極光001(キョッコウゼロゼロイチ)【男1女1 計2】
演者の都合を考えないかなり尖った台本タイプだと思うのですが、一部の方からの再録希望の声が非常に高いので、僅かな改変とともに再掲載させていただきます。ありがとうございます。
とてつもない長台詞、叫びなどあります。
めんどくさい台本ですが、よろしければどうぞ。
新劇に近いノリとも言えるかもしれません。
★台本ご利用の際は、必ず目次ページの規約
https://kakuyomu.jp/works/16817139555508097862
をお守りくださいますようお願い申し上げます!
●ヒューマンドラマ
●所要時間 40分程度
●配役 男1女1計2(どちらも逆転可)
登場人物
アルファ【女性or不問】
南極にひとりで暮らしている。
地球に何があったのかわからない。
序盤の語りがとにかく長いです。
エース【男性or不問】
北極圏にひとりで暮らしている。
地球に何があったのかわからない。
叫びあり。
終盤はほぼ独り語りのようになります。
―― ここより本編 ――
アルファ:
私たちは、どこまでひとりなのだろう。
エース:
私たちは、いつまでひとりなのだろう。
アルファ:
難しいことは、わからない。
エース:
何も、解決なんかしない。
アルファ:
ただ、ひとつだけを願う。
エース:
そんな私たちの、物語。
【※間をおいて】
アルファ:
おはようございます。
今日はいい天気ですね。
アウローラ
エース:
ごきげんよう。アウローラ
アルファ:
おはようエース。お日様の恵みが嬉しいよ。
エース:
ということは、こちらは
しかも曇りで真っ暗。時差はあまり無いけどね。
アルファ:
そちらは冬真っ盛りだね。もう何度目の冬だっけ。
エース:
八度目か九度目か。あまり憶えてないなあ。
アルファ:
毎日ひとりきりで、お互いと会話する以外は一日中好きなことだけやって暮らす毎日だもんね。
エース:
しかも、その好きなことってのも、やれることは非常に少ない。
昔の趣味は何だったかな。思い出せないよ。
アルファ:
私はこの前、また釣りをしてみたよ。
エース:
氷に
アルファ:
そう。今度はたくさん釣れたんだ。
少し食べて、残りは基地の施設で干物にしてみた。
エース:
魚かあ。私は相変わらず食用ペレットしか口にしていないな。
宇宙食のほうがまだ自然素材に近い食べ物なんじゃないかな。
ちゃんとした食事のとり方も、忘れてしまったかもしれない。
アルファ:
できるだけコンパクトにしてみた結果なんだろうね。
このペレットだけ食べていれば生きて行けるように、調整されてるし。
エース:
おいしいも、まずいもないけど、とりあえず健康のために、出来るだけきちんと噛むようにはしているけどね。
アルファ:
知らないうちに内臓もあちこち改造されててびっくりしたよ。
本来、基地に貯蔵されているペレットだけで、むこう百年以上、ひとりふたりなら食うに困らないようになってるし、こんな固形物だけ食べてても、胃や腸が不調になって倒れることもない。
エース:
でもあなたは、魚を食べてみるんだね。
アルファ:
うん。釣りをしてみた結果、獲物が捕れたから。
暇なんだ。魚をさばいてみるのは楽しかったよ。
エース:
こちらはホッキョクグマの一頭も見かけないな。
アルファ:
クマは勝てる気がしないから怖いなあ。
もっとも、魚は美味しいんだけど、あまり食べないようにはしてる。
エース:
そうなの?
アルファ:
だって、基本ペレットで生きていかなければならない訳でしょう。
別にペレットがまずいって訳ではないけど、それ以外の食品の味に慣れすぎちゃうと、口が寂しくなって、やっかいだからね。
エース:
たまに食べるおやつ?
アルファ:
そう。ごくたまに食べるおやつ。
数メートルの厚みがある氷に、穴をあけるのも大変だし。
エース:
こちらも氷はすごいよ。
私の知っている北極は、こんなに氷に覆われてなんかいなかったのにな。
今は海も含めて一面、氷だよ。20世紀みたいだ。すごく寒いし。
こんなに気候が変わるほどに、本当に時間がたってしまったのか、それとも。
アルファ:
大きな何かが起こったのか。
エース:
あるいは両方かな。
アルファ:
本当に、なぜ。
エース:
誰が、どんな目的で、こんなことをしたんだろうね。
アルファ:
それじゃあ今日は、その復習ってことで最初の物語を語ってみようかな。
エース:
いいよ、好きなように。
たまには振り返ってみるのも悪くないね。
アルファ:
それでは。
エース:
うん。
アルファ:
「ある時、本当に唐突に、二人の人間が目を覚ましました。
ひとりは、北極圏に作られた基地で。
ひとりは、南極大陸に作られた基地で。
南極でアルファが目覚めた時、周囲には誰も、何もいませんでした。
つくりの立派な、人類の英知を詰め込んだような基地の中で、ひとりきり。
時を知らせるはずの装置は、A.D.2700年でカウントをやめていました。
アルファは茫然としました。
だってアルファは、A.D.2135年を生きていたはずなのです。
技術職であったアルファは、南極観測隊に機械系設営者として同行していました。
そして、何日かをそこで過ごし、いつも通りに眠りについて、翌日目が覚めると。
時が、飛んでいたのです。
それは、いわゆるステイシス、時間停止の技術によるもののようでした。
普通に夜、眠りについたはずのアルファは、実際には何かの薬でも飲まされていたのか。
それから一度も目覚めぬままに、内臓の一部も改造され、そして冷凍保存されるマグロよりもカチンコチンになって、カプセルの中で外界からも
長い長い長い時を、眠ったまま過ごしていたのです。
時を知らせる機器は、のきなみ動きを止めており、どこをいじっても、何をしても、今がいつなのか、どれだけの時間が過ぎ去ったのか調べることはかないませんでした。
いったい何の目的で、こんな風にされたのかも、わからないままでした。
一台だけ存在していたスリープ用のカプセル施設には、コードネーム『アルファ』の文字。
それ以来、アルファはアルファを名乗っているのです」
エース:
あはは、最初の発案はあなただけど、物語みたいにすると飽きないし、表現がソフトになるね。
アルファ:
そうでしょう。
少々ショッキングな出来事でも、遠回しに受け止めることができる。
エース:
結局、アルファ以外の人間はひとりも存在しなかったんだよね。
アルファ:
うん。
数十人いたはずの観測隊の人は、誰も残っていなかった。
そりゃあまあ、ゆうに五百年以上は経過しているはずで、一緒に冷凍にでもなっていない限り、その人たちが生きているわけもないんだけどね。
ひとりだけ置いて去られたのか、みんな死んで跡形もなくなってしまったのか。
……どうなんだろうね。
エース:
私の基地の時報も、2700年で止まっていた。
偶然なのか、それとも……
アルファ:
「なぜ自分が、何の目的で、何が起こって。
いくら考えてもわかりません。
資料も証拠も何もかも、つまり歴史が残されていないのです」
そうして唯一、通信をできるようになったのが、あなたという訳だよね、エース。
エース:
うん。
アルファ:
「何が起こったとか。なぜ自分が選ばれたのかとか。誰の意志でとか。
さまざまな理由を考えることに疲れ、思考はどんどんシンプルになり、日々、心にとどまり続ける思いはひとつ。
なぜ、自分はひとりで生きているのだろう。
そうやって日々を過ごす中、アルファは、突然、誰かの声を聞きました。
知らぬ間に作られていた、最先端と思われるような立派な無線施設と、大きな大きなアンテナ。
電話やネットの回線は、のきなみ息をしていない中、
……私は、ひとりではなかった。
エース:
私は、ひとりではなかった。
アルファ:
なんなんだろうね、これは。
誰がどうしてこんなことをしたんだろうね。
エース:
ノアの箱舟計画とでも言いたかったのかな?
アルファ:
北と南にひとりずつ、人間を残して?
エース:
……。
アルファ:
ひとりだけで生きていた時は思考放棄していたけど、二人だと結局議論してしまうね。
エース:
相手がいなければできないことだから。
きっとそれは、喜ばしいことなんだろうね。
アルファ:
エースも、今日は何かを話す?
エース:
いいや。あなたが今、一番はじめの物語を語ってくれたから、あらためて、あの頃を思い返すことが出来た。
だから、もういいんだ。
アルファ:
エース?
エース:
そろそろ、やめたいなと思って。
アルファ:
なにを?
エース:
過去について、あれこれ話し合うのを。
アルファ:
……。
エース:
お互いの存在を知って、私たちは定期的に通信するようになったね。
アルファ:
そうだね。ひと月に一度くらいの間隔で。
エース:
わかったことも多いけど、結局のところ、肝心の、何が起こってこうなったかについて、真実はわからないままだ。
アルファ:
そうだね。
本当に時間が経ちすぎているせいか、それともわざわざそうしたのか。
過去を探る資料がまったく残されていない状態だから、何もわからない。
エース:
そう。その状態で、およそ十年。
だからね。
もう、そういうのはやめて、今の事とか、未来の事とかを考えて生きていきたいなって、思ったんだ。
アルファ:
未来の事?
エース:
そう。……私もわかってるよ?
私たちはこれから何ができるわけでもない。
北と南の果てにひとりきりで、どこにも行けないし、昔、夢見た将来なんてのも今はないも同然。
それでも。
どうせわからないなら、どうせ他に誰もいないなら。
もう、楽しいことだけを考えて、生きてもいいんじゃないかと思って。
あなたと、楽しい話だけをして、難しいことを考えるのをやめたいなって。
そう思ったんだ。
アルファ:
もう、過去のことを話さない方がいいの?
エース:
いや。あなたにそれを強制したいわけじゃないんだ。
それに、過去を検証するのと思い出を語るのは別だよ。
アルファ:
うん……確かに、こうやって停滞した時間の中で、過去のことで頭を悩ませるのは、バカバカしいことなのかもしれないね。
どうせ二人しかいなくて、どうせひとりなのに。
エース:
そう、ふたりきりで、ひとりきりなのに。
アルファ:
私たちは、永遠にひとりきりなのかな。
エース:
今のままなら、そうだね。
アルファ:
本当にこの地球には、誰も残っていないのかな。
エース:
それはわからない。
けれど、誰も発見できないなら、いないのと一緒だね。
アルファ:
そうだね。
少なくとも今の私たちにとって、私たちは、二人しか存在しなくて、そしてひとりきりだ。
社会もない。法律もない。
エース:
ふたりきりで、ひとりきり。
アルファ:
……会いたいなあ。
エース:
誰かに?
アルファ:
あなたに。
エース:
会いたいね。
アルファ:
南極と北極は、遠すぎるね。
エース:
遠いね。
アルファ:
たとえばさ、移動距離を半分にして、赤道あたりで待ち合わせ、なんてできたらいいのにね。
エース:
どこかですれ違うのがオチだけどね。
アルファ:
お互い無人の相手の基地までたどり着いたりして。
エース:
まず、赤道まで無事にたどり着ける可能性が低いけどね。
アルファ:
そもそも、自分の居場所から、移動できると思う?
エース:
おススメはしない。
昔のように豊富な交通手段があるなら簡単だけど、今は現実的ではないね。
アルファ:
まあ、そうなんだよね。
エース:
どこかで、行き倒れるだろうね。
アルファ:
死ぬかな。
エース:
死ぬだろうね。
アルファ:
……会いたいなあ。
エース:
会いたいね……。
【※間をおいて】
アルファ:
アウローラ
今日は少し曇り。
エース:
アウローラ
昨日は久しぶりにオーロラが見えたよ。
アルファ:
オーロラ! いいな。それでこそ「アウローラ基地」だね。
こっちはさっぱりだ。
昨日はね、スノーマンを作ったんだ。
エース:
それはそれで素敵だね。
アルファ:
……それでね。
エース:
うん?
アルファ:
やっぱり、ここを出ようと思うんだ。
エース:
え?
アルファ:
あなたに、会いに行こうと思うんだ。
エース:
ええ? 無茶だよ。
アルファ:
うん、無茶だね。
エース:
交通機関もない。
アルファ:
こちらには、
エース:
前に聞いたことがあるね。けれど過去の遺物だ。
アルファ:
そうだね。でも動かない訳じゃない。やってみたんだ。
エース:
それは本当? けど、何が起こるかわからない。
アルファ:
壊れるかもしれないね。
エース:
もし無事に動いたとして、この世界は広い。
何に出くわさないとも限らない。生態系の調査もできていない。
アルファ:
船なら何とかなる。陸路でも、天体くらいは読めるよ。
エース:
食糧問題もある。
アルファ:
うん。
エース:
本当に、無茶だよ。
アルファ:
無茶だね。でもね、思ったんだ。
エース:
アルファ?
アルファ:
どうせこのままここにいても、私たちはひとりきりで死んでいくんだよ。
それならさ、無茶をして、どこかでうっかり死ぬのも一緒じゃないかなって。
エース:
それはそうかもしれないけど。
いつか死ぬのと、明日死ぬのとは少し違うんじゃないかな?
アルファ:
明日死ぬかあ(笑)
エース:
明日にでも死ぬよ、きっと。
アルファ:
でも、このままここにいるなら、あなたに会える可能性はゼロだ。
ここを出れば、可能性は0.1%くらいにはなる。
エース:
その数値はどこから?
アルファ:
ただの願望。
1%っていうと高すぎる数値だけど、0.01%だと、心が折れそうになる。
だから、0.1%。
エース:
今すぐあなたに会いたい。
アルファ:
でしょ?
エース:
飛んで行って、あなたを止めたい。
アルファ:
そっちかあ。
エース:
危険だとわかっているのに、見過ごせないよ。
アルファ:
そうだね。けど声だけのあなたは私を止められない。ごめんね。
……
できるだけ、最短のルートで行こうと思うんだ。
食料も積めるだけ積んで、極力、船で行けるところまで行く。
私が眠らされる前。2135年当時の、最新型の船だ。
自動操縦できるし、緊急時は、
船で、北極圏まで行くのも夢じゃない。
エース:
無茶苦茶言うね。
アルファ:
本当はダメだけど、他に誰もいないんだから、ね。
船が壊れるかもしれない。大きく外れて、どこかに漂着するしかなくなるかもしれない。思うようには操縦できないだろう。
だから
エース:
ソーラーカーならこちらにもあるけど、そんなに長距離移動できるものじゃないだろう。
アルファ:
案外丈夫に出来てるものだよ。それに。
だめなら、歩く。
エース:
それこそ無茶だ。
アルファ:
何年かけても、歩く。
エース:
きっと数千メートルの山脈だって、深い谷だってある。
アルファ:
あなたが考えうるどんな可能性も、私は考えたよ。
無謀なのもわかってる。
でもね、私は行くよ。
エース:
どうしても、止めることが出来ない?
アルファ:
うん。
エース:
なら、私が行くよ。
アルファ:
エースが?
エース:
そう。あなたを危険にさらすくらいなら、私が。
アルファ:
それは、だめだよ。
エース:
どうして。
アルファ:
だってあなたは、動かない方がいいって言ってたほうの人でしょう。
エース:
……。
アルファ:
誤解しないでね。責めたいわけじゃないんだ。
皮肉を言いたいわけでもない。
ここに留まって生きるべきというあなたの判断こそが、正しいと思う。
だからこそ、私の身の安全のために、あなたが動くのは、だめだ。
あなたは動かない方がいいと言っていたのに、もしもそのあなたが、私の代わりに旅に出て、そしてあなたに何かあったなら。
私は、絶対に後悔する。自分が許せなくなる。
エース:
そんな、そんなことは。
アルファ:
あなたは、そんな風に思わなくていいと言ってくれるかもしれないけど、私の後悔は、あなたには止められない。
エース:
……。
アルファ:
だからね、行かせてよ。
エース:
止められない?
アルファ:
止められない。
エース:
……なら、仕方がないね。
今、私の腕は、あなたには届かないんだから。
アルファ:
これから、たくさんスノーマンを作るよ。そして、留守番を頼むんだ。
もしも、もしも誰かがここを訪れたなら、ここに私がいたことを伝えられるように、基地にはフラッグを出して、彼らには書き置きを持たせておく。
エース:
すぐにどこかに飛んでしまわないかい?
アルファ:
そうだろうね。もちろん基地の内部にも残しておくけれど。
一目見て、誰かが存在したって形跡が、少しでも見て取れればいいなって。
エース:
でもそれならやっぱり。
アルファ:
どうせ来ないよ。
エース:
……。
アルファ:
私が目覚めてから十年近く。誰も来なかった。
きっと、誰も来ない。
エース:
だから、あなたが動くんだね。
アルファ:
そう。だから、私が行くんだよ。
エース:
……わかった。おいで。
アルファ:
うん。……行くよ。
【※間をおいて】
アルファ:
おはようございます。アウローラ
エース:
アウローラ
少しずつ、日の出が早くなってきた。
……出発するんだね。
アルファ:
うん。今日、ここを出ます。
エース:
そうか。
アルファ:
途中、できるだけ定期的に、通信を入れるよ。
残念ながら、持っていく無線はそれほど高機能でもない。
だから、生存報告の発信だけにとどめる。会話はできない。
というか、できてもしない。
あなたのほうの、その高機能な施設で、上手く無線を拾ってね。
エース:
わかった。どうせこれまで、他に何かを発信してきた人なんていないからね。
受け取る通信は、すべてあなたのものだと思うよ。
声が聴けなくなるのは、寂しいけど。
アルファ:
そうだね。下手すると、これが最後の声になるかもしれない。
エース:
もう二度と、あなたの声を聴けないのかもしれない。
アルファ:
前向きに考えよう。
もしかしたら、どこかに誰かがいて、普通に生活しているかもしれない。
エース:
通信機器のない環境で、とかかい?
そうだね。そうなら、それは……喜ばしいことだ。
アルファ:
あまり、嬉しそうな声ではないね?
エース:
まあね。
だって、世界のどこかに誰かが存在していたとして、もしもその彼らがひとつの社会を形成していたとしたら。
そこにあなたがたどり着いたとして、どんな風に扱われるかもわからない。
アルファ:
そうだね。
エース:
あるいは、そこにいる人たちがみんな素晴らしく善人だったとして、あなたは、その居心地の良さに、私のことなど忘れてしまうかもしれない。
アルファ:
それはないよ。
私は、あなたに会うために旅に出るんだ。
どんなに素晴らしい楽園があっても、そこは私の目的地じゃない。
エース:
……違うんだ。
本音を言うなら……もしもそんな社会が存在していたとするなら。
あなたが、奇跡的にそんな場所にたどり着くことが出来たなら。
あなたには、そこに
そんな風に、思っているんだ。
アルファ:
それが本心だとしても、でも、一番の願いは、ちがうよね。
エース:
そうだね。
アルファ:
私たちの願いは、最初からひとつだ。
他が入る余地なんて、後から作っちゃいけない。作りたくもない。
エース:
あなたに、会いたい。
アルファ:
そう、だから。
私はどんな場所にたどり着いても、そこを越えて、あなたを目指すよ。
エース:
あなたばかりが、危険だね。
アルファ:
そうだね。だからこそ、私はあなたに、呪いをかけて旅立つんだよ。
エース:
呪い?
アルファ:
そう。約束ともいう。
私は、定期的にあなたに連絡を入れる。
それが途絶えたとしたら、私に何かがあったという事なんだろう。
もしかしたら、死んでしまったのかもしれない。
エース:
そうだね。
アルファ:
でも、単に、通信機器が壊れただけかもしれない。
失くしたのかもしれない。
通信が入らなくても、私はまだ、どこかを旅しているのかもしれない。
エース:
うん。きっと私はそう思う。
アルファ:
だからあなたは、私からの通信がもしも途絶えたとしても、私のことを、ずっと待つことになる。
エース:
あなたが歩いている可能性は、ゼロではないからね。
アルファ:
そう。私は生きて動ける限り、あなたへと向かう。
エース:
それを知っているから、私はここで、待ち続ける。
アルファ:
そう。一歩も動かず、待っていてね。
エース:
そうか。だから、呪いか。
アルファ:
あなたは、私がそこにたどり着くのを、その場所で死ぬまででも待つことになる。
エース:
何十年経っても、あなたはまだ私へと向かっているかもしれないのだからね。
アルファ:
あなたをそこに縛り付ける、呪いだ。
そんな呪いをあなたにかけて、だからこそ、私はできるだけ、死なないようにするよ。
そして、たどり着くよ。その呪いを解くために。
あなたのいるその場所の、
エース:
待っているよ、ずっと。ここを動かずに。
【※少々の間】
アルファ:
じゃあ、行くね。
エース:
うん。
アルファ:
……エース。
エース:
……アルファ。
アルファ:
行くよ。
エース:
おいで。
アルファ:
エース。
エース:
アルファ。
アルファ:
おみやげに、魚の干物を持っていくから。
これだけは、絶対に食べずに、持っていくから。
エース:
楽しみにしてる。
アルファ:
エース。
エース:
アルファ。
アルファ:
待ってて。
エース:
待ってる。
アルファ:
……待っててね。
エース:
待ってるよ……。
【※間をおいて】
アルファ:
そうして私は、南極大陸に別れを告げる。
目覚めてから十年足らず。目覚めるまでの、数百年を超えるらしい時間。
故郷という感覚はない。けれど、慣れ親しんだ、ひとりきりの場所。
さようなら。私は、北極に行くよ。
……
……
序盤は、良い調子だった。
そして私は、さっそく後悔することになる。
南極の周りを一周するクルーズとはわけが違う。
外の海は、こんなにも深い。こんなにも、狂暴。
自動操縦は、あっという間に機能しなくなった。
さすが、数百年以上の年代物。
で、誰が手動でも
理論上はできるよ。いわゆる航海士、機関士なんてのがいなくたって、何とかなるように出来てるんだ。本当に。
全機能がきちんと生きていればの話だけどね!
どこに向かえばいいんだ、これ。
揺れる。大きな船なのにひどく揺れる。気持ちが悪い。
すでに後悔しているだなんて、エースにはとても言えない。
本当に、馬鹿な自分に後悔してるんだ。
でも、後悔はしても、やめるわけにはいかない。
ここでやめても、海の上で死ぬだけ。
そうなるように、自分で仕向けて旅に出たんだ。
後悔はしても、絶対に、進む。
そう、決めたんだ。
エース:
通信がきた。
一瞬の、雑音だけの傍受。
あなたが無事で嬉しいよ。とりあえずは。
……
今日は、オーロラが見えない。
滅多に見えるものでもない。
オーロラが、あなたの道しるべになってくれればいいのに。
さすがにそれはないか。
無事に、海は越えられただろうか。
本当に船で北極圏まで来られたなら、希望も大きくなるんだけどね。
……それは、難しいね。きっと。
アルファ:
多分、もう何日も眠っていなかった。
限界がきて気を失ったらしく、船全体を揺るがす衝撃で目が覚めた。
どこかの浅瀬で、底を
海しか見えなかったはずの景色に、どこかの陸地が入り込んでいた。
とりあえずは、助かった!
陸まではまだ遠い。
けれど、小型艇と、ついでに車を尻尾にくっつけて移動できるだろう。
きっと、できる。
あーあ。さすがに北極まで船で行くのは、難しかったか。
ここはどこだろう。太陽の位置から、あまり北ではない。
大陸ならそれこそラッキー、どこぞの島である可能性もある。
とにもかくにも……上陸だ。
エース:
ひと月ぶりの定期連絡。
今、あなたはどこにいるんだろう。
生きていて何よりだ。
以前はひと月に一度くらい通信していた。
そろそろ聴けていたはずのあなたの声。
今はそれがなくて少し寂しい。
けれど、今からそんなことを言っていては、どうしようもない。
これから何年でも、私はここで、ひとりであなたを待つのだ。
アルファ:
ここはどこの大陸なんだろう。
それとも大きな島国?
天体が読めるなんて、適当言ったね、ごめん。
実際は、せいぜい太陽の位置で、南北がわかる程度だ。
あとは、多少星座がわかる。
北極星が見つけられれば、こっちのものだ。
持てるだけのペレット。持てるだけの水。
そして、魚の干物。
人はいない。けれど生きているものはいる。少しだけど、いる。
食料と水を調達できれば、生きられる。
それが有害かどうかは、検査キットがある。
多少有害でもいい。今すぐ死ぬよりマシだ。
車を走らせる。多分、北へ。
エース:
定期連絡。
すぐに切れた音に向かって、たまには歌を歌うよ。
そうでもしないと、声の出し方を忘れてしまいそうなんだ。
あなたに会えた時に、声が出なくなっていたらイヤだからね。
けれど独り言はあまり趣味でもないから。
どんな歌を、歌おうか。
アルファ:
ソーラーカーは、五千キロも走らなかった。
歩くのか。この先、どこまでも。
どうやら島国ではなかったらしいここは、どこの大陸だろう。
この先に待っているのは、うっそうとした密林? 広大な砂漠?
まあ、そんなのがあるなら国境検問所でも探して大きく
そんなものが残ってるかもわからないし、国境なんてものも、きっともう存在しないんだろう。
まだ、誰とも出会っていない。
エース:
定期連絡。
今ごろあなたは、誰かに会っているだろうか。
その可能性は低い。
私の住むこの土地の、半径千キロ以内には、人は存在しなかったのだ。
過去に、その程度は調査している。
私たちが眠らされている間に、何があったのかは知らない。
核を使った戦争か。
とんでもない規模の、天災か。
宇宙からの
どこかに誰かが存在していたとして、あなたがバッタリ出くわす確率は、きわめて低いだろう。
けれどまあ、過去に何があったかは、もういい。
今歩いているあなたの無事を、ただ、祈る。
アルファ:
歩く。走る。泳ぐ。なんでもやってやる。
そう思っていた時期が、私にもありました。
さすがに、限界が近い。何をやるにも、体力は必要だよ。
今日は久しぶりに、動物の肉を手に入れた。これを、保存食にしよう。
加工するには時間がかかる。
あなたのもとへたどり着くのが、どんどん遅くなってしまうね。
けれど休まないと、結局どこかで倒れてしまうから。
ゆるしてね。エース。
エース:
定期連絡。もう十回目になる。
私の予想を、とうにこえた。
いい意味でも、悪い意味でも。
アルファ:
この川を越えるには、船が必要か。
この土地には、木材がある。寄せ集めで、何とかなるだろうか。
ロープに加工できるものはあるだろうか。
広大な海に比べれば、簡単に越えられるはずの川。
私は、非力だ。
エース。あなたの声が聴きたい。
でもだめだ。今あなたの声を聴いたら、きっと私は死んでしまう。
エース:
およそ一年目。通信あり。
アルファ:
疲労のあまり、上手く声が出せない。
予想済みだ。だから、声の通信はできてもしないと決めたんだ。
エース:
五年目。欠かさず通信あり。
アルファ:
あなたは、どんな顔なのかなあ……。
エース:
十年目。通信あり。
まだあなたは、歩いているのか。信じられない。
その道のりを考えただけで、視界が
漏れそうになる
かすれる声で、歌をうたう。
アルファ:
エース。
……、
……エース……。
【アルファ、ここで出番終了】
エース:
11年目。通信が、途絶えた。
けれど、私は待つ。あなたが、私にそういう呪いをかけたのだ。
今日も、少し運動をしよう。
ここから動いてはいけない呪い。
せめて私は、長生きしないといけない。
いつかあなたがたどり着いたときに、私が迎えられるように。
絶望してはいけない。
健康でいなければいけない。
ここで、待ち続けなければいけない……。
―――――――――
エース:
12年目。連絡は来ない。
オーロラがきれいだ。
私は少し、歳を取った。
あなたもだろう。あなたも生きて、歳をとっているだろう。
ゼロでしかなかった可能性を、旅立つあなたが0.1にしてくれた。
だから、私は待つ。限りなくゼロに近い0.1でも。
―――――――――
エース:
相変わらず、連絡は来ない。
ここ最近、オーロラは観測できなかった。
夜通し空を見上げていた首を鳴らしながら、立ち上がってみる。
極北の空気に一晩さらした体は、悲鳴を上げる。
地平線に、日の光が見えた。夜明けだ。
ゆらゆらと、その眩しい光は、地平で揺れた。
……
オーロラは見えなかったけれど。
ああ、きっとこれは、私にしか見えない光だ。
私だけに輝く、地平の光。
私だけが見る、
……
約束したね。ここを一歩も動かないと。
けれどどうやら、限界だ。
私は待った。待てるだけ待った。
もう、いいだろう?
ふらり、ふらりと。
固まった体を揺らしながら、私は基地を離れて歩く。
そして、足をもつれさせながら、亀のような速度で、走り出した。
……
だって、あれは。
あの、地平で揺れる、光は。
あれは……
魚の、干物だ……!
―――――――――
エース:
おーーい! おーーーーーーーーい!
豆粒のような、地平の光。
あなたの声は、届かない。
きっと、私の声も聞こえてはいないだろう。
アルファ! アルファーーーーーー!
私はここだよ! 私は! ここにいるよ!
アルファーーーーーー!
だから私は、走る。
鍛え続けた私の声を、あなたに届けるために。
エース、と。きっと私の名を呼んでいるあなたの声を、聞くために。
光に向かって走り、呼ぶ。手を振る。
私の振る手に合わせるように、魚の干物が、ひときわ大きく、ゆらゆらと揺れた。
あなたの願いが、ゼロを、0.1に。
そして今、それは100に。
……100に、なった。
END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます