地獄の窯

よしお冬子

第1話

 夏休みのある日。中学3年のレンは、幼馴染で同じクラスのヒロの家で『勉強会』という名目のお泊り会を楽しんでいた。

 親同士も元々同級生で仲が良く、ヒロがレンの家に泊まりに来ることもあった。申し訳程度に夏休みの宿題をして、夕食を頂き、風呂にも入って、その後はヒロの部屋でゲームを楽しむ。

 そろそろ眠くなって来た二人は、部屋の電気を消して、テレビを観ながら布団の上でゴロゴロ。

「なあレン、‟地獄の窯”って知ってる?」

ヒロは学習机の引き出しからビスケットを取り出して、齧りながら言った。

「何それ。」

「ネットの噂なんだけどさ、隣の市で先月からちょいちょい人が消えるんだって。神隠しみたいな?」

「ふーん…で、なんでそんな変な名前がついてんだよ?」

ヒロが持つビスケットの袋に手を伸ばし、レンは気のない返事をする。

歯磨きをした後のお菓子は、なんだか変な味がした。だがちょっと悪いことをしているという気分でワクワクしてしまうのだった。

 テレビでは丁度その『地獄の窯』の特集をしていた。現れるのは隣市とその周辺で、突然地面に穴が開き、そこから赤鬼が出て来て人を攫うという…。

「ぶっ、なにそれ。酷過ぎ…ゴホッ…ゴッホ!」

 レンはつい噴出し、頬張ったビスケットが変なところに入ってむせてしまった。ヒロも笑いながら人差し指をたてて、シーっと言った。

「静かにしろって、親に叱られんだろ、…プププ…。」

「ご、ごめん…コホ…くっくっく。」

 テレビではローカルタレントが、目撃情報があったと言われる河川敷周辺を調べていた。そろそろ午前1時になろうかという時間、河川敷にはテレビクルー以外は、誰もいないようだった。

 ぼんやりその様子を観ていたが、特に何が起こるわけでなく、そろそろテレビを消して寝ようとヒロがリモコンに手を伸ばした。が、その瞬間。

 テレビが映していた地面に突然、穴が開いたのだ。ぽっかりと大きな黒い穴が。直径5メートルほどだろうか。そして、ぼうっと赤く光る大きな手がそこから伸びて来る。

「…案外、予算あるんだな。」

「ローカル局なのに、わりとちゃんとしたCGだよな。」

 二人が感心していると、赤く巨大な人型が、穴のヘリに手を掛け足を掛け、穴から出て来た。それからゆっくり立ち上がる。目も口もない。ゆらゆらと蜻蛉のように暗闇に浮かび上がったのだ。

 奇声を発し腰を抜かしてていたローカルタレントが、はっと我に返ってその赤い人型にマイクを向ける。あなたは何者ですか、一体何が目的ですかと、ありがちな質問をぶつけた。

 人型はそれには答えず、両手を大きく広げたかと思うと、ローカルタレントを捕まえた。それから暴れる彼をいとも簡単に、その赤く光る身体に吸収してしまったのである。

 マイクが路上に落ち、キーンという音が響く。赤い人型はさらにテレビカメラに手を伸ばし――そこで画面が『しばらくお待ちください』と書かれた静止画に切り替わった。

 しばらく待ったが、そのままで数分数十分経った。やがて待ちくたびれた二人はがっかりして、もう寝ることにした。

「明日SNSで炎上騒ぎになるんじゃね。」

「ホントホント。どう言われるんだろな。」

 そんなことを言い合いながら。

 エアコンの効いたヒロの部屋は実に快適で、そのまま朝までぐっすりだった。


 翌日、SNSが炎上することはなかった。政府から、それが創作ではないこと、未確認の現象であるが、非常に危険であることが発表されたのである。該当地区の住民には避難指示が出されたのだった。

 レンとヒロの家族も、避難場所…自らが通う中学校の体育館に実を寄せることとなったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る