第27話

 愛音ちゃんは、夏休みの間に茶華道部を退部した。

 いままで見た映画やアニメを見直して、自分のやるべきことが見つかったそうだ。そちらに時間も神経も集中するためなのだといった。わたしは、それでいいと思う。愛音ちゃんのやりたいようにするのが一番よい。わたしも、両親にそのようにして応援してもらっているのだ。

 これからは、サオリ先輩とふたりきりの部活になる。


 夏休みが終わって学校が始まった。

 部活をやめても、愛音ちゃんとわたしの友情にかわりはない。朝は一緒に登校した。下校は、わたしが部活で遅くなり、愛音ちゃんはまっすぐ帰るようだった。

 わたしの頭の中には、自分がアンドロイドだと気づかせないためのプログラムがいくつもはいっていた。入院というのか、検査というのか、お父さんの会社にいる間に、その余計なプログラムを削除してもらった。二学期からは学校で人間らしく振る舞うために必要なことを、自分で意識してこなさなければならない。

 わたしはトイレに行く必要がないのだけれど、時間がたつとトイレに行きたくなるようにプログラムされていた。新学期からは、トイレに行きたくなることはなくなった。時間間隔を意識して適度にトイレに行かなければならない。パンツをおろして少し待って、またパンツをあげて水を流すというミッションをこなすために。

 わたしは、食事を必要としない。口があって、食べることはできるし、味覚センサーがついていて、頭に味の信号を送っている。ちょっとした菓子くらいなら食べるけど、食事はほとんどしない。給食の時間は、アレルギー対応の特別な給食のためと称して、保健室へゆくことになっていた。

 保健室の先生は、もとはお父さんの会社の看護師さんだったのだそうだ。わたしがアンドロイドだということを知っている。それで、給食の時間、保健室で過ごすことに問題が生じなかったのだ。

 一学期は、昼休みになって給食を食べようと思うと頭の中の処理がきりかわって、夢を見ているような状態になっていたらしい。その状態で保健室へ行き、適当な時間待機して教室に戻ると意識が覚醒した。二学期からはプログラムが削除されて通常の意識を保っているから、保健室の先生とオシャベリをして過ごすようになった。


 学校でのすごし方にくわえて、自分の体のことをお父さんに教えてもらった。

 飲み物は濾過されて、水分は体内を循環して頭のコンピュータとか、機械部品とかを冷やすために使われる。水冷式というやつだ。

 心臓の鼓動のようにリズミカルに水を全身に送っている。頭ではコンピュータの熱を受け取り、全身をめぐりながら熱を発散する。発散した熱は体温になる。

 呼吸もしている。吸った息は胸で、体内を循環する水を冷やす。ラジエータのようなものだ。息を吐き出す仕組みは声をだす仕組みの一部になっている。人間の体を真似したつくりになっている。

 飲み物を濾しとったカスや、少量口にした食べ物は、乾燥と圧縮がされて体内に保存される。週に一度、保存していたゴミを、わたしが寝ているあいだに両親どちらかが取り出して捨ててくれていた。自分がアンドロイドだとわかってからは、自分で処分するようになった。できるだけ毎日ゴミを処分するようにした。体の機械にいいはずだ。それで、給食をみんなと一緒に食べても問題がなくなったのだけれど、今までの習慣を変更するのは危険だから保健室へ行くのを継続することにした。

 睡眠は、人間と同じで毎日とる。睡眠時の頭のコンピュータは、人間の脳と同じ働きをする。ベッドにはいると充電ができるから、一石二鳥だ。電池がなくなると、睡眠というより意識喪失だけど、頭と体の機能が停止する。電池がなくなっても、パソコンのメモリと違って記憶が失われることはない。不揮発性というやつだ。


 香澄ちゃんは、事件のことを話したあとも仲よくしてくれている。

「愛音ちゃん、茶華道部やめちゃったの?」

 香澄ちゃんは一学期の香澄ちゃんとは別人みたいだ。香澄ちゃんから話しかけてくれることが、よくある。それだけ仲よしになれたということかな。

「うん、夏休みの途中で」

「それじゃ、茶華道部は、部員二人になっちゃったんだ。来年は美結ちゃんひとりだ」

「香澄ちゃん。来年は新入生がはいってくるんだよ?新入生を勧誘して茶華道部を盛り上げていくという使命にもえてるんだ、わたしは」

「そっか、ごめんなさい。茶華道部に新入生がはいるわけないなんて思っちゃダメだよね」

 香澄ちゃんは、ちょくちょくヒドイことをいう。天然で悪気がないし、かわいいから許してしまうんだけど。坂本だったら首を絞めているところだ。

「映画でも撮りはじめたのか?」

 坂本と香澄ちゃんの仲はどうなのだろう。香澄ちゃんと話すと坂本もついてくるようになった。

 気配を感じてうしろを振り返る。教室のうしろから愛音ちゃんがやってくる。肘を曲げ、お盆を手にもったようにポーズを決めて、足をちょこちょこ動かしながら。お茶をもってきてくれるからくり人形のつもりみたいだ。

「ドウセ、ワタシナンテ、ロボットミタイナ、ウゴキニナッテ、ワラワレルダケダヨ」

 愛音ちゃんはロボットの声真似をした。わたしの横まで来て、腰や腕をロボットのまねをして動かす。みんなで笑う。

「愛音ちゃんはなんでもそつなくこなしちゃうから、お茶やお華も上手なのかと思ってた」

 わたしは静かに首をふる。

「美結ちゃん、すこしはフォローしてくれてもいいんだよ?」

「アイネチャンハ、タダノロボットジャナイヨ。チョットセイノウノイイ、ロボット」

「フォローになってない、でしょ」

 愛音ちゃんは、わたしの首を両手でつかんで前後にゆすった。わたしはあわせて頭を前後にふった。愛音ちゃんが手を離す。

「あー、死ぬかと思った」

「そういえば、ひどいんだよ、香澄ちゃん」

 香澄ちゃんの手をとる。

「わたしのイトコがまだ首がすわるかぐらいの赤ちゃんだったんだけど。イトコをうちで預かったときに美結ちゃんが遊びにきてね。わたしが抱っこしたら、ロボットみたいってバカにしたんだよ」

「だって、ロボットみたいにウィーン、ウィーンって動きだったんだもん。それで赤ちゃん泣き出しちゃったし」

「あれは、おなかがすいたからだよ」

「えー、わたしが抱っこしてるときは泣いてなかったのに?」

「うぇーん、香澄ちゃーん。美結ちゃんがひどいよー」

「でも、抱っこ下手だと、将来たいへんかも」

 香澄ちゃんがトドメを刺してくれた。愛音ちゃんは肩を落として去っていった。

「で、ほかの部にははいらないのか?」

 わたしは肩をすくめてやりすごした。わたしも知らない。愛音ちゃんが放課後なにをやっているのか。


 わたしはアンドロイドだけど、入浴はする。体の表面についた汚れをとるためでもあるし、皮膚には温度センサーと触覚センサーがついていて、お湯の感触が気持ちよく感じられるということもある。

 湯船につかると、気分が良い。人間とちがって血行が良くなるわけでもなく、本当は体を温めない方がいいんだけど、気分がよくなると考え事をはじめてしまって、ついつい長湯しがちだ。

 一日の出来事を思い返す。愛音ちゃんが部活をやめた話をした。愛音ちゃんはロボットの真似をして、部活をやめた理由を話さずに済ませていた。ロボットつながりで、湊之くんを抱っこしたときの話もした。

 いままで、愛音ちゃんをロボットなんていってネタにして笑ってきたけど、実際にロボットなのはわたしだった。

 アンドロイドだと気づかれないように行動するためのプログラムは削除されている。そのうち、わたしがアンドロイドだということが露見する日がくるかもしれない。そのときに、みんなはどう思うだろう。ダマされていたと思うだろうか。わたしのこと怖いと思うだろうか。気持ち悪いと思うだろうか。

 浴槽の中で体育ずわりの姿勢になる。

 香澄ちゃんは、いまと同じように接してくれるだろうか。愛音ちゃんとの仲はどうなるだろうか。

 わたしがアンドロイドだって知ったとき、まわりの人がどう思うかは大事な問題だ。知っていたら、わたしと仲よくなんてしなかったという人がいるかもしれない。そういう人には、早く知らせてあげた方がよいのではないか。気づかずに過ぎてしまえば、問題は起こらないけれど。わたしは、そんな風にやりすごすのは嫌だ。

 いっそ、みんなに知らせてしまえばよいのだろうか。アンドロイドと仲よくしたくない人は、わたしと距離をおくだろう。そうでない人は、かわらずに仲よくしてくれる。そう思うと、話さない手はないし、話さないことはみんなをだましていることになるという気がしてくる。でも、そんな勇気がわたしにあるだろうか。

 まずは、愛音ちゃんだ。愛音ちゃんに話すべきだろうか。

 お尻の位置をずらして頭を浴槽の壁面につけながら、さらに湯に沈む。湯船に口をつけ、ブクブクと口から息を吐いた。

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