第26話

 お父さんのお盆休みに、お父さんが育った家まで車でやってきた。

 わたしは、車の中で本を読むのが苦手で、電車で来たほうが本を読んでいられてよかったのだけど、三人で出かけるとなると車のほうが経済的なのだ。車の中では、お父さんとお母さんの会話を聞いて、後部座席でぼーっとしていた。

 お父さんにはお兄さんがひとりいるらしい。でも、わたしは会ったことがない。いや、わたしが小さいころは会ったことがあるらしいんだけど、記憶がないほど小さいころだから、会ったことがないといっていいくらいだ。

 お父さんのお兄さん、わたしのオジさんはお盆にも帰省しない。今回もやってくる予定はないそうだ。変わった人物らしいから、一度くらいは会ってみたい気がする。

 昼過ぎ、お墓参りに徒歩で出発した。歩いて十分かからないくらいの距離なのだ。日が高くて、日陰があまりない。髪が焼ける。空には白い雲が浮かんでいる。雨を降らしそうな雲ではない。

 お盆というのは、ご先祖様が家に帰ってくるという行事だ。わたしはアンドロイドだから、ご先祖様なぞない。お父さん、お母さんの代から先は、ご先祖様が帰ってきても迎える人間がいなくなってしまう。


 直射日光を浴びて、十分よりもっと歩いたように感じる。やっとお寺が近づいてきた。本堂のまわりの大きな木が日陰をつくってくれている。

 セミの鳴き声がやかましい。お寺の敷地にはいると、木のまわりの地面に穴がぼつぼつと開いていた。セミの幼虫がそこから這い出して、木に登って羽化したのだ。これだけうるさかったら、地面の穴も大量に開くというものだ。

 セミは夏の終わりには一斉に死ぬ。

 わたしは水を桶に汲んで運ぶ係になった。水道の水は冷たくて気持ちよかった。そのあとのお墓の直射日光、コンクリートの照り返しのダブル地獄からしたら、ひとときの天国であった。

 わたしは、血がつながっていないわけだけど、お父さんのご先祖様に手を合わせて拝んだ。お父さんとお母さんが出会ったから、いまのわたしがあることに変わりはない。ご先祖様ありがとう、そう思った。

 拝んでいるあいだ、線香の煙がわたしにまとわりついてきて煙かった。アンドロイドだから?でも、煙に好かれてしまう不運な人はいる。いや、そういう人たち、もしかしたらアンドロイドなのかもしれない。

 帰りも歩きだ。お母さんが汗をかいていて、こめかみのあたりにたらしている髪が濡れていた。

「お母さん、人の心をアンドロイドに移植できると思う?」

「なぜそんなことを考えたの?」

「亡くなった人とそっくりなアンドロイドと暮らしてる人に会ったんだ」

「そう」

 お母さんは、お父さんから聞いていたのかもしれない。

「十年以上も。時が止まったみたいなんだ。その人の気持ちは想像することしかできないけど、とにかく亡くなった人に近くにいてほしいということだと思う。そういう目的でアンドロイドと一緒に暮らしてる。そういう人にとっては、一番いいと思う」

「そういう人がいるのは、知ってる」

「それに、わたしが人を好きになるって、でもその人はわたしより短くしか生きられないって言ったでしょ?」

「言ったね」

「だったら、わたしと同じになれば、ずっと長く生きられるんでしょう?」

「そうね。きっとできるようになる。でも、生きてる人の心を移すことはできるようにならない。脳を壊さないとできないと思う」

「じゃあ、亡くなった人の脳。スキャンしてデータをとるの。わたしの心と同じ仕組みのデータに変換して保存したら、亡くなったときのその人が、そのまま生きつづけられるんじゃない?」

「そうね、可能性はある」

「うん。わたし、そういう勉強をしてもいいかな」

「やっぱり美結は、わたしたちの子ね。わたしや朔太郎さんと同じ世界を目指すといいだすなんて。いまの気持ちを大切に、勉強をガンバりなさい。わたしたちは、あなたがやりたいことなら、なんだって応援する」

 お母さんの声は涙を含んでいた。でも、なんとなくだけれど、お母さんもお父さんも、自分の脳をそうやって生きながらえさせることは拒否するような気がした。そう感じるのは、わたしが学習して、死があるからこその生だという意識があるからなのかもしれない。

 わたしも、寿命はないけれど死ぬかもしれない。体が動かせなくなったときがアンドロイドとしてのわたしの死だとお父さんが言っていた。だから、わたしも生きている。人間の生や死とは、ぜんぜん違うけれど。


 この日は、お父さんの育った家に泊まった。お父さんは、おじいちゃんとビールを飲んだ。たいして仲良さそうではなかったけど、ポツポツ会話はあったみたいだ。

 わたしはおばあちゃんが出してくれるいろいろなお菓子をすこしづつもらった。

 おばあちゃんは、わたしがアンドロイドだということを知っているのだろうか。お父さんに子供ができないことは知っているはずだ。養子だと思っているのかもしれない。

 わたしはどちらでもよかった。おばあちゃんがかわいがってくれることに変わりはない。おじいちゃんとおばあちゃんに長生きしてもらいたい。

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