人殺しを頼まれて女を殺したら化け物でした

@morukaaa37

第1話 人殺し



 「あーあ、なんでオレこんなことしてんだ?」


 片手に持ったナイフが街灯に照らされ鈍く光っている。真っ暗な真夜中に、ボロボロの白シャツを血で染めたオレは、誰が見てもイカれた殺人鬼そのものだろう。


 「借金無くしてくれるっつうから引き受けたけど、バカなことしたよなぁオレ」


 目の前には、知りもしない女が腹部から大量の血を流し横向きに倒れている。ついさっき初めて会った。いや、会ったと言っていいかすら怪しい。肌寒い夜道で、すれ違いざまにナイフを刺した。それだけの関係だ。

 顔は事前に写真で見せられていた。オレより1.2個上みたいな明るい印象の女。写真では笑っていたからそんなイメージになっただけかもしれない。

 今改めて見ると、短めの黒髪をチャラチャラ巻いて、猫みたいな顔をしている。瞳が酷く冷たく感じるのは、こいつが死んでるからだろうか。


 「捕まんのかなぁ、オレ。やっぱ捕まるよなァ、、。警察が来て、殺人の裁判されて、刑務所行きかァ……刑務所では寝て起きて、ご飯食って、働かされての生活で…………あれ?」


 ナイフを握るオレの手は痩せ細っていて骨が角張って見える。腕も皮しかない。ロクな生活を送ってこなかった結果がコレである。よくこれで、ナイフを突き刺せたなと感心してしまった。


 「意外と悪くないのか、、なんだ、じゃあ殺して良かったじゃん。やったな、オレ。結果オーライだ」


 しかし、今よりマシな生活ができるなら、もっと長い間刑務所にいれるようにした方がいいかもなと思ってしまう。人1人殺したら何年居られるのだろう。10年とかか?これだと短いな。


 「どうやったら延びるんだァ?もう一回刺す?いやでも、殺しといて今更刺しても意味なくねェ?……まあ、とりあえず刺すか、どうせ死んでるし」


 傷が増えたら罪も増えるかもしれない。自分の勘に従って、オレはしゃがみこみ、女の体を仰向けにする。適当に身体を押したら驚くほど簡単に仰向けにできた。街灯に照らされた女の肌は、陶磁器のように白くやっぱ美人だなと思う。腹部を見ると、オレが刺した跡が生々しく残っていた。


 「うえぇ、気持ち悪りぃ……人間の体ってこんななってんのかぁ、美人のくせに中身は汚ねぇのな」


 またこんな傷を増やさないといけないのかよ


 一瞬吐き気がしたが、気を取り直してナイフを力強く握る。

 顔を引き裂くのが一番効果的かもしれないと、ふと閃いた。人って綺麗なもんを壊されたら怒るし、間違いねぇ。


 オレは女の顔の真横に片膝を立て座り込み、ナイフを持ち上げる。


 「今更だけど、なんかごめんなァ。オレ、あんたに恨みはねぇけど、生きるためなんだ。あんなジジイ共に目ぇつけられた自分を恨んでくれよ。オレを恨んで化けて出るとか、勘弁してほしいぜ」


 1度目でナイフを刺す感覚は覚えている。別に一度目も躊躇しなかったし、やること自体は簡単だ。


 上げ切ったナイフを、オレは振り下ろす。ロクに力など入っていなかったが、鋭利なものを上から振り下ろせば女の顔ぐらいぐちゃぐちゃにできるだろ───────ピッ


 「……ぇ?」


 突然、身体に糸をつけられ引っ張られるような感覚がした。身体が動かない。いつもだったら維持するのがキツい体制なのに、足も腕も震えない。瞳、指先、毛先、唇、何一つ動かせなかった。ただ、自分の心臓だけがドクドクンドクッドクドクッと鳴っている。

 ありゃ?さっきまで普通に動いてたよな。何かの病気か?いや、確かに体調はすこぶる悪いし、血色も悪いし、よく聞いたら心臓の鳴るリズムがおかしいけど。動けなくなるほどじゃないはず、、だよな?(心配)


 「あっ、ぁぅ、、あぁぁ」


 言葉を発しようとしたが、嗚咽のような音が出るだけだった。視線は、ずっと女の顔に向かっている。女の顔は、変わらず青白く、目は半開きになっていた。オレは女の瞳を眺める。まつげは長く、下まつげも綺麗に伸びていて、涙袋はくっきり見えるほどふくらんでいた。

 死んでいるからか、瞳孔が開いているようにも見え パチッ


 「キミ、何歳?」


 「ぇぅぁっっ!!?」


 突然、女の瞳が開かれた。瞳孔は開いたままだった。瞳に吸い込まれるような感覚を感じながらも、オレは本能的に身をよじる。


 「ああ、ごめんね、その状態じゃ話せないよね。忘れてた、許して」


 苦しそうにしているオレを見てか、女は張り付いたような笑みと共に淡々とそう言う。女がパチッと指を鳴らすと、糸が切れたような感覚と共に、一気に脱力感が身体に押し寄せてきた。


 「げほっ、げほっ。っはあ」


 溜まっていた空気が口から抜けていく。空気に晒されて乾燥しきった瞳からは涙が溢れた。骨の節々がキリキリ音を立てている。いつの間にか、女は立ち上がっていて、オレは四つん這いになっていた。


 「大丈夫?苦しかったよね。ほら、こっちに来て」


 顔を上げると、そこには手を広げ、瞳を優しげに細め微笑んでいる、血だらけの女の姿があった。酷く現実味のない光景。でもオレはその女の姿が目に焼き付いて仕方なかった。


 「あ、俺、あんたを殺そうとして」


 ほぼ反射的にオレは立ち上がっていた。死んでいたはずの女が何故喋って動いているのかとかどうでもよかった。罪悪感を感じつつも、女の体に吸い込まれるように、オレは自分の体を女に預ける。


 「うん、大丈夫だよ。今から治すから」


 女の華奢な体がオレの体を包む。初めて抱いた女の体は想像以上に脆く儚そうだった。


 「え、治す?」

 「うん、こうやって」


 突然、首筋に鋭い痛みが走った。


 「へ?」


 瞳だけを動かし首筋を確かめると、そこには綺麗に光沢を放っている女の髪の毛があった。


 「ちょ、なに──────ッァァガ!?」


 体内から外側に引っ張られるような、猛烈に激しい痛み。今になって、何故この女に身を任せたのか疑問に思った。

 体から力が抜けていくのがわかる。張り巡されている神経が悲鳴を上げていた。元々限界だった身体が、崩れ落ちる。


 「ンン、殺さないから安心して」


 最後にその声が聞こえると共に、オレは意識を手放した。


 

 

 

 


 

 


 

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