第41話 新しい家

「……それでレイス。……こっちでの家は、あの3番隊長が用意してくれたんだっけ?」


 夜の王都を歩きながら、アリアはレイスに話しかける。


「うん。なんでも隠れ別荘として買ったのに3年以上使ってないそうだよ。だから、今はその家を管理している執事とメイドが、実質そこの家の長みたいになってるみたい。」


「……ふーん。……手紙とかは預かってきてるの?」


「なんかワッペンを一つ渡されてるよ。これを見せたら家に住まわせてくれるらしい。」


 レイスが3番隊隊長から聞かされたのは、家の住所と、このワッペンは持つ者が客であることを示すもので、これを執事の方に渡せば家の中に入れてくれるということの2点。

レイスはとりあえず家に着きさえすればあとは執事とメイドが面倒を見てくれるのだろうと楽観的に考えていた。


「……そうなんだね。……あ、レイス、一つだけ伝えておかなきゃいけないことがあるの。」


「ん?何?」


「……目的地は北区の東側の近く。……北東エリアは“廃棄エリア”とも呼ばれる。……そこはとても治安が悪い。……一応気を付けて。」


 アリアはいつにも増して真剣な表情でレイスに話しかける。


「廃棄エリアってごみが捨ててあるだけだろ?何で治安が悪くなるんだ?」


 レイスは単純に疑問を覚えたから聞いただけ。しかし、それに対するアリアの返答はレイスが想定したよりはるかに重くて。


「……確かに捨てられているのはごみ。……でも、そのごみは、使えない人間という意味のごみ。……つまり、捨てられているのは人間で、そんな人間が集まっているから治安が悪い。」


「……。」


 レイスは言葉が出なかった。


 人間が捨てられる地域なんて発想は、レイスにはできなかった。アンク領はもちろん本に出てくるような場所にも、そのような地域はなかったからである。


 しかしここは王都。世間一般には最も栄えている街なんて言われているが、その実は一部の地域だけのことである。実際この王都を的確に表現するならば、最も貧富の差が激しい町と表現するのが最適だろう。


 レイスが住む予定の家は、貧富の貧の中でも最低ランクの貧の場所である。そのことを理解したレイスは少し気持ちに整理を付け、というよりその問題点を意識的に頭から除外し、なぜそのような場所に別荘を建てたのかを考えることにした。


「でもどうしてそんなところに別荘を建てたんだろう?安かったからかなあ?」


「……それは分からない。……着いたらわか……ここ、みたいだね。」


 そんな話をしていると、目的の家にたどり着いた。


 その家の見た目は北エリアによくある家のそれだった。3階建てで、屋根の色は赤系統の色で、壁は白っぽい茶色で作られている。かなり大きめの一軒家で、家の面積と同じだけの大きさの庭が前に備え付けられている。大木浪速が付いている以外は、王都のよくあるごくごく普通の家だった。


 レイスはとりあえず、その家の門に備え付けられていたベルを鳴らす。


ちなみにこのベル、魔力を流すと音が鳴る仕組みで、その音は流された魔力を使って家の中にその音を届ける。魔力を流すところの色が赤色だったため、“ユニーク”であるレイスも何とか鳴らせたのだ。


 そしてそのベルの音を聞いたのだろう執事が門までやってきてレイス達に話しかける。


「私共に何か御用でしょうか。」



 執事がそう言葉を発した瞬間、レイスとアリアは咄嗟に戦闘態勢を取る。



「ほう。なかなか動きが洗練されていますね。どこの使いの者でしょうか?」


 声色は穏やかだが、ただならぬ殺気を周囲にばらまきながら執事は話を続ける。


「いえ、私たちは使いではなく、……これ。ここに住まわせていただこうと思いまして。」


 レイスは3番隊隊長からもらっていたワッペンを警戒しながら執事に見せる。


「それは……。大変失礼いたしました。レイス様でございますね。お待ちしておりました。」


 執事はワッペンを見るとすぐに殺気を解き、レイスに向かって丁寧にお辞儀する。


 それを見てレイスは一瞬呆気にとられるとともに、一つの疑問を抱く。


「どうして私のことを知っているんだ?」


 レイスはドミナスからここまで無駄な寄り道をすることなく来た。それにもかかわらず、そのレイスよりも早く執事には情報が伝わっていた。疑問に持たない方がおかしいだろう。


「ご主人様と私は同じ指輪を所持しており、これに魔力を流すと声を届けることができます。詳細は話せませんが、これにより私はレイス様の情報をあらかじめ得ておりました。」


 執事は自分の右手にはまっている指輪を見せながらそんな説明をする。

指輪は少し大きめの白い宝石が埋め込まれているくらいで、ごくごく一般的なものである。それがどのような原理で声を届けられるのかは教えられないようだが、情報源を知ったレイスはとりあえず安心した。


「それで、そちらの女性はどちら様でしょうか?」


執事はアリアを見ながらレイスに問いかける。


「彼女の名前はアリア。今僕が所属しているBランクパーティー“ステイブル”のメンバーの一人だ。“ステイブル”のメンバーは僕を含めて男性3人女性2人のパーティーだから、念のため覚えておいて。」


「……アリアです。……よろしくお願いします。」


 アリアは執事に丁寧に頭を下げる。


「ご丁寧にありがとうございます。私はセバスチャン・バトラーと申します。以後お見知りおきください。……それにしても、レイス様は貴族でいらっしゃいますか?」


 レイスはまたこの質問かとげんなりした。なぜなら彼は貴族であるということを行動しているつもりだからだ。こんなにも疑われるならもういいかなとも思ったが、一応ごまかしておく。


「違うよ。僕は平民だからね。ちなみに、どうして貴族だと思った?」


「私がレイス様が客人だと理解した瞬間に言葉遣いを直されました。そういったマナーをご存じだということは、位の高い方かと思いまして。どうやら高い教養をお持ちのご両親に育てられたようですね。」


「うーん。まあ、ね。」


「……バトラーさん。……レイスは両親に捨てられてる。……その話は極力しないで。」


「ッ!た、大変失礼いたしました!知らなかったとはいえ大変な非礼深くお詫び申し上げます。」


 レイスが言葉を濁すと、アリアが彼女なりの気遣いなのかその点は言及するなと言い、執事はレイスに対して深く頭を下げた。


「ははは。大丈夫ですよ。以後気を付けてね。」


 感情のない声色でそう答えるレイス。少しでも両親のことについて考えると感情が溢れてきそうだったため、できるだけ感情を殺して話したのだ。


「はい。大変申し訳ありませんでした。」


「うん。じゃあこれでこの話はおしまい。お姉さまは家の中に入りますか?」


「……今日はいい。……レイスも疲れているだろうから。……次は、明後日の8時ごろ、冒険者ギルドに集合。……明日はゆっくり休んでね。」


「分かりました。それでは、ここまでありがとうございました。」


 レイスがそう言って手を振ると、アリアも小さく手を振って来た道を帰っていた。


「じゃあ、家の中を案内してくれるかな?」


「了解いたしました。中には私の家族が二人いますので、後ほど紹介させていただきます。」


 そうして、レイスはようやく王都での自分の家に入るのだった。




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