渡河(とか)【男1女1 計2】
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をお守りくださいますようお願い申し上げます!
●現代劇(死後の世界)
●所要時間 約20分
●配役 男1女1計2(男女に寄せていますが実際は不問です)
登場人物
【男性】
※女性でも良い
70歳で死亡。ここでの外見年齢は20代~30代程度
【女性】
※男性でも良い
若くして病死。20代~30代想定
※セリフ中(カッコ)でくくられた部分はモノローグです。
――― ここより本編 ―――
男性:
とても美しい花畑ですね。
女性:
本当に。赤も青もピンクも黄色も……不思議な色のものもありますね。
なんて綺麗なんだろう。
男性:
少し、歩きましょうか。
女性:
はい。
【※少々の間】
男性:
あなたも……亡くなられたんですよね。
女性:
はい、そうです。
男性:
私は、気付いたらここに立っていました。そして隣にあなたがいた。
女性:
私も同じです。
男性:
ここは……死者が来る場所なのでしょうか。
女性:
実際に来ているから、そうなのでしょうね。
男性:
その割にはなんというか……静かですよね。
それこそ毎秒という勢いで、全世界で人も、人以外も死んでいると思うんですけど。
女性:
ですよね。本来は死んだ人は、この景色をひとりで見ることになる……とか?
男性:
だとしたらなぜ、私たちは二人なのでしょうね。
どこかでご縁でもありましたかね。
女性:
覚えはないと思うのですが……
男性:
ああ、ただ……私は、今はこんな若いナリをしていますけど、実際死んだときの年齢は七十でしたよ。
女性:
そうなんですか? ……私は、大体こんな感じかと。
男性:
ではやはり、初対面ですね。
女性:
おそらく……
男性:
というか、私、ちゃんと若い顔、してますよね?
顔は自分ではわからないので。
女性:
はい、私と同じくらいのお年頃に見えますよ。
男性:
ああ、良かった。
体はこんなに若いのに、顔だけ年寄りのままだったら嫌ですからね。
女性:
ふふ、それは確かに。
男性:
……お若くして亡くなられたんですね。
女性:
ええ、ちょっと病気をしてしまいまして。
男性:
それはお気の毒なことです……。
私は、年寄りですが、交通事故でね。暴走車に突っ込まれてしまったようで。
女性:
それもお気の毒ですね……
男性:
ああ雨が降りそうだな、と空を見上げた拍子にでしたよ。
すでに目と鼻の先に迫っていた車のこと以外、何も憶えていません。
女性:
でも、亡くなられたことは、わかったのですね。
男性:
それはまあ、こんなところにいればね。
それに、車にはねられた自覚だけはありましたから。
女性:
運命は時々残酷ですけれど、みんなが安らかに死ぬことができればいいのに、なんて、つい思ってしまいますけどね。
男性:
ええ、本当に。
けれどまあ、それを言ってしまったら、人の足に踏まれて死んでしまうアリもいるわけですから、生きるってのは、そんなものなのかもしれません。
女性:
そうですね……
【※少々の間】
男性:
しかし、どこまで続くんでしょうね。この花畑は。
美しくて、いくらでも見ていられますが、こうして歩いても歩いても、果てが見えない。
女性:
ひとりでいたら、寂しく思うのでしょうか。
男性:
どうでしょう……花たちが美しくて賑やかだから、そうでもないかもしれませんね。それに、色々と思い返すのにちょうどいいかもしれない。
女性:
あ、もしかしてお邪魔してしまったでしょうか。
男性:
とんでもない。こうしているのは、楽しいですよ。
女性:
それなら良かったです。
男性:
私は即死ですから、その後のことはわからないのですが、きっと
女性:
最期の時まで仲がよろしかったんですね。
私は……父や母が、そして兄弟が。「まだ早い、置いていくな」と泣いていたのを憶えています。
男性:
あたたかいご家族だったんですね。
……しかし、置いていくな、か……
女性:
実際は、逆、なんですよね……
男性:
そうですね。
女性:
足を止め、置いて行かれるのは死んだ私たちの方で……
生きている人たちは、刻み続ける時間の中を、一瞬たりとも止まらずに、歩いて行く。
男性:
私たちは、その背中を見送り、元気で暮らせ、と手を振る。
女性:
彼らは時折振り返っても、生きている限り、その足を止めることはない。
男性:
どんどん、遠ざかっていくだけです。
女性:
私たちの時間は、止まってしまいましたからね。
男性:
もっと話すことがあったかもしれないとは、思いますね。
やりたいことも、まだ少しはあった。
こんなに急に、何もかも出来ないまま終わると思っていなかったので。
女性:
そうですか……
私は……この若さで言うのもどうかと思いますが、思い残すことはなく終わりましたね。
男性:
そうなんですか?
女性:
色々あったはずなんですよ。やりたいことも、憧れも。
ただ、病気をして、長くないとわかってしまったせいもあるかもしれませんけど。
最後の入院の時、急に気分が悪くなって、起き上がることもできなくなって、担当のお医者さんが来たあたりですかね、なんだかスッと、すべての事がどうでもよくなりました。
……と言ってしまうと聞こえが悪いかもしれませんね。
そんなに悪い意味ではなく、ですよ。
続きを読みたかった本も、話したかった人も、できなかったことも。
なんだか全部、あきらめがついたというか、叶わないんだから仕方がないなーって、穏やかな気持ちで思いました。
好物もありましたけど、特にあれ食べたかったなとも思いませんでしたし。
あくまで私の場合なんですけど、体が死へと向かうというのは、そういう事なのかもしれません。
ただ、みんな、さよならだねと。
男性:
なるほど。
一瞬で死んでしまった私には、経験できなかった感覚ですね。
女性:
(※ふと気づいて)
……あ、あそこ。
男性:
え? なんですか?
女性:
ずっと先です。あれは……川、ではないでしょうか。
男性:
川? ……ああ、本当だ。川がある。行ってみましょうか。
【※少々の間】
女性:
大きい川ですね。水も、すごく綺麗で……でも深そうです。
男性:
そこ、
女性:
はい。あれに乗っていけ、ということなんでしょうか。
男性:
そうかもしれません。どこに、かはわかりませんが。
しかし……そうか。
女性:
なんでしょうか?
男性:
この広大な花畑は、やはり、現世とゆっくりお別れする場所なのかもしれませんね。
女性:
あるいは、
男性:
ええ。来るかどうかもわからないですし、多分来ないのでしょうが。
女性:
いつか、満足するまで。
男性:
あるいは、そう長く留まれないのかもしれない。
女性:
そしてそれが終わったら、この川を、この舟で、下りて行くのでしょうか。
男性:
そうですね。……行きますか?
女性:
少々、振り返らせてください。
…………【※目安4~7秒程度ですがお好きに】
はい、幸せな人生でした。
男性:
幸せな人生でした。
苦楽はありましたが、幸せだった。その一言に尽きます。
みんな、どうか元気で。
女性:
元気で。
男性:
さて、舟は
女性:
素敵な表現ですね。ふふ、では参りましょう。
【※少々の間】
男性:
この舟は、少しも揺れないのですね。まるですべるようです。
女性:
ゆっくりと下りながら、少しずつ、はるかかなたの向こう岸へと近づいていますね。
……この川を渡り終えたら、どうなるのでしょうか。
男性:
さて……天国に迎えられるのか、地獄というものに連れていかれるのか。
女性:
あるいは、何かに転生するとか。
男性:
実のところ、私はどちらかというと、魂の転生などというものはなく、そのまま消滅するのではないかと思っている人間でしたね。
女性:
天国も地獄もそうですよね。
行ったことがないから、実際にそれがあるのかもわからない。
男性:
何しろこれが初めてですからね。
たとえば実は転生していて、前の記憶を持っていないだけ、というのでもない限り。
女性:
転生するとしたら、また同じ
男性:
……うーん。
女性:
あれれ。
男性:
いえ、一生という単位で見て、不満などありませんし、幸せでしたよ。
ですがまあ……どうせ憶えていないわけですしね。
生まれ変わってもあなたと結婚したい、なんてロマンチックな言葉を、生前色々なところで何度も聞いてはきましたが、私はまあ、そうでなくてもいいんじゃないかと、思っているクチですね。
女性:
フフ、そういう考えも、ありですね。
男性:
また出会えたなら、楽しくなるなとは思いますが。
女性:
ええ……また、会えたなら。
【※少々の間】
男性:
(そうして私たちは、河を渡る)
女性:
(私たちは、河を渡る)
男性:
(これからどこへ向かうのか、どれだけの時間をかけて向こう岸へとたどりつくのか)
(はたまた、岸へつくことなく、この魂は消え失せるのか、それともどこかへと飛んでゆくのか)
(まったくの未知の領域。けれど、
(思えば、生きている時と変わらない)
(生きるとは、未知の連続だった。けれど歩みを止めることはかなわない、やるべき時には、絶対にやらなければならない。それが人生というものだった)
(これが最後の、未知の領域、となるのだろう)
女性:
(するすると水の上を流れる舟に乗りながら、ここにいるのが二人であったことの意味を、考える)
(私は、ひとりではなく二人で良かったと思う)
(たったひとりでこの川をわたる私は、
(岸辺にとどまり、振り返り、振り返り、あの花畑を延々とさまよったのではないか)
(そうして、いつしか疲れて、まるで絶望に身を投げるように、魂の
(あなたと二人で、よかった)
男性:
(二人でぽつりぽつりと生前の話をしながら、私は、私たちが二人であることの意味を知った気がした)
(私たちはこの舟で、生前の思い出を語る)
(心にあふれかえってくる思い出を口に出して語るたびに、それらはきらめく砂粒のように
(そうしてそれらが、どんどん遠くなって行く)
女性:
(私の中にあるものが水に溶けてゆくたびに、ぎっしりと詰め込まれていたはずものが、少しずつ隙間を作って行く)
男性:
(
女性:
(私というものが、細く、薄くなって行く)
男性:
(そうやって、人はこの川に、
女性:
(そんな死者たちの残した水で出来ている、ここは忘却の川なのだろう)
男性:
(それはさながら、レテの河)
女性:
(魂の、清めの河)
男性:
(そうやって、すべてを語り、川に流すために、二人いるのだとして)
(私は、ほんのわずかな思いを、胸に抱いたまま持って行こう)
女性:
(私が、ほんの少しだけ、言葉に出さずに秘める思いを、許してほしい)
男性:
(本当は、すべて置いていかなければならないのかもしれない)
女性:
(すべてをこの川に流さなければいけないのかもしれない)
男性:
(天国や地獄にも、行けなくなるのだろうか)
女性:
(永遠に、この川を流れることになるのだろうか)
男性:
(けれど、そんな罰があるとは、私は思っていない)
女性:
(
男性:
(愛した人よ、生まれてくれた子供たちよ、先にこの川を渡った愛しき友よ、添い遂げることのかなわなかった、かの人よ)
(出会い、人生を共にした、あまたの人々よ)
(私はあなたたちに、もう一度会って、伝えたい)
(あなたたちと過ごした人生がどれほど輝いていたか。どれほど幸福であったか)
(あるかもしれない来世ではなく、私が私であるうちに、伝えたかった)
女性:
(まだ幼かったころ、私の夢を打ち砕いた父よ、それを
(けれど死への
(私の夢を自分の夢とし、背負ってくれた友よ)
(どうか、私という
男性:
(いつの頃だったか、家を飛び出し、帰る場所を見失い、帰りたくもないと泣いていた
(もう、立派な大人になっている頃だろうか)
(まだ若いあなたは、何度もつまずくだろう)
(けれど、生きている限り、夢をあきらめることはない)
(どうか、伸ばした手が何かをつかむまで、懸命に、生きてほしい)
女性:
(誰にも理解されず、今日を生きることにも迷っていた小さな私に手を差し伸べてくれた、かの人よ)
(今も
(あなたのおかげで再び握りしめることのできた私の夢は、結局かなうことはなかった)
(けれど、光に向かって伸ばしたてのひらは、きらきらと輝いていたよ)
(かなうことのない夢の風景を、私は最期まで見渡していたよ)
男性:
(言葉に出してしまえば、未練となる思いを、胸の奥にしまい込む)
女性:
(言葉に出してしまえば、悲しみへと変わってしまうのかもしれない思いを、深い場所に閉じ込める)
男性:
(そして、すっかり忘れていたような楽しい思い出を、あなたに語る)
女性:
(優しい思い出を、あなたに語る)
男性:
(とても、幸せでした)
女性:
(それでも、幸せでした)
男性:
あなたと会えて良かった。この、終わりの旅路で。
女性:
はい。あなたと会えて良かった。この
男性:
(そうして私たちは、河を渡る)
女性:
(私たちは、河を渡る)
END
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