第24話

 アンドロイドのユーザを訪問することになった。お父さんが職場体験という名目で連れて行ってくれるというのだ。お父さんは普通に自分の仕事をして、わたしはその見学をする。

 ユーザというのは、わたしが生まれる前のタイプのアンドロイドと暮らしている人だ。

 お父さんの運転する車でやってきた。門の呼び鈴を鳴らす。間もなくわたしと同年代の女の子が玄関のドアを開けてやってきた。

「いらっしゃい、佐藤さん」

 わたしたちのために、門の扉をあけてくれる。女の子は、訪問のことは聞いている、お母さんが中にいるからどうぞといって、先に立って案内してくれる。

 通されたリビングでは、わたしの両親より歳のいった、一回りくらい上だろうか、そんな印象の女性が、わたしたちのために紅茶とケーキを用意してくれている最中だった。

「ああ、ちょうどいいタイミングでしたね」

「すみません、なんか食いしん坊みたいで」

「ふふふ、いっぱい食べてくださいね。いっぱい焼いたんですから」

 わたしたちは、席についてさっそくケーキと紅茶に手をつけた。シフォンケーキだ。しっとり、ふんわり、軽い。ひかえめな甘さが紅茶によく合う。

「あなたが佐藤さんの娘さんね」

「はい、美結です」

「中学生でしょう?」

「一年生です」

「そう!ルイと同じ学年ね」

「ルイさんって言うんですね、名前」

「ルイ、佐藤さんの娘さん、ミユさん。覚えた?」

「ミユさん。覚えたよ?」

「よろしくね、ルイさん」

 わたしはルイさんに笑いかけた。

「よろしく、ミユさん。わたしの部屋にくる?」

「いいの?」

「もちろん」

 わたしは席をたって、ルイさんに部屋を見せてもらった。すべてがキチンとそろっていて、わたしももっと部屋を片づけなければいけないなと思った。

「すごい、きれいに片づいてるね」

「うん、片づいていないと嫌なの」

「性格だね」

「そう、キチンとしていないと気がすまない性格」

「宿題は?」

「宿題?」

「そう、夏休みの宿題」

「今日の分は終わったよ?だから遊んでも大丈夫」

「やっぱり、一日分が決まってるんだね。性格だなー。わたしは、できるところまでガーッとやっちゃうんだ。だから夏休みの宿題もう少しで終わるんだよ」

「遊ぶ暇ないね」

「そんなことないよ。やるときにいっぱいやっちゃうから、遊ぶときは貯金をくずす感じ。遊ばないときに、またガーッだよ」

「わたしとは、ぜんぜんちがう」

「そうだね。ぜんぜんちがうね」

 壁にポスターが貼ってあった。

「このポスター」

「わたし好きなの、このグループ」

 たしか、もう解散した女性アイドルグループだ。最近メンバーの一人が結婚したのだったか、ニュースになっていたようだ。インターネットのニュースサイトで見かけた気がする。

 ノックをして、お父さんがドアを開けた。

「ルイさん、メンテナンスするから、またリビングにお願いします」

「はい、お願いします。ミユさん、行こっ」

 わたしはお父さんとルイさんについて、リビングにもどった。

 ルイさんはイスにかけて、お父さんはノートパソコンから伸びたケーブルをルイさんの首の後ろにつなげた。

 わたしは驚いた。そんなところにケーブルをさして大丈夫なのか。ルイさんのお母さんは、顔色をかえずに見ている。

 お父さんがこちらにうなづいて見せた。

 そうだった。わたしは、アンドロイドのユーザのお宅に訪問したのだった。ルイさんが、そのアンドロイドだったのだ。

 ルイさんは、しばらくして脱力した。

 お父さんは席にもどって、ケーキと紅茶のおかわりをした。ルイさんのお母さんが席をたつ。

「ルイさんはね、この家にやってきてから十年以上もここで暮らしてるんだ」

「そうなの」

 わたしは、なんだか寂しくなってしまった。すこしだけどオシャベリして、親しくなれるかと思ったのに。

 でも、それはおかしなことだった。アンドロイドだから親しくなれないのか。自分だってアンドロイドではないか。

 愛音ちゃんはわたしがアンドロイドだってことを知ったら、やっぱり親しくできない、寂しいと思うだろうか。わからない。

 ルイさんのお母さんはどうなのだろう。アンドロイドのルイさんに対して愛情をもてるのだろうか。あるいは寂しく感じているのだろうか。

 ルイさんのお母さんがケーキと紅茶をもってもどってきた。

「や、すみません」

 しばらくしてルイさんにまた力がもどった。

「基本のプログラムが改善されていますが、データは、そのままです。ルイさんの性格などに変化があらわれることはありません。

 前回のメンテナンスから、気づいた点などありますか。ルイさんはこんなこと言わなかった、こんなことしなかったとか、そこまでいかなくても違和感を感じたとか」

「もうこの子で慣れてしまいましたから。なにもありません。この子がルイです」

「そうですか。いつでもかまいません、なにかお気づきのときにはご連絡ください」

 お父さんがテストプログラムをルイさんに流し込んだ。ルイさんは体のあちこちのセンサ、関節の動きなどを点検された。質問に対する応答テストもあった。すべてのテストが合格になったようだった。

 しばらく、ケーキと紅茶をご馳走になりながらオシャベリした。いろいろと聞きたいことがあったけれど、直接聞くことははばかられた。

「ミユさん、今日は来てくれてありがとう。あたらしいお友達ができてよかった」

「わたしも楽しかったよ。お部屋見せてくれてありがとう」

 ルイさんのメンテナンスが終わり、ケーキと紅茶を十分いただいたし帰ることになった。

 わたしは、車の助手席からルイさんに手を振る。ルイさんもわたしに手を振り返してくれる。

 ルイさんがアンドロイドであると知ったとき感じた寂しさは、やわらいでいた。お母さんが、この子がルイですといった。それが答えだと思った。

「お父さん、聞きたいことがいっぱいあるよ」

「そうか。帰ったら、テキストファイルに聞きたいことをまとめるんだ」

「ええぇ。いま聞いちゃダメなの?」

「運転中だし、答えたことを全部覚えていられるのか?忘れっぽい美結が」

「むー。たしかに。じゃ、ひとつだけ」

「ひとつだけだぞ」

 まず聞くべきことはなんだろうと、うーんと唸って考えた。

「ルイさんは、本当の娘さんのルイさんがいたということなの?さっきお父さんと、ルイさんのお母さんのやりとりを聞いてると、そんな感じだったけど」

「ああ。ルイさんは、十年以上前に亡くなってしまった本当の娘さんに似せてある。つまり、ルイというのは、亡くなった娘さんの名前だ。

 ルイさんの部屋は娘さんが使っていたのを、そのまま十年以上もアンドロイドのルイさんが引き継いで使っている」

「ずっと成長しないルイさんのこと、お母さんはどう思ってるのかな。ずっとあのときのままがいいのかな」

「質問はひとつのはずだぞ」

「そうだった。テヘペロ」

「なんだ、そのテヘペロって」

「あれ?知らない?お父さんの世代じゃないのかな。はやったのは」

「おれは、世間の流れにとりのこされてたからな。知らないことがいっぱいあるんだ」

 わたしがよく言われることだ。もしかして遺伝?そんなわけないか。

「愛音ちゃんに教わったんだ。失敗とかをかわいくごまかすときに、テヘペロっていって舌をこうやってだしてウィンクするの」

「殴られないかな、そんなことして」

「かわいくごまかすんだから、相手を選んでやるんだよー」

「そうか。こんど恵令奈に使ってみよう」

 お父さんがテヘペロの顔をした。

「お母さんなら殴るかも」

「じゃあ、やめておこう」

「うん、そのほうがいいと思う」

 お父さんはテヘペロ顔のまま、家に着くまで車を運転していた。

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