第4話 初めての?共同作業
体育の授業のあと、教室で再び着替えているときに、須美子は寺沢から大層うらやましがられた。
「いいなあ。須美ちゃんは。やっぱり話し掛けられてたじゃない」
「あのねえ。あれは一時間目のことを」
と説明をすること、これですでに三度目になるのだが、寺沢は納得が行っていないようだ。
(恋は盲目って言うけれども、これもある意味、ラブイズブラインドになりそうね)
そんな思いを頭に植え付けた直後、着替えが終わって男子達が戻って来た。後ろの席に座ろうとする早川を、須美子は椅子に横向きに座ることで、ちらちらと見てみる。
(改めて見るまでもなく、格好いい……。それに、優しい顔立ちと言えばいいのかしら。何か、見ていると安心できる)
直美ちゃんが一目惚れしちゃうのも、やっぱり無理ないか――と納得したところで、椅子に座り直して前を向こうとする。その瞬間、またもや早川と目が合ってしまった。
「――柏原さん、僕の顔に何か」
「ついてない」
思わず、つっけんどんな口調で返した柏原。目と目が合ったのが本意じゃないからと言って、これはよくないとすぐさま反省。
「ごめんなさい。ほら、転校生ってやっぱり気になる存在っていうか。だからつい、見てしまうのよね、あはは」
「そんなこと言われると、緊張するな」
どこまで本気なのか、笑み混じり言った早川。なんてことのない短いやり取りは、四時間目の授業の始まりとともに途切れ、記憶の海に飲み込まれていくものだと須美子は思った。いや、思いすらしなかったかも。
昼休みは言うまでもなく給食の時間。須美子らの通う小学校では、教室の席順、列単位で給食当番が決められている。
なので、四時間目の終了とほぼ同時に、前に座る全員が動き出したのを見て、きっと早川は焦ったに違いない。
「ちょ、ちょっと。えっと。柏原さん?」
「――あ、そっか。忘れてた」
呼び止められて振り向いた須美子は、早川から具体的に問われるよりも先に察することができた。
「というか、先生から何も聞いてない?」
「聞いてない。給食当番なんだ?」
早川もまた勘よく察すると、腰を浮かした。
「しょうがないわ。どこにあるかも分からないでしょ? 着いて来て」
「うん。それはそのつもりだけど、当番用の服というかエプロンがある?」
「あ~、そうね」
元は三十六人いるクラスで、六列がすなわちそのまま六つの班を構成していたのだから、給食当番の割烹着風エプロンも六着分があって使い回してきた。そこへ一人、転校生が加わったことにより、当然足りなくなる。
「そもそも何の役をすればいいのかも分からないし……」
通常なら、学級委員長の度会にでも頼んで、職員室の先生のところへ委員長と早川の二人で行ってもらえば済みそうな話だけど、あいにくと今週の給食当番に委員長も副委員長も含まれていて、先に行ってしまったようだ。
「ほんと、しょうがないなあ」
須美子はとにもかくにもエプロンを身につけると、早川の腕を取って廊下に出た。そのまま、ずんずんと引っ張っていく。
「柏原さん?」
「何?」
「職員室ならどこにあるのか僕でも分かってるよ。給食室に向かってるんじゃないよね?」
「あ」
気付かされて、急に恥ずかしくなる。思わず、手をぱっと離した。支えを突然外された格好の早川は、前のめりに数歩よろめいた。が、バランスを崩しただけで転ぶまでには至らず、踏みとどまる。
「おっと。ひどいな~、いきなり」
「ご、ごめん。せ、先生に聞きに行こうと急いでて、つい」
「分かってる。じゃ、ここからは僕一人で行けるので」
「――あっ、でも、給食室の位置は?」
すでに遠ざかり始めた彼の背に向け、少し声を張る須美子。
「先生に聞く!」
元気のいい返事があった。
担任の村下先生もすっかり失念していたらしくて、早川が給食当番に加わったのは、結局教室に戻ってからだった。真新しい白のエプロンを着用し、口元をマスクで覆っているが、それでも早川だとすぐに分かる。目に特徴があるんだわと須美子は感じた。
「結局、何の役をしろって言われたの?」
「今日のところは、パンか牛乳の手伝い」
なるほど、大きなおかず、小さなおかず、デザートはいずれも一人で事足りる上に、二人目が助っ人に入ること自体が難しい。パン(もしくは米飯)か牛乳なら、そのスペースの広さもあって手伝う余地がある。
そんな経緯で、早川は牛乳を配る役に回った。デザート係の須美子のすぐ隣だ。役割をこなしていると、寺沢が来た。二人いる牛乳係の内、うまい具合に早川から受け取れて嬉しそうにするのが見て取れた。
「よかったね」
デザートをお盆の隅っこに置いてあげながら囁き声で言うと、寺沢はまた嬉しそうに目を細めて、小さくうなずいた。
午前中に比べると昼からの授業は滞りなく進み、放課後を迎えた。
教室及び教室前の廊下の掃除をクラス全員で終えて、さあ帰ろうとなった矢先、ちょっとしたハプニングが起きる。尤も、当事者の片方にとってはハプニングではなく、予定通りの行動なんだろうけれど。
「早川、放課後ならいいだろ」
教室を出ようとした早川の前に、新倉が立ちはだかっている。
ぱっと見、喧嘩でも始まりそうな雰囲気に、教室を出ようとしていた須美子と寺沢は足を止めた。
早川は涼しい顔をして、相手の頭から足先までを見たあと、ゆっくりと応えた。
「もしかして、五十メートル走のこと?」
「ああ。再戦する約束だぜ」
このやり取りで、張り詰めた教室の空気が一気に和らいだ。
「約束……まあ、したことになるのかな。でも今日はだめだろう」
今度は窓の外へ目線を飛ばす早川。外は、雨はほぼ上がったようだけれども、足下がぬかるんでいる。かけっこに向いていないグランドコンディションであるのは、誰の目にも明らかだった。
「それとも体育館が使えるのかい?」
「行ってみないと分からねー。とにかく、受けろ」
「それがごめん」
後頭部に片手を当てて、ちょっと困り顔に笑みを乗せて答える早川。
「なぬ?」
「今日は早く帰らないといけないんだ」
「なんだよ。しょうがねえな」
割と簡単に引き下がる新倉。何の用事があるんだとか、嘘ついてるんじゃないだろうなとは言わない辺り、悪ガキとは言ってもさっぱりした一面を持ち合わせている。
「いつだったら暇があるんだ?」
「実は、基本的に毎日だめなんだ」
「何だよ~。しゃあないな。じゃ、放課後じゃなく、学校にいる間に勝負する必要があるじゃんか。早く言えよ」
「はは。次からはそうする」
「なんか、面白え奴。気合いが抜けるわ。おっと、呼び止めて悪かった」
身体をずらして道を空ける新倉。早川は「サンキュ」と短めに言って、出て行った。時間を取ったためか、廊下を行く彼はやや小走りに近い早足になっていた。
ずっと成り行きを見守っていた須美子が、ふう、と息をつく。そんな彼女の袖を寺沢が引っ張った。
「ん、何?」
「何だろねと思ってさ。早川君、毎日用事があるみたいだけど」
つづく
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