第4話
入学、入部、お稽古。四月はいろいろな新しいことが目白押しで、あっという間にすぎてしまった。
ゴールデンウィークが明けて、四月の生活のリズムを取りもどさないといけないというときに、愛音ちゃんが風邪で学校を休んだ。
愛音ちゃんがいないと、一日がなにか物足りない。
「あれ?今日は美結ちゃんひとり?」
放課後、わたしはいつもどおり家庭科室で宿題に取りかかる準備をしていた。
「はい、愛音ちゃん風邪ひいて休みなんです」
「そ、そんなっ!美結ちゅあん、こんなところで油を売っている暇はないわっ」
「えっ?油?」
「はやく、愛音ちゃんのお見舞いにゆくのよっ!」
サオリ先輩は、あさっての方向を指差す。
「どうしたんですか、サオリ先輩」
「やっぱり、わたしではダメなのね。愛音ちゃんが相手じゃないとノってくれないんだわっ!」
顔を手で覆って、いやいやと首をふるサオリ先輩。なんだか貴重なものを見てしまった。
「あの、別にわたしは演劇趣味ないんで」
「え、そうなの?」
「はい、あれは愛音ちゃんがいつもふざけてやってるだけで、わたしは付き合わされてるというか」
「わたしてっきり、美結ちゃんもこういうのが大好きなのかと」
「いえ、間に合ってます」
「そう、ちょっと残念ね」
「すみません。ノリ悪くて」
「ううん、いいの。でも、お見舞いに行かなくていいの?」
「はい、部活があるんで。帰りに少し寄ろうかと思ってますけど」
「そんなっ!これは部活動ではないの。だから、いいのよ。愛音ちゃんのところへ行ってあげてっ。きっと美結ちゃんを待っているわぁ!」
「サオリ先輩!ありがとうございます。わたし、愛音ちゃんのお見舞いにゆきます!待っててね、愛音ちゃん」
どうもサオリ先輩は、一度ノッてあげないと気が済まないようだから、わたしもいつも愛音ちゃんとやっているコントのように演劇風を装う。
荷物をしまい、バッグをとりあげて家庭科室のドアを開ける。サオリ先輩に振り返って先輩、さよならっと告げてから後ろ髪引かれる風にドアを閉める。まわりに人がいなくてよかったと思ったら、廊下の角からマユミ先生が歩いてきた。危ないタイミングだった。
「美結ちゃん、もうお帰り?」
「はい、愛音ちゃんが風邪で休みなんです。今日はこれからお見舞いに行ってみます」
「そう、はやく治るといいね」
「はい。サオリ先輩は家庭科室にいます」
「わかった。美結ちゃん、さようなら」
「先生、さようなら」
マユミ先生には見られていなかったけれど、なんとなく恥ずかしい気がして、小走りに玄関に向かった。
愛音ちゃんの家は、わたしの家の先にある。まず家で着替えをして、愛音ちゃんの家に向かう。
「今日は早いね」
リビングに寄ったら、お母さんがおやつを食べながら本を読んでいた。
「うん、愛音ちゃんが風邪で学校休んだから、部活を切り上げてきた。これからお見舞いに行くんだ」
「そう。じゃ、なにかもっていく?」
「コンビニでゼリー買ってく」
「ゼリーね。ポカリを追加して。お金あげるから、出かけるときに寄りなさい」
「ありがとう、お母さん」
わたしは途中コンビニに寄って、ゼリーを二個と、ポカリ、サイダーを一本づつ買って愛音ちゃんの家に向かった。
寝ているときに行ってしまったら悪いと思って、着替えのまえに愛音ちゃんにメールをしておいた。すぐに返信がきて、起きているということだった。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、すぐに愛音ちゃんがドアを開けてくれた。愛音ちゃんの両親は仕事に出かけていていない。共働きなのだ。
愛音ちゃんはパジャマの上にカーディガンを着ている。いかにも女の子がベッドから起き出してきた格好といった感じでかわいい。
二人でゼリーを食べた。愛音ちゃんは冷たくておいしいと言った。わたしもぷにぷにでおいしいと思った。
「今日はサオリ先輩ひとりだね。さみしがってるよ、きっと」
「わたし家庭科室に寄ってきたんだよ。サオリ先輩が愛音ちゃんの代わりにコントしようとしてくれて、わたしがコントしたいわけじゃないっていったら、残念そうだった」
「やっぱり。サオリ先輩、いつも混ざりたそうだなって思ってたんだ」
「そうなの?ちょっとだけ付き合ってサオリ先輩とコントしてきたんだ。わたしはいいから、愛音ちゃんのところへ行ってあげてっ!って、サオリ先輩がだよ。ビックリだよ。なんか得した気分だった。わたししか知らないサオリ先輩」
「わたしも見たかったなぁ」
「いいでしょう」
「いいなー」
「でもあげない」
「ふん、頼まれてももらってあげない」
「なにいってるんだか」
「ホントにね」
「風邪のせいだよ」
「そうだね、きっと」
「おバカな風邪」
急に愛音ちゃんが咳き込んで、寒気がするみたいだったから、ベッドに寝かせた。
「美結ちゃんも一緒に。ね?」
「いいよ?」
「じゃ、パジャマに着替えて」
パジャマを借りて着替えた。今日の愛音ちゃんはちょっと弱々しくて、いつにもまして愛らしい。守ってあげたくなってしまう。
愛音ちゃんとわたしは向かい合って寝た。ベッドの中は、愛音ちゃんのぬくもりでぬくぬくだった。熱のせいかな。
愛音ちゃんがわたしの胸に触った。わたしもお返しに愛音ちゃんの胸に包み込むように手をおいた。低反発だった。
「愛音ちゃんはエッチだなー」
「ふふふ、美結ちゃんだって」
「風邪が悪くなっちゃうかも」
「そうなの?エッチだと風邪わるくなっちゃうかな」
「なっちゃうよー」
愛音ちゃんの手を胸からはがして握った。
「おやすみ、愛音ちゃん」
「おやすみ、美結ちゃん」
愛音ちゃんはすぐに寝息をたてはじめた。
エッチな愛音ちゃんの風邪はよくなった。
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