第15幕 花籠ちゃん寝る
もういいや、久しぶりに公園に行こう。
ここのところ朝のランニングと部屋での筋トレ柔軟くらいしかやっていない。必要もないのに身体が鈍ってしまうことに怯えてしまうのは生まれ故のサガか。これでかれこれ4日ぶりになってしまった。
というわけで、今日は学校をカジュアルにサボってみました。起き抜けにふと気づいたのだが、心心共にものすごく疲れていた。身体は元気。学校に行くの面倒くせぇなぁって。これがストレス。現代社会の闇。
おかげで朝ごはん食べてから二度寝かまして、昼前まで爆睡していた。これが現代社会の闇。全て社会が悪い。
起きた頃には家には誰もいなかった。じいちゃんはゲートボール、ばあちゃんはホットヨガに行きました。現代版桃太郎の導入みたいなこと言ってしまった。何が言いたいかというと、昼ごはんの供給は失われてしまったというわけだ。
料理など出来るはずもなく、これ幸いにと、マイフェイバリット行きつけのラーメン屋その1に赴く。ちなみにその7まである。学校をサボって食うラーメンはたまらない。これが一番美味いのよ。
ビンテージに跨り舗装なんかされていない旧国道の路側帯を駆け抜ける。サボって走る自転車の気持ちよさったらない。走り出した足は止まらずギアで遊びながら風に背を押され進む。今日の鼻歌セットリストはチャットモンチーです。いつか琵琶湖を一周自転車で走ってみたい野望がある。
そうして楽しいサイクリングの末に着いたのは、かの有名な全国チェーンのラーメン店、丸源ラーメンである。全国を回っていたのに縁がなく、ここに来て初めて食べて衝撃を受けたのも懐かしい。カジュアルに食べるにはうってつけなの店だ。
まずはカウンター席に着く。注文制です。メニュー表は見ない、もう決まっている。呼び鈴を鳴らしいつものを頼み、適当にラインを返しながら待機する。数分後、運ばれてくるのは当然鉄板チャーハン。目の前で鉄板に垂らされる生卵を、急いで米とかき混ぜ自分だけの最高のチャーハンを作り上げる。店員によってかき混ぜスタートまでのタイムロスがあり、ハズレのときは既に卵が焼けて固まってしまうことも。今日の店員は理解っていた。良い仕事をするじゃないか。米と卵がきちんと絡まっていっそセクシーだ。
そしてチャーハンに舌鼓を打っているとようやくお待ちかねの品が。ズルズル。いつもの肉そば大盛りダブルをいただきます。醤油ベースのスープに、味のしっかり染み込んだ豚肉、そして柚子おろしが合わさり、食べやすくも肉肉しい至高の料理へと昇華されている。途中でピリリと辛味の効いた野沢菜をトッピング。シャキシャキ感と刺激が今までの優しいラーメンを一変させ、ますます箸を進ませる。あっという間に完食。大満足でした。
何の話だ。
閑話休題。
そう、公園に来たのである。お腹を満たし、ロードバイクを走らせ、いつもの公園に来たのである。
今日はまだお昼時ということもあり、ちびっこも少なく雲梯を占領出来た。それなりに高さがあり、高校生がぶら下がっても足が地面に着かない。途中で傾斜や方向が変わるのも憎い仕様だ。相変わらずここの公園の遊具は質が高い。お前公園マニアか?
片手だけで進んだり、後ろ向きで渡ったり、数本飛ばしでジャンプしたり。ぶら下がる感覚を身体に馴染ませていると、視界に見知った顔が映り込んだ。
「よっ」
妖怪暇人の菫さんである。最早そこらへんのキッズやダンボールピーポーより公園にいる。お前公園マニアか?
ぶら下がりっぱなしもなんなので雲梯から降りて、庇のあるベンチに二人で腰をかけた。
「久しぶりじゃん。何日ぶり?」
「分からないけど公園に毎日来るのは小学生までだよ」
「私はどうなるのさ」
「老人も公園に散歩に来るよな」
「ピチピチじゃろがい!」
げんこつでこめかみをグリグリされる。力なんてないくせに心なしか痛い。
「学校はどうしたの?」
「消えた」
「学校は急には消えません」
「俺もそう思ってたんだけどこれがビックリ消えたのよ。地球に飛来する隕石で磁場が狂って丁度学校の上に断層が現れて落ちていったみたいなんだ」
「はいはい。サボってないで行きなさいよ。私は朝、頑張って大学行ってきたよ」
流された。この人こっちに来てから俺の言葉にまともに取り合ってくれなくなった。悲しいよ俺。
「へー、大学なんか行ってんだ」
「何よ別にいいでしょ」
「てっきり公園の主かと」
「そんな悲しい主になりたくないですぅ。今日だってね、面白い講義があってそれ聴きに行ってきたの」
「面白い講義って?」
「ストレス研究〜笑顔と涙はどちらが多くストレスを解消できるのか〜」
「めっちゃ面白そう」
「楽しいぞ、大学は。でも高校も楽しいんだなぁこれが、分かるでしょ?」
「全く」
「すぐ嘘つく」
「本音です」
「最近は学校で何してるの?」
「文化祭の準備」
「ぼっちやめたの?」
「なんでぼっちなのバレてるの……?やめてないし」
「陰の気を感じてたのじゃよ」
「陰気なの隠してたつもりなのに」
「もっかい聞くけど学校楽しい?」
「別にうるさいし勉強嫌いだし変なやつばっかだし眠たいし」
「良かった」
「良くないんだって。昨日なんて休み時間に人の机の上でガンプラ組み始めやがるんだぞ。正気じゃねーよ」
「なにそれ。ちゃんと聞かせて」
「そんで置き去りのまま授業始まったから、それ見つけた先生が組みかけのガンプラに興味示してきてさ────」
今日に限らず最近あったことを話す。どれだけ大変かを。なのにすごくニコニコと嬉しそうに聞くもんだから、理由を尋ねてみても何でもないよなんてはぐらかされて。なんだか照れくさくなっていよいよ言葉を詰まらせた。
「……楽しく学校行けてるんだね」
「こんなので楽しいなら砂漠行ったって楽しいわ」
「でもラクダに乗ってターバン巻いて砂漠って楽しそうじゃない?」
「確かに……」
「もー、すぐ意地になって」
「男なんて意地張るもんだし張らなきゃいけねえって習った」
「そんなんだから彼女いないんだよ」
「なんでそんな意地悪言うの……?」
悔しくて泣いちゃう。教えてくれた人には確かに彼女はいなかった。それに自覚もあるから言い返せない。
ファンに告白されたことがある。だけれど他の団員も周りにいたもんだから格好つけちゃって、自分は一人のものじゃなくて皆のものだからと発言した中学二年生の自分を思い出す。
ファンに手を出したら出来るだけちゃんと殺すって昔から言い含められてきたのもあった。命とイキリを選んでしまった若き日の自分。でも後でしっかり吐くほど泣いたよね。
しかも後々その子に叩かれてさらにがっつり泣いた上に吐いた。俺が悪いんです……。
嫌なことを思い出して崩れ落ちる。
そんな俺を置いて菫さんはふらふらと遊具に歩いていく。滑り台や雲梯を経由して、ジャングルジムの迷宮をくぐり抜け頂点の見晴らしのいいところに腰を落ち着けた。
こんなこと言いたくないけど、昔はもっと深窓の令嬢然していた気がするが、気がするだけの気のせいかもしれない。
「私も文化祭行こっかなぁ」
「来れるの?」
「全然行ける行ける。こう見えて意外と暇してるし」
「見たまんますぎて逆に意外まである」
「だから光宙が来てくれて嬉しいよ」
「俺は暇つぶしですか」
「そりゃあ生き甲斐よ」
「またすごい冗談を」
「ほら見せてよ練習。今も暇してるの」
「はいはい」
そして言われるがままに練習を再開する。
雲梯の上に登り腕二本だけで身体を支え倒立したりだとかまあそんなことをしている。飛んだり誰かと演技したり、そういう実践的な練習が懐かしい。公園の遊具に空中ブランコ追加してくれないかな。
あの人はいつの間にかちびっこ用の揺らす馬に移動している。みょんみょんと漕ぎながら前後に揺れて、嬉しそうにこちらを眺めている。時々飛ばしてくる野次もご愛嬌。
舞台に立つ前、まだ本当に小さかった頃、母親に見守られながら練習していたことを思い出す。宙返りが出来ず泣きながら何度もマットに身体を打ち付ける俺を、頑張れと励ましてくれたっけ。
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