第10話 おじさんよりも女の子同士の話がいい④

「大丈夫だよ。私たちはずっと友達……。これからもずっと」

「レッド……」


 エミリアは目を閉じ、その温もりに浸るように抱きしめ返す。


明芽あやめって呼んで? レッドはリングネームだから」

「明芽……。じゃあ、エミィのこともエミィって呼んで? もしくはお嫁さん」

「うん……。それはちょっと飛躍し過ぎかな」


 二人の抱きしめ合う姿に、男たちは再び涙を流す。

 本来ならスタンディングオベーションする程の尊さだったが、この二人の空間を邪魔するわけにはいかぬと皆一様に口元を押えていた。まさにプロの所業だった。


 代わりに受付のお姉さんが、皆の想いを背負って拍手を送る。


「素晴らしいです、お二人とも。その尊さを表し、今回のアカウント登録の件、無料にさせていただきます」

「あ、お金取るつもりだったんですね……」


 エミリアから離れたレッドは、どこぞのおかっぱ少女ばりの黒い線を、おでこに宿していた。


「お手間を取らせた代わりと言っては何ですが、私から一人、魔法のスペシャリストを推薦したく思います」

「スペシャリスト⁉ 誰なんですか、それって?」


 スペシャリストという単語に惹かれ、レッドは目をらんらんに輝かせる。かなり、向上心のある子のようだ。


「その方はサブロウ様というお名前で、この街から南東の方角にある鬱蒼とした森の中に、一人でお住みになっているとか。たまに自家栽培したものをお売りに来たり、滑遁会の任務を請け負ってくれたりする正体不明のおじさまですが、その強さは折り紙付き……と、近所のヤスモトさんが言っておりました」

「へえ~、凄い人なんですね~。じゃあ、早速行ってみようかな! 教えてくれてありがとうございます、受付のお姉さん!」


 ぺこりと頭を下げる腰の低いレッドは、思い立ったが吉日を地で行くかの如く、「行こう! エミィちゃん!」とエミリアの手を握る。


「え、ちょっ――今から⁉」


 対するエミリアはさらりとした感触に頬を染め、どぎまぎしつつも何処か嬉し気に引っ張られていく。


「そう! 今から魔法を教わりに! それで一緒に任務を受けて達成しよ!」


 太陽のように輝くレッドの笑顔に、エミリアの鼓動は原子のドラム並みに高鳴る。

 刻むビートは走っているからではなく、レッドに……いや、これ以上言うのは野暮ってなものだろう。


「……うん! 一緒に行くわ! エミィの方が、たくさん魔法覚えちゃうんだから!」


 笑みを交わし合う二人は肩を並べ、穏やかに笑う男客たちに見守られながら、滑遁会を後にした。


 一転して静けさに包まれた滑遁会。

 男たちはここぞとばかりに感想戦を始める。


「はぁぁ……百合の波動で危うく逝きかけたよ……」

「ああ……寧ろもう逝ってると言っても過言じゃない。天国のような時間だったからね」

「確かにな。でも、あの子たちの為なら……俺ぁ、命張れる気がするんだよ」

「ふっ、俺もさ」

「私も」

「ワシも」

「おいらも」

「うぬも」

「自分も」

「ワイも」

「朕も」

「某も」

「バーティカル・スペニッシュ・ゼフェグラフィティも」


 ――おっと、この辺りで割愛させていただく。ここから数十人体制で行われた『俺も』合戦を、全てお届けするわけにもいかないのでね。


 という訳で、締めの一言は……受付のお姉さんだ。


「ふぅ……今日も滑遁会は平和ですね~」

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