! ウッソだろ、コイツチェーン切りやがった!」

「凄いでしょー。親友にお願いして安く譲って貰いました」

「誰だよ親友! こんな危ねえ奴に譲るんじゃねえ! あ、こら、入って来るんじゃ・・・!」


 そこで気が付いてしまった。女とはいえ凶器を持って押し入られた事に。

 工具の刃が俺の方を向いていて、鋭さの無い工具な事が逆に恐ろしく感じた。

 女はそんな俺の緊張を感じ取ったのか、ニヤリと笑って鞄から何かを取り出す。


「同棲する訳ですし、メルアド好感しておきましょう。同棲した彼氏といちゃいちゃメール送り合うの夢だったんですよね。きゃっ」

「やかましいわ!」


 あ、思わず女が取り出した携帯を払い落としてしまった。

 相手は凶器を持っているのに、逆上して何をするか解らないのに。


「・・・そ、そんな・・・!」


 女はカタカタと震える様子を見せながら、工具を握る手に力が籠ったのが解った。

 不味い、たとえ挟んで切る為の工具でも、あれで殴られたら骨折ぐらいする。

 そのまま突き刺しても、奥まで行かないだけでかなり危険だ。やられる。


「同棲じゃなくて、すぐに結婚したいって事なんですね! 解りましたここに婚姻届けがあります! お互いの名前も親の名前も記入済みだから出すだけで済むから安心して!」

「ポジティブすぎるだろお前!」


 つーかマジできっちり名前書いてやがる。ストーカーだろお前。

 印鑑押さなくても良いのに押してる辺りがやべえ。

 これマジで俺の印鑑じゃねえか。つまり今までも入られてたって事かよ!


「マジで何なんだよお前・・・」

「今日から貴女の妻です。旦那様」

「マジで話にらなくて怖い。誰か助けて・・・」


 思わず手で顔を覆って蹲ってしまった。

 訳が分からな過ぎて混乱しすぎている。

 そんな俺の肩に、ポンと優しく乗る手が有った。


「大丈夫、私が付いていますから。貴女がどれだけ苦しくても、ずっと一緒に居ますよ」


 慈母の微笑みでそう告げた彼女は、優しく俺の頭を抱きかかえた。

 その温かさに、思わず縋ってしまう自分を自覚した。


「良いんだろうか、俺で」

「貴方だから良いんです。愛しています」

「ありがとう・・・」


 そうして彼女は婚姻届けを提出し、俺達は結婚した。

 当日に冷静になった俺は即座に離婚届を用意したが、関節を極められ敗北した。

 それから暫くたってしまったが、今でも俺は諦めていない。


 あ、ミルクだな。ほーらよしよし、ゆっくり飲もうなー。

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