病院・食欲・死刑執行人

 病院ってのは、監獄に似ていると思う。

 軽症、軽病者にとっては違うだろうが、重病人には似た様な物だ。

 酒も煙草も禁止され、食事だって自由に食えやしねえ。


 食べたくない物が有っても食わされて、食欲が無いって言ってもやはり食わされる。

 それでも食べないと拒否してみれば、今度は薬をぶち込まれる始末だ。

 耐えられねえと脱走を試みたが、一度成功させた事で厳しい監視が付きやがった。


 クソ不味い病院食じゃ食が進まねえから、ラーメン食いに行っただけだってによ。


「んっとに酷い所だよなぁ、病院ってのは」

「酷いのは爺さんの方だと思う」

「はっ、これだから若いもんはつまらん。人の言う事素直に聞くのが美徳と思ってやがる」

「病室抜け出してタバコ吸ってるジジイにはなりたくないから、それで良いよ」


 青白くひょろっちい、生意気なガキは心底下らないと言いたげな目を俺に向ける。

 ガキの浅い人生からすれば、俺の行動は迷惑にしか見えんのだろうな。

 俺にしてみればこんなジジイの治療なんざ、馬鹿馬鹿しいとしか思えねぇ。


 その思いが態度に出て、ハッと吐いた息と一緒に白いものが空へ消える。


「俺は別に死ぬなら死ぬで良いんだよ。治療なんざ要らねえしクソ食らえだ」

「じゃあ何で爺さん入院してんの」

「俺がしたくてしてる訳じゃねえよ。意識を失ってる間に息子がぶち込みやがった。ご丁寧に脱走した後にも捕まえに来て、絶対また脱走するから良く見ててくれだとよ」


 病気なんだろうな、という事は自分で気が付いていた。

 何せここ暫く腹辺りがやけに痛かったからな。

 こりゃほっときゃ死ぬんだろうなー、と思ってたら案の定だ。


 意識を失って、気が付いたら病院の中で、緊急手術されてたんだと。

 しかもその一回で終われなくて、もう一度手術が必要と来たもんだ。

 ばっか馬鹿しい。ならそのまま死なせときゃ良かったのによ。


 こんな老い先短いジジイを手術して、その金はどうすんだって話だ。

 でかい手術なんかしちまったら、その後まーた薬屋ややらで金がかかるだろ。

 そう言うのひっくるめて面倒で仕方ねえから、不調なの解ってて病院に行かなかったのによ。


「実際脱走したもんね」

「ちょーっとラーメン食ってタバコ一服しただけじゃねえか」

「術前は絶対タバコ止めろ、ってのが常識だよ」

「知るかよ。タバコ吸ってるだけで手術できねえ医者がヤブなだけだろんなもん。ならタバコ吸ってる奴が交通事故でも起こして大怪我した時どうすんだ。手術できませんって言うのか?」

「それは・・・解んないけど」


 小僧は唇を尖らせながら、それでも俺の行動は認められないらしい。

 まあ別に認めさせようとも思ってねえ。認めさせて何が変わる訳でもねえしな。

 ただ愚痴りたかっただけだ。丁度良い所に愚痴れる相手がいただけの話だ。


「まあ、坊主が治療に専念する分には良いんじゃねえの。老い先短い爺と違ってな。俺みたいな爺は生きててもこの通り迷惑をかけるだけだし、とっととくたばった方が良いんだよ」

「じーさんはさ・・・死にたいの?」

「死にてぇ訳じゃねえさ。でも生きてる理由もない。なら誰の世話にならない内に死んじまったほうが誰にも迷惑が掛からねぇ。このまま生きてても数年すりゃボケも来る。そうなったら今度は施設送りだ。別に施設が嫌って訳じゃなく、その金がどこから出るのかって話だよ」


 俺は色々あって金がねえ。年金も大した額は貰えてねぇ。

 そんな俺が入れる施設なんてある訳ねえし、この病院代も俺の支払いじゃねえ。

 態々俺を助けたバカ息子の金だ。ついでに言えばバカ息子の嫁さんの金でもあるか。


 態々こんなジジイの為に金使わずに、孫達に金を使えってんだ馬鹿が。

 あの馬鹿の事だから、葬式しなくて良いってのも守らねえんだろうなぁ。

 そんなムダ金を俺に使うぐらいなら、良い肉でも買って食えば良い。


「それでも、生きてて欲しいから、世話を焼くんじゃないの?」

「親が子に、祖父が孫に、ってんならそれでいいさ。子供は面倒をみられるもんだからな。だが親が面倒を見て貰うのは、もう間違ってんだよ。少なくとも、俺にとっちゃな」


 深く煙を吸って、浅く長い呼吸で煙を吐く。

 タバコで手術が出来ない? 吸ってる限りは無理?

 同意書を書かないのであれば、病院としては何も出来ない?


 結構な事じゃねえか。病院側も面倒は嫌がってるって事だろう。

 なら我が儘ジジイはとっと追い出して死なせちまえば良い。医者もそう望んでるだろうよ。

 腹ん中に居る時限爆弾・・・死神でも死刑執行人でも何でも良いが、仕事をさせてやれや。


「ま、ガキンチョには解んねえ拘りだろうよ。我が儘言ってるジジイにしか見えねえだろうさ」

「うん」

「・・・お前ひょろっとした見た目の割に、バッサリ言いやがるな」

「見た目は関係ないと思う」

「そうかよ」

「僕は、生きたいから、素直に生きるけどね」

「そうしろそうしろ。こんなもの我が儘ジジイの戯言だからな」


 なんて、そんな話を、先日した。ほんの数日前の話だ。たった数日前。

 その数日で子供が死んだ。ほぼほぼ末期のガンだったんだと。

 そしてその話を聞いて行こう、あのガキは俺の避難場所に現れなくなった。


「・・・あー、くっだらねぇ。ほんとに、下らねえなぁ。ガキ殺すぐらいならこのジジイを先に殺しやがれってんだ。世の中ってのは本当に理不尽しかねえな」


 言う相手の無い愚痴を口にしながら、今日も煙を吐いて老人が生きている。

 やっぱりあの時に死んでりゃ良かった。そうすりゃこんな気分にもならなかったってのに。


「タバコ知ってるジジイの方が長生きとか、やっぱクソだな、世の中ってのは」


 そうして今日も看護師の怒りの声を遠くに聞きながら、煙草の灰を落とす。

 もう、ここに来るのも最後にするか。励ます相手も、居ねえしな。

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