第11話 お姫様が悪漢から逃げてるらしいけど、そもそもそんな都合よく出会わない①
鬱蒼と生い茂る森の中、フードを被って逃げ惑う女性が一人。
さらりとした金髪を覗かせながら茶色のクロークを羽織り、紺青色のドレスを踏まぬよう裾を持ち上げる様は何処かお姫様のよう。
「はぁはぁ……いけない……このままでは……捕まってしまう……!」
お姫様は息を切らしつつ、コーナーで差をつける。
その足捌きは、どこぞのキッズシューズを履いているかの如き快速っぷり。
「せめて……せめてサブロウ様というお方の下へ……辿り着ければ……!」
そんな地味な伏線を張りつつ、お姫様はぶっちぎりで走り去っていった。
「はぁぁはぁぁ……ちょ、ちょっと待たんかぁぁ……!」
対して此方は淡い紫色のローブを羽織る、どこからどう見ても魔術師で御座いますといった風貌の爺さん。三人の弟子たちを引きつれつつ、絶賛お姫様と追いかけっこ中だ。
「はぁっはぁっ……ベルベット老師! このままだと逃げられてしまいます……!」
と、一人の若い魔術師が声を上げる。
しかし、先頭を走っていたベルベットは、「はぁぁはぁぁ……ちょい休憩っ!」と足を止めてしまった。
息も絶え絶えになりつつ、近場の木へと手をつくベルベットに、先程の若い魔術師が声をかける。
「あの……大丈夫ですか、老師?」
「大丈夫な訳あるかいっ‼ ワシゃ今年で七十じゃぞ⁉ こんな全力で走っとったら、今夜にでも棺桶とドッキングせにゃならんわっ‼ っていうか、そもそもお姫様速すぎじゃろ⁉ 普通、お姫様ってもっとこう……非力なイメージじゃろうが⁉ なんじゃ、あの快速っぷりは⁉ ドン引きじゃわ‼」
フルチョークで纏めたかのような唾を飛ばすベルベットに、別の若い魔術師が誰もが言えなかった疑問を呈す。
「あの……それでしたら魔法を使えばよかったのでは? 何回か使うチャンスありましたよね?」
そんな浅はかな質問に深い溜息をつくベルベットは、その若い魔術師の眉毛をビチィッ! と引き抜く。
「――いっづぅ⁉ 何するんですかっ⁉」
「バーカかお前はっ⁉ 使えるならとっくに使っとるわ! まだ気づかんのか⁉」
がなり立てるベルベットの血圧が心配になってきたところで、ようやく三人の弟子たちも辺りを取り巻く違和感に気付き始める。
「あれ……そういえば、さっきから魔力信号を感じない……」
「ハァ……ようやく気付いたか。まあ、ワシですら感づくのに時間を要したからの。無理ないか……」
ベルベットは痛む腰に顔を歪めつつ、木の根元に腰を下ろす。
「老師ですら気付かないなんて……一体、何が起きてるんです?」
「第三次大……じゃないわ……。どうやら、魔力信号を遮断する結界が張られておるようじゃ。しかも、極薄タイプのやつがな。これは並大抵の魔術師では察知できんし、解くのも困難じゃ。この結界を張った主は相当な手練れじゃのう」
弟子たちに激震が走る。
御年七十歳。あの魔法にしか取り柄のないベルベット老師が、己が領分で後れを取るなど露ほどにも思っていなかったからだ。精々、他に褒められる点があるとすれば、近所のマジカルゲートボール大会で、ギリギリ三位を取れない程の実力を有していることくらいだ。
「かわいそうな老師……」
「老師かわいそう……」
「かわうそな老師……」
そんな見るに堪えない現実を前に、弟子たちは悔し涙を浮かべる。
「いや、お前ら何で泣いてんの? バカにしたよね? 心の中で絶対、バカにしたよね? ほんとアレだからね? ゲートボール大会で入賞するのって、マジで大変なんだからね? あと、お前らさぁ……慰めるときの語彙力なさすぎでしょ? 最後の奴に至っては何だよ、カワウソな老師って……。バカにしてんのか? もう一回、眉毛引き抜くぞ?」
弟子は己が眉毛を隠しつつ、「すいません、つい」と平謝り。
「ったく……これでは姫君を探すどころか、捕らえるのも困難じゃ。取りあえず、この鬱陶しい結界から抜け出さねばのう」
老師はこの状況を打開すべく、思考を巡らせ始めた。
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