左足靴下がクルクル回る呪いで転んだら、何故か異世界に行っちゃった私

三角ケイ

第1話左足靴下がクルクル回る呪いで転んだら、何故か異世界に行っちゃった私(前編)

 その時、私は機嫌良く帰宅するために歩を進めていた。左手には通勤バッグが右手には先ほど商店街で購入した、が入ったビニール袋が揺れている。


「フッフッフ」


 心の底からの喜びが一人歩きの私の口から漏れてくる。うら若き20才の女性というよりは夕方、小学生向けに放映されているアニメによく出てくる中級ボスのような含み笑いが、私の残念さを物語るよね~と友人によく言われるが、私がこんな笑い方をしているのは例のモノが手に入ったからで、いつもはこんな笑い方はしていないはず!……多分。まばらに歩いている人たちの視線にも動じず、私は今日の夕飯へ思いを馳せていた。


 例のモノはいつも売られているわけではなかったので、それを見つけた時は、私は心の中でガッツポーズをした。


(今日はおばあちゃんの月命日だし、おばあちゃんも天国で喜んでくれるよね)


 月末で寂しい懐事情だったとしても、悔いはなかった。夕日に染まる帰り道を歩く私は、いつものように左足に違和感を感じて足下を見れば、案の定、左足に履いていたはずの靴下がクルリと回っていた。


(フゥ……、せっかく機嫌良く歩けていたのに、またか~)


 実は私の左足は右足よりも筋力が弱く、よく靴下がクルクルと回る。靴下のかかと部分が、いつの間にか足の甲の所に来ていたり、靴の中で左足の靴下だけが脱げてしまって、裸足になってしまったりするので、私は日々地味なダメージを負い続けていた。


 何と言っても歩きにくくてダメージを負うし、片方だけ靴の中で団子状になる靴下は感触が気持ち悪い。それに片方だけの靴下だけがクルクルと回るのだから、きちんと靴下が履けない、だらしのない人間としてみられること間違い無しだ。こんなにクルクルと回っては、お友達の家にだって気軽には行けない。そこで私はクラス替えの自己紹介の時や、初対面の人に会うとき先に申告しておくことにしている。


「私は左足の靴下がクルクル回る呪い持ちなので、靴下がクルクル回っていても、ずり落ちていてもだらしないわけじゃなく、そういう呪いなので気にしないで下さい」


 それ以来、私のクラスメイトになった人達も親しくなった人達も、一歩歩く度に地味にダメージを喰らう私のことを『何とかクエストで呪いがかかった勇者みたい』と見るようになり、気の毒がって生暖かい同情を寄せてくれて、靴下がずり落ちない糊だとか五本指靴下とか……を色々教えてくれた。人の情けって、有り難いですね。


 たとえ靴下がずり落ちない糊が何の役には立たなくても、五本指靴下は指の部分だけしか靴下を履いている状態を保てなかったとしても、めげませんよ、私は。ええ、けっして泣いたりなんかしませんから!……グスン。


 今、私がいる場所は公園のそばだった。その公園は住宅に囲われた小さな公園で滑り台と砂場とベンチがオレンジの光に包まれていた。この公園を横切って5分くらい歩いたところに私の家がある。古い集合住宅の一番端の一階が、おばあちゃんと私の家だった。……今は、私一人だけの家。


(後5分で家に着く。両手もふさがっていることだし、左足の靴の中が気持ち悪いけど、このまま家に帰ろう)


 私はそう思って、夕方のオレンジの光に包まれながら、公園に一歩足を踏み入れた。いつもの帰り道。……でも私のは、そこまでだった。


 私は左足に地味な呪いを持っていたために、夕方のオレンジ色に染まった公園に足を踏み入れたときも、当然のように、その呪いは威力を失ってはいなかった。私の左足の靴下は黒いローファーの中で、さらにクルクル回りながら、ずり落ちていき、その不快感と安定感のなさから、私は転んでしまったのだ。両手は通勤鞄とスーパーの袋でふさがっているために、私は顔面強打を覚悟して、思わず、目をつぶってしまった。なのに、いつまでたっても私は地面とぶつからない。


 グワアアアアアアアアアアアアアン!


 目を瞑っている私の耳に銅鑼を叩くような音が聞こえた。恐る恐る目を開けると柔らかいオレンジの中にギラギラしい攻撃的な蛍光色のパープルが視界を染めていて、真夏の河川敷の花火大会よりも数倍きつい閃光が見えた後、足下の硬いはずの地面が、まるで水溶き天ぷら粉の中みたいにドプン!と私の体を沈めていく。私は怖くなって身を固くし、また目をつぶった。


(あれ?ここは……どこ?特撮の撮影するところ?)


 次にまぶたを開けた時に、私はそんなことを思った。現実ではありえない現象に私の思考は相当、混乱を期していたのかもしれない。でも、そう思わずにはいられなかった。


 あちこちに削り取られたような、むきだしの地面。少し離れた所には折れた大量の木。その場所は日曜の朝に流れる戦隊ヒーローが敵の怪人と戦うときに、よく見るような場所だった。


 私は5人組の正義の味方か、バイクに乗った正義の味方、月に代わって叱ってくれる美少女たち、もしくは黒ずくめの皆さんがいないかと辺りを見回した。空は薄闇に包まれていて、銀色に光り輝いて綺麗だった……、って、えっ?


(月が2つ!?)


 私が目を大きく見開いた時、また、あの銅鑼の音がして後ろを振り返ったら、3メートルも離れていない所に7、8人の人間がいて、大勢でたった一人の男性に殴る蹴るの暴行を働いていた。


 ~~~~~


「今度の《召還の儀》を辞退しろよ、クジョウ=ネギ」


「クッ!汚いぞ!ヤタベ、フカヤ、シモニダ、カガ、ヤグラ、ヒラタ、センダイ……。勝負は昼間の選考会で着いたはずだろう……。こんな大勢で俺を罠に嵌めて、それでいいのかよ!卑怯だろう!」


「フン!何とでも言うがいい!我らネギの中でお前だけが庶民の成り上がりなんだ!ここは大人しく貴族の俺達に《召還の儀》を譲れ!」


「そうだそうだ!俺達ネギは魔力が強いから、この世界の女性は、その魔力に当てられてしまって俺達とは付き合えない。俺達が結婚出来るのは、一年に一回の《召還の儀》で召還された異世界のの女性だけなんだ!お前は一番年下だろう!ここは年長者に譲れ!」


「28人いる独身者に譲っていたら、俺は28年も待たなきゃいけない!そんなのは嫌だ!」


「何を!クジョウ=ネギのくせに、生意気な!」


「クジョウ=ネギなんて、例え俺達の中で一番魔力が高くて魔法師団のホープと呼ばれていても、所詮庶民なんだ。が高いんだよ!例え《召還の儀》で女の子が来たって皆、金持ちの俺達の方が良いに決まっている!クジョウ=ネギなんて誰からも好かれないんだよ!だから俺達に譲れ!」



 漏れ聞こえる言葉は幸い日本語に聞こえていて、何を言っているかはわかるけれども、だからといってその内容が理解出来ているかと言えば……残念だけど、私には全然理解出来なかった。


 でも、どんな理由だろうと大勢で一人の人をいじめるなんてよくないし、ましてやのことを悪し様に言われっぱなしと言うのは私の性に合わなかったので、つい私は彼らの前に出てしまった。

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