断食
キザなRye
全編
僕の姉の夫、つまり僕の義兄にあたる人は“スパゲッティを食べない”という信条を持って生きている。たとえイタリア料理店に行っても断固としてスパゲッティを食べずにピザだったりリゾットだったりパンを食べる。彼曰く一番好きな食べ物がスパゲッティだと本人が言っているのだが、食べることはない。なんだか矛盾を感じてしまう。
話は遡って僕の義兄が大学生のとき、ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)でチェルノブイリ原子力発電所事故が起こった。チェルノブイリ原子力発電所は現在のウクライナのキエフ州にある。この事故によりヨーロッパの穀倉地帯であるウクライナや東欧諸国の小麦が放射能に汚染された。この小麦はイタリアのパスタの原材料であり、当然イアリアのパスタも放射能に汚染された。それに影響され、ヨーロッパ諸国ではイタリアのパスタの買い控えが起こった。パスタの在庫の山をどうにか消費しようと当時放射能への警戒感が薄かった日本をマーケットのターゲットとした。
このとき日本ではイタリア料理のブームが一気に来た。ただ一部の人からはイタリア料理に使われる小麦の放射能汚染を心配する声が聞こえてきていた。義兄の耳にはその心配の声が聞こえていたようで独自でスパゲッティに使われる小麦の放射能汚染はどのようなものなのか、健康被害はないのかなど調べた。彼なりの調べた上でパスタは安全であるという結論を導き出した。
僕の義兄はこのチェルノブイリ原子力発電所事故の経験を通して二十歳の時にある決断をした。それは生涯に渡ってスパゲッティを食べないことである。世界的な情勢によって食べられなくなるという危機感を忘れないようにそうしたのだという。自分が世の中にある食べ物の中で最も好きであっても自分の意識のために断食したのだ。義兄の自分の好きなものを失ってまで危機感を忘れないようにしているこの姿勢は僕自身も学ばなければならないような気がしてくる。
そして今年、奇しくもウクライナにロシアが侵攻した。しかもキエフを中心にして侵攻している。この侵攻によってロシアやウクライナからの小麦の輸出がストップした。世界的にも食糧危機が発生しており、義兄の危機感を持つことは功を成したかもしれない。
僕は最近、義兄がスパゲッティをこれほどまでに避けて生活していることに少し面倒くささを感じてきている部分もある。しかし、人の信条を否定することは良くない。僕は彼に対して色々思ってはいるが、彼には彼なりの人生があるとして今後も見守っていくのだろう。
断食 キザなRye @yosukew1616
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