第37話 ダイさんと模擬戦

 パーティー登録はすぐに終わった。何でも専用の用紙に名前とギルド番号を書くだけらしい。ギルド番号というのは個人に割り当てられた個人識別のための番号である。この番号で各冒険者を管理しているらしい。


 そしてパーティー登録を終えてすぐに訓練場へと向かう。


「……レイス。私が教えて、レイスがアレンジしたアレ、使うの?」


 訓練場に向かう途中でアリアがレイスに問いかける。


「うん、使うつもりだよ。じゃないと勝てなさそうだからね。」


「……そう。……使いすぎには、気を付けてね。」


 アリアはレイスの心配をしていた。この前習得したばかりのあの魔法を使えば、レイスにそれなりの反動が来ることを知っていたからだ。しかし、心配はしても止めることはしない。この1カ月で、どれだけレイスが戦うことを楽しみにしているか嫌と言うほど思い知らされたからだ。


「ありがとう。じゃあ見ててね、お姉さま。」


「……うん。……思いっきり、やってくるといい。」


 敬語は外せと言われたがお姉さま呼びは絶対だと言われ、律儀に守り続けているレイスは、そんなお姉さまに向かって、自信満々な表情で言葉を投げかけた。



 そうして訓練場に入ると、そこにはたくさんの人がいた。一人で的を置いて魔法の制御訓練をしている人。二人で剣の型を確認し合っている人。土ぼこりを上げながら本気で模擬戦をしている人。


 そんな中何もせず仁王立ちしている普通のおじさんが一人。ダイである。


「ダイさん!……お待たせいたしました。それでは、始めますか?」


「俺がこの硬貨を投げて、硬貨が地面に着いたときが試合開始の合図だ。いいか?」


「はい。では、よろしくお願いします。」


 レイスがダイから10歩ほど離れると、それを見たダイが硬貨を上に投げる。


 双剣使いのBランク冒険者ダイ対火縄銃のような形状の鉄パイプを使うEランク冒険者レイス。


 二人の戦いが今、始まる。



―――トサッ



「疾ッ!」


 硬貨が砂の地面に落ちた音を聞いて先に動き出したのはレイス。火魔法による爆風移動で高速移動を行い、一瞬のうちに距離を詰める。ちなみに、この爆風移動は1カ月間練習し続けたため、体が回ることもなく体制が整った状態で突進できるようになっていた。


「はやっ!『水鏡』!」


 自身の魔法の技名を唱えながら魔法を放つのはダイ。


魔法名は唱えずとも魔法は発動するが、唱えることでイメージが固まりやすくなり魔法の展開スピードが上がるため、不意を突くとき以外には基本魔法名を詠唱する。ちなみに、レイスの爆風移動は奇襲のための魔法なので、魔法名は唱えなかった。


ダイが水鏡を唱えた瞬間、レイスとダイの間に透明の水でできた壁が形成される。その壁はレイスの鉄パイプの振り下ろしをしっかりと受け止め、さらにその衝撃をそのままレイスに返す。


「……。なるほど。」


 レイスは衝撃がそのまま返ってきたことに少し驚くが、表情に出すこともなく冷静に状況を受け止める。


「まだまだ!『無限水鏡』!」


 ダイが再度魔法名を唱えると、今度はレイスの周辺、いや戦闘場所全域に鏡のような水の壁が何十枚と形成される。それはまるで鏡でできた迷路のようで、ダイとレイスの姿を何重にも映す。


「……これは。」


 レイスはこの迷路のような場所に取り込まれどうすべきか悩む。下手に魔法を放つと反射して魔法が返ってくる可能性が高かったからだ。


 そうしてレイスが考えている間に事態は動く。


 突如レイスの後ろの水壁が割けたかと思うと、その中から両手に短剣を装備したダイが出てくる。ダイはそのままレイスに向かって右手の短剣で切りつけようとする。


 が、次に困惑したのはダイの方で。


「おいおい。後ろから切りかかってんのに、なんで見もせず攻撃が避けられるんだ!」


 ダイは確かにレイスの不意を突いて後ろから切りかかった。しかしレイスはその攻撃を振り返りもせず避け、終いにはカウンターで鉄パイプで突きを決めにこようとした。まるで攻撃の位置があらかじめわかっていたかのように。


 しかしダイもその程度で体勢を崩すことはない。落ち着いてレイスの突きを処理すると、再度水壁の奥に姿を消す。


 これがダイの戦法。衝撃を反転させる鏡のような水壁を大量に展開し、自分の領域を作り上げたうえで、予想外の場所から攻撃を仕掛ける。鏡に幾重にも人が映っているため、この環境に慣れていない人は、どれが本物なのかを識別するのは非常に困難なのだ。モンスター相手だとかなり有効な手段。もちろん対人でも相当な威力を発揮する。


「っしゃあ!って何でまた避けれてんだよ!」


 しかしそのような環境に閉じ込められていても、レイスはダイの攻撃を的確にさばいていく。何十回と繰り返してもレイスに攻撃がかすりもしない状況を見て、ダイは未来予知の類の【スクリク】が発現しているのかと勘繰ったほどだった。


「【スクリク】じゃあありませんよ。それに未来予知でもありません。」


「何で言おうとしたことわかんだよ!やっぱ未来予知じゃねえか!」


 レイスは単純に相手が思いそうなことを考えて発言しただけで断じて未来予知などではない。ただ、戦闘においても発言においても一種の”勘”が優れているだけなのだ。


 しかし状況はレイスが優勢というわけではない。レイスは水の壁が展開されてからその場からほとんど動いていない。ダイから仕掛けてきた攻撃にカウンターを合わせることはあっても、自分から攻撃していないのである。否、できないのである。迂闊に動くと、思わぬところから衝撃が返される恐れがあったからである。


 一方ダイの状況も決して優勢であっても芳しいものではなかった。壁の中から奇襲し、それが防がれれば再び壁の奥に戻り再度奇襲。これをひたすらに繰り返していたが、レイスの不意を突いて攻撃が徹ったことは一度もない。


 まさに千日手。ダイのMPが切れれば状況は少し変わるかもしれないが、薄い水の壁を数十枚展開したところでMPの減少は知れている。


 そんな状況で変化を起こしたのは、ダイのほうで。


「っしゃあ!お、りゃああ!ふ!おらああ!」


「……!」


 水壁から出てきたダイは同じくレイスの背後から攻撃を仕掛ける。しかし今回違ったのは、レイスが予想しないところから連撃が繰り出されたことだ。


 まず右手に持った短剣で右上からレイスに切りかかる。そのあと、レイスは左手の短剣で切り返してくるか回転して再度右上から切りかかってくるだろうと予測していた。しかし、ダイがとった行動は、通り過ぎて行ったはずの右手の短剣で燕返しをすることだった。


 体の構造的に不可能であるはずの攻撃。レイスはこれを見て、このような攻撃を得意としていたカミュを思い出す。カミュもまた魔法を使うことで変則的に両手の剣を使っていた。それを教えたのはもちろん師匠であるダイであって、カミュにできることがダイにできないはずがないのである。


「さすがですね。」


「たわけ!また不意を突かれた攻撃だったってのに的確にパリィしてきやがって!ほんとに未来余地の類じゃねんだろうな⁉ 」


 レイスはそのような変則的な攻撃を受けてもなお的確に対応してみせた。護衛旅の1か月、暇さえあれば”ステイブル”のみんなと模擬戦をしていたのだ。いまさらカミュと同じような戦いをされても、レイスにはさほどの危機にならない。


 そして今のダイの攻撃を見て、いけると実感したレイスは、ここでようやく攻撃を仕掛ける。


「『柳火』」


 レイスが魔法名を唱えると、下から上に向かって火球が5発撃ちあげられる。そうして打ちあがった火球は上空で1球が10球に分裂すると、50球もの小さな火球となり地上に降り注ぐ。


 それを見ていたダイは、火球が上に打ち上げられたことを一瞬疑問に感じたが、降り注ぐ火球を見て慌てて上空にも壁を張る。


 そうして、50球もの火球が水壁にぶつかり、大きな爆発を起こす。しかし、ぶつかった衝撃は下にいたレイスやダイには届かない。衝撃を跳ね返す水の壁が防ぎ切ったのである。ここまではダイの思った通り。しかし問題はその一瞬後に起こった。


 火が水にぶつかるとどうなるか。火の威力が弱ければ水に鎮火されて終わる。しかし火が超高温であればどうか。水は蒸発させられ水蒸気となりそれが爆発的な衝撃を生む。


 水壁は火球の勢いを受け止めたが、火球の温度で蒸発し、そのあとの爆発までは防ぐことができなかった。レイスが得意とする時間差攻撃。ダイはその身で爆発の衝撃を受け止めるしかなかった。もちろんその下にいたレイスも同様であるが。



ーーードッバーーーーン!



 爆発が起きて周囲一帯が砂ぼこりであふれかえる。地面は爆発が起きた個所が少しえぐれており、この中にいた人がどれほどの衝撃を受けたのかを物語っている。


 そんな中で少しせき込みながらもしっかりと2本の足で立っている人間が二人。


「けほけほ。少し配分間違えたかな。」


「ゲッホゲホ!ったく、無茶しやがって!」


 爆発への対処の仕方は違えど、二人とも無傷で立っている。レイスは身体能力強化を使って、ダイは水鏡の応用、水膜で全身を覆って爆風から身を守っていたのだ。


「次は近接戦で行くか!」


 ダイは水鏡や水膜などの利用でMPが切りかけていた。それゆえ、双剣を使って近接戦を仕掛けることにした。


 しかしレイスの様子が少しおかしい。


「……はあはあ。」


 息を少し荒げながら体がふらふらしている。これはMP切れの証である。MPを使えば使うほど、体の不調が増していく。3割を切るころに息が切れだし、2割を切ると体を安定させるのがやっととなり、1割を切ると40℃以上の熱が出た時のような症状になり、0になると死亡する。

 レイスのMPは多い方だが、それでもアリアの言うあの魔法も同時並行で使用していたため、すでに2割を切っていた。


「坊主!無理そうならそう言えよ!」


「まだ1分ほどならいけます。……いいですか?」


「別にいいぜ!これは殺し合いじゃねえからな!」


 レイスの『いいですか?』には、『真正面から堂々とした戦いをお願いしてもいいですか』という意味が含まれていた。レイスはすでにMPを大量に消費しており、今も消費し続けている。そのため、逃げに徹されると絶対に勝てないのだ。

 それを分かっていてもその選択をする人ではないということは、レイスもこの短い間で分かっていたが、それでも念のため確認したのだ。そして、ダイももちろんその勝負を受ける。


「では参ります。」


 勝負を仕掛けたのは時間に追われているレイス。爆風で移動することで高速で距離を詰め、鉄パイプを横からなぐようにして叩きつけようとする。


 それを見たダイは無詠唱水鏡でカウンターを仕掛けようとする。


「っしゃあ!……ってはあ!?」


 ダイが驚くのも無理はない。レイスは直前に水鏡が出現する位置を知っていたかのように、壁がないところギリギリに爆風で移動し攻撃を仕掛けていたのだ。


 ダイは咄嗟に右手の短剣で攻撃を防いだが、爆風の加速が乗ったレイスの重い一撃を受け止めきることはできず、2歩ほど後ずさりしてしまう。


「やるな!今度は俺からっ!」


 次に仕掛けたのはダイ。ターン制のような勝負になっているが、お互いの力を確認する戦いであるためこうなるのも無理はないだろう。というより、レイスもダイもお互いそれを分かっていながら模擬戦を楽しんでいる節がある。


 それはともかく、ダイは水鏡を足元に展開し、それを勢いよく踏みつけ、帰ってきた衝撃を利用して、空中をも自由自在に動く。そしてレイスに肉薄すると、反動を利用して右手の短剣を使い目にもとまらぬ速さで切りかかる。


―――キンッ


 鉄パイプと短剣がぶつかりあう。とほぼ同時に左手の短剣も反動を利用してレイスを切りつけようとする。


「……ふう。」


 レイスはそれを予見していたのか、的確に避けると同時にあろうことかそれを活かして息を整える。


 そして、爆風でダイの上空を取る。短剣は絶対に届かない位置で、鉄パイプも突き以外は届かない距離。そこでレイスはここまで隠していた奥の手を晒す。


「今更分かりやすい突きなぞ……ッ!?」


 ダイは上から降ってくるような突きに対して水鏡を展開する。しかし、レイスはその壁を右腕を犠牲にして力づくで突き破る。……しかし、それだけではダイに少し届かなかった。


「予想通り。」


 少し届かないのもまたレイスの予想通り。レイスの得意な戦い方は奇襲まがいの時間差攻撃。予想の少し外から攻撃を仕掛けることを得意とする。


発射ファイア!」




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