第4話 過去編 【室町時代 山城国 陰陽寮】 其一
世の中は乱れと平穏を繰り返す。
周りを海に囲まれた、日本と呼ばれる地においてもそれは変わらない。
日本は、多くの島から成り、五畿七道に多くの国がある。その国の数よりも多くの争いがあり、支配者はその都度代わっていく。
人間は、飛鳥時代の昔から法律という決まり事や宗教を取り入れることで、少しずつ争いを少なくしていった。その過程で大きな国が造られ、その軍隊が現れることで、その庇護下の民衆が守られる事も多くはなった。しかし、大多数の民衆は、あろう事か、その軍隊にも多くの物を搾取されたし、戦争に負ければ、正義の名の元に悉く全てを失った。おまけに世に蔓延る盗賊達にも襲われるのだ。
民衆は失う物が多過ぎる。
しかし、それでも多くの民衆は、生活を立て直して生きる道を選ぶのだ。どれだけ光の見えない絶望に支配されても、どういう訳か人間は生きていくように作られている。あらゆる困難から這い上がり、なんとかして生き延びるのだ。
それは何故なのだろうか?
今では考えられないが、かつては戦争よりも遥かに恐ろしい物事が存在していたからだ。それは、人間の目には見えない何かで、その目に見えない何かが人間に害をなすのである。時には人間を殺す存在になり、時には災害を手の付けられない大きさにする。
言葉で説明できないその何かを、人間は怪異と呼んだ。
実際に怪異は日本中を跋扈し、人間を苦しめている。戦争による恐怖や搾取などは実際に理解できる分、怪異による恐怖に比べれば我慢できてしまうのだ。
怪異とは、それほどまでに恐ろしいものなのだ。
その恐怖は、身分の上下に関係なく共通する。
この日本において、一番の権威が天皇家である事は論を俟たない。
その天皇家が大和の統治者になって以来、各地のたたら場を押さえ、貴重な鉄を欲しいがままにし、日本中に領土を拡大していった。しかし、穢れを恐れるあまり警察権や軍を放棄し、その仕事を武士に任せるという愚を犯したため、権威だけの王と化し、実権は武士に握られるに至った。
何故、それほどまでに穢れを恐れたのかは、当時に生きていた人間以外は分からない。穢れたくがないため遷都を繰り返し、仏教を取り入れ、天皇家に恨みを持って死んでいった人間が怨霊にならないように、各地の神社に祀った。
彼らがありもしない怨霊をただただ恐れていたと考えるのは簡単だ。しかし、過去に書かれた膨大な書物の中には、彼らがしっかりと怪異と戦った記録がある。
もちろん力を持った豪族や盗賊、或いは疫病を、天狗やら鬼やらという怪異に見立てた例も多いだろう。しかしながら、それだけでは片付けられない話もままあるのだ。
作り話というには話が出来過ぎ、真実というには信じ難いそれらの話を、人々は後世に語り継ぐ。何故語り継ぐのか?
そこにはいくつかの真実が含まれているからに他ならない。
つまり、本物の怪異によって引き起こされた実害を、後世の人間に警告するために書かれた話もあるということだ。
人ならざるものと人間の争いは、決して華々しくは書かれない。そこには必ず深い闇があるからだ。暗く、ジメジメした負の感情。尽きない恨みが怪異を呼び、人間に害を及ぼす。祓えない怪異は次世代へと引き継がれ、誰かに祓われるのを待つ。過去の書物はそれを見事に表現している。
真実の話であるからこそ、皆に受け入れられるように書けるのだ。
人間に取り憑く事を目的化した怨霊がいる一方、人間の想像をはるかに超える存在の妖もいる。そのような超存在と言うべき怪異は、自由意志で動き、我関せずという時もあれば、あからさまに人間に関与してくる事もある。
人間に関与してくる理由を探しても、それは意味のない事で、考えるだけ無駄である。
単純に、その超存在がそうしたかったからだ。
このような超存在は、人々に崇められて神と呼ばれる事もあれば、祓うべき妖と言われることもある。
その妖と呼ばれた代表の一つが、女狐の九尾の狐だ。
彼女は現代の日本人にも知られる存在で、六百年以上語り継がれている。そんな妖が人間に害を及せば、力のない人間はなす術もない。蹂躙され、いいように使われ、滅ぼされても何も言えないのだ。
しかし、人間は学習する生き物だ。
少しずつ、少しずつだが、牛歩のような遅さでも対処を学んでいく。
そして、いつしかその怪異を克服する時がやってくる。
室町時代、その怪異の対策を一手に担うのが朝廷下の陰陽師、坊主、神主たちであった。
彼らの研鑽によってしか成り立たない平和もあったのだ。その当時は、世に名高い陰陽師や坊主たちが、人知れず怪異に立ち向かっていた。もちろん、当たり前だが、彼らが全てを解決できる訳ではない。最終的に、妖に敗れる事もあれば、成仏できない魂を封じるに止まる事もある。
一つだけ言えるのは、世の中はそうやって維持されていたということだ。
朝廷に怪異の情報がもたらされる時は、相当に大きな話の時に限られる。
比較的小事は町場の祈祷師や占い師に委ねられる。彼らが解決できない場合には、地元の坊主や神主に話が持ち込まれる。それでもどうにもならない場合に、ようやく朝廷に話が持ち込まれ、京都の周辺であれば朝廷の人間が、それよりも遠い場合は、それ専門の寺の僧侶、歴史のある神社の神主らが解決に送られることが多い。
朝廷において、この手の話が持ち込まれるのは陰陽寮という部署で、そこには陰陽師と呼ばれる人間がおり、日々怪異に目を光らせている。彼らは陰陽五行思想に基づく陰陽道という占術を用いて怪異を解決するのが任務だ。
ここの所大きな怪異の報告はない。それは京の都においても同様であった。
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