消えゆく灯火

たまぞう

物書きの傭兵

この国はもうお終いだろう。


こんな子どもが王様だって言われても誰も信じない。


「早く書き上げてね」


「ああ、気が向いたらな」


王様は俺の書くつまんねえ話を好んで読んでいる。まったく、書かされるこっちの身にもなれってんだ。


こんな所で紙を取り出しても書けるはずねえだろうよ。


「僕はあの話の続きが読みたいんだ」


「王子様に耳と尻尾はやして愛でるのはおもしれえがもういねえじゃねえか」


「そんなこといってると侍女長にしめられるよ」


「とっくにシメられた後だ」


王様は笑う。


いちど露骨にえろいのを数ページに渡って書いてやったら、あの王子様はそこだけあの侍女長にデカい声で聞きに行きやがった。おかげでころされるところだった。


「ねえ、知っていたの?もうこれがただの紙切れだって」


「大人なめんな。最初からだ」


「おかげでダメになっちまった。それでも価値がさがってもそれは金だ。俺の最後の仕事はあれだけの札束に埋もれられたんだ。最高じゃねえか」




『親衛隊長よりも俺みたいなんを重用するなんて、あんた過去に何があった』


昔に王子様にそんな事を聞いた事もあった。


『相当狂ってるぜ。俺は金次第で誰でも殺してきた。西にも東にも雇われた。昨日の雇い主の身体にナイフを突き立てたりもした』


その頃はこんな事の予兆も無かったのに。


『だからだよ。君の信仰が人ではないから。僕が金を出したならそれに従う。安心できるさ』


『相手がもっと出せばお前にもナイフが生えるぜ』


『そうなる前に教えてくれ、僕はさらに金を出して命を買う』




「命は、買えたかい“王子様”」

今はもう王様なんだろうけども、俺の雇い主は王子様だったんだ。


「君が生きているうちくらいは買えたんだろうね」


「そうかい──」


「聞かせてくれよ僕の傭兵。君はなぜそんななんだい。僕はこんなに歩み寄りたいのに」


こいつは雇い主で王子様のくせに距離が近すぎる。今はもう王様なんだぜ。


「優しくすればまた裏切られる」


「人間、裏切るのはいつも自分じゃないか」


「金は裏切らない。だから、まあ人はもういいんだよ」


「僕に耳と尻尾生やして妄想するくせに」


「はっ、言うねぇ」




「なあ、さっきからこの雨でよ。寒くてかなわねえ。俺の懐から酒を出して飲ませてくれねえか」


降りしきる雨が俺の、俺たちの体温を奪っていくんだ。あったまればどうにかなるだろうさ。


「そう、でもだめなんだ。そこにはもう穴しかない。雨のせいじゃないんだよ」


「そうか」


崩れて抜けた天井からは太陽の光が射している。雨は降ってないのか。そうか。


「まあ、最期ってのには悪くない光景だな」


「あなたは人を──僕を信じてここまで」


「はっ、金だ。最初にたんまり貰った。それだけだ」


そうでなくとも、国が丸ごと崩壊するような事態だ。どっちに付いていても生きてないだろうよ。この王子様が王様になったって言ってもそれを伝える相手さえ居ない有り様だ。


「ああ。俺は生きたんだな。この人生を」


「生きたんだよ。それはちゃんと人生だ。最期のこの時まで」


王子様の、王様の声ももう聞こえねえ。太陽がやけにでけえな。


「僕に抱かれて共に死ぬんだから。おやすみ、僕の傭兵」


太陽が落ちてくる。王子様に抱かれて、か。続きはそれで行こうか。また読んでくれよな。




その国は禁忌の魔術に手を出した国王が神の逆鱗に触れ、神の手で人間の憎悪を駆り立てることで滅びへと舵を切った。


残った2人すら許さない裁きのいかずちがその身を貫いて、あとには降りしきる雨の音だけが響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

消えゆく灯火 たまぞう @taknakano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ