あたまの羽音

黒川魁

いるんだよ。ほんとうだよ

 8月8日

 今日は遊びに行きました。

 ゆうちゃんとりっちゃんと約束していたのでいつも遊ぶ第一公園に歩いていきました。この公園は、大きなグラウンドに小さな遊具と東屋が隣り合っているのでスポーツをしている人でいつも賑わっています。今日も野球部が練習をしていると思っていたのに、誰もいませんでした。

 静かで少し寂しかったので二人を待つ間、トンボを捕まえることにしました。トンボを捕まえて遊ぶのは最近小学校で流行っていて、捕まえたトンボの頭を集めてボンドで固めたものを先生にばれないように見せ合うのです。女子はトンボの羽を欲しがるのでなるべくバラバラにせずに袋に詰めて持ってきて、教室で頭と羽を取るのがセオリーになっています。

 僕はトンボが触われないのでいつもの罠を作りました。僕の罠は木の枝を生け垣のなかに仕掛けるもので、質素ですが一番高くて頑丈でまっすぐな枝に止まろうとするトンボは喜んでてっぺんにとまるので、暫くしたら枝ごと持ってビニル袋に突っ込みます。たくさん立てておくとそれだけ捕まえられる確率が上がるので枝選びに一番時間を使います。

途中でゆうちゃんが来ました。ゆうちゃんはお母さんにおこづかいを貰うために、お風呂掃除をしていて遅くなったそうです。

 りっちゃんが来ないので僕たちは袋いっぱいになるまで捕まえたあと、先に駄菓子屋さんに行くことにしました。本当は線路を渡った先にあるプールに行ってからと思っていたので少しいらいらしていました。むしゃくしゃしてトンボの入った袋を振り回したら何びきかばらばらになってしまいました。頭の取れてしまったトンボを捨てて、ゆうちゃんに持っててもらうことにしました。

 いやだよう、ぶんぶん言ってるよう、とゆうちゃんが泣きそうな顔で言っていましたがスーパーボールを買ってあげる約束をして我慢してもらいました。ゆうちゃんはよく弟にスーパーボールを盗られてしまうのでいつも新しいのを欲しがっています。

 駄菓子屋さんに着くとトンボを入れちゃだめ、と言われたのでガチャガチャの上に置かせてもらいました。駄菓子屋さんのおばちゃんはよく僕のお母さんの話をします。僕のお家はずっとここにあるのでおばちゃんはお母さんが小学生の頃から知っているそうです。お母さんはおばちゃんに聞いた話をすると顔を真っ赤にしてどこかへ行ってしまうのできっと恥ずかしいのだと思います。

 ゆうちゃんは一番小さいスーパーボールしか当たらなかったので、また弟に食べられちゃう、と悲しそうにしていました。僕はいつも買うカルメ焼きと10円のお菓子を少しだけ買いました。駄菓子屋さんから出るとりっちゃんが僕たちのことを呼んで探し回っていました。おーい、と駆け寄りりっちゃんの肩を叩くと驚いたのか後ずさりして、やめてよー、と言いました。手のひらが一瞬だけ見えたので、お母さんのマニキュアがついてるよ、と言うと慌ててTシャツで拭っていました。同じ赤色でよかったね、とゆうちゃんがにこにこして言いました。

 みんな揃ったので線路の下を潜ってプールに行きました。ゆうちゃんは学校の水着、りっちゃんは長袖の女の子みたいな水着を持ってきていました。

 僕は服の下に着ていたので先にシャワーを浴びて外に出ると四人用のベンチをとりました。今日は少し寒いからか人が少なかったのでたくさん空いていてよかったです。

 ここは二つのプールに小さい滑り台が二つあるだけの小さな市民プールで、学童に通っている子達がよく来ます。お昼をとっくに過ぎていたので今日は会えませんでしたが早くに来ると一緒に遊べます。

 小学生が入るための小さいプールもあまり人がいなかったので先に入ろうと思ったら監視のお兄さんに止められました。すごく睨んできて怖かったです。時計を見たらもう休憩時間になるので仕方なく二人を待つことにしました。

 二人が出てきたので休憩時間が終わったら一斉に入ろう、とプールサイドに並んで待っているとまたお兄さんに止められました。

僕はこのお兄さんが意地悪しているんだ、と思って泣き出してしまってゆうちゃんとりっちゃんがお兄さんに怒りました。でも、お兄さんは僕がいるなら二人は大きいプールに入ってもいい、と言ってくれたので二人は僕を置いていってしまいました。泣きながら追いかけていきました。

 ところでこのプールには都市伝説があり、小学生が大きいプールに入ると目のあるはずのところにアーモンド形の窪みがある子供が一緒に遊ぼう、と誘ってくるというのです。誘いにのって一緒にプールに入るとそこはプールではなくプールの隣の線路の砂利のなかで、気づくと頭だけ出た状態で埋められているのだそうです。この話をすると二人は鼻で笑い、僕が怖がりだからそんな話を信じるんだ、と言っていました。でも僕はこの都市伝説が本当だと知っています。大人たちは、ここら辺は塀が低いから、と言うけれどそれにしたってやたらと子供が電車に轢かれて死んでしまうことが多い気がするのです。

 三人で水中鬼ごっこをしていると段々プールのなかに大人が増えてきて、二人が見つけられなくなってしまいました。あがって上から見てもどこにも居ません。大きな声で呼んでも、小さいプールの方に行っても、どこにも、居ません。荷物が残っているベンチに座って途方に暮れていると、雨が降ってきました。ぽつり、ぽつり、地面に吸われるのを見つめているとあっという間に土砂降りになり、ブールのなかの人たちは一斉に上がって、雷が鳴り始めると一目散に建物のなかに消えていきました。とうとうゆうちゃんとりっちゃんは出てきませんでした。

 二人の荷物を抱えて更衣室に行くと、さっきの監視のお兄さんが僕の肩を掴み、振り向かせるとこう言いました。

「お一人で帰られるのですか」

どうしてそんなことを聞くのか意味がよくわかりませんでした。

「ゆうちゃんとりっちゃんが、一緒で」

「そのゆうちゃんとりっちゃんは今はどこにいらっしゃるのですか」

「僕も探しているんです」

「どうしてちゃんと見ていなかったのですか」

「遊んでいたらはぐれちゃったんです。僕だって……」

 僕は泣きたくなりました。

 居なくなったのは二人の方なのにどうして僕ばかり怒られているのでしょうか。

 僕はお兄さんを突き飛ばして走り出しました。ゆうちゃんもりっちゃんも、お兄さんだって知るもんか。後ろからお兄さんの呼ぶ声が聞こえましたが無視して思いっきり走りました。そうやって家まで走って帰ってきました。

 そして、今こうやって日記を書いています。二人の荷物はまだ部屋の隅に置いてあります。トンボの入った袋からはもう何の音もありません。


――――


 僕は日記を閉じると布団に臥せて考えた。

 隣に寝転ぶ冷たくなった元妻とのこれからとただ一人残された幼い息子との生活を。

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あたまの羽音 黒川魁 @sakigake_sense

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