第1話 魔王軍が攻めてきてるらしいけどお茶を飲む①
セイターンの街――
勇者生誕の地として有名なこの場所は、その名もあってか観光客で賑わう非常に豊かな街である。
流れる青い小川と緑が生い茂る自然。赤い屋根の家が等間隔に配置されている様は、「統一性」という言葉が相応しく、非常に景観の良い街並みと言えよう。
しかし今、そんな街並みに暗い影を落とすかの如く、かなり魔物感あふれるいい感じのデザインの魔王軍が攻め込み始めていた!
『ハッハッハ! 我々は魔王軍だぞぉー! 怖いぞぉー!』
「キャアアアア! 魔王軍よー! とても強そうだわぁー!」
「おい、みんな逃げろー! 魔王軍だー! とても強そうだぞぉー!」
悲鳴を上げて逃げ惑う人類、狂喜乱舞で攻め立てる魔王軍、そして飛び交う壊滅的な語彙力と爆発音。
そう! 状況は逼迫していた!
『ハッハッハ! 逃げ惑え人間どもぉー! あと強いとは言ってないぞぉー! 怖いだけだぞぉー!』
魔王軍の随分と謙虚な姿勢に、ただでさえ無かった逼迫感がトイレ休憩を挟もうとしていたその時――一筋の「そこまでだよ!」が空から降り注ぐ。
『な、何だ貴様っ⁉』
魔王軍の前に着地する少女の手には、勇者の証ともいえる聖剣が一振り。
ショートボブの黒髪から真っ直ぐな瞳を覗かせ、若干露出が目立つ白銀の鎧の腰元からは、ひらひらと長めの裾が舞っている。
柔和な面持ちがチャーミングなプリティーガール。
そう。彼女こそがまさに――
「私はこの世界に舞い降りし勇者、その名も――レッドだよ!」
勇者だった。
勇者レッドが盛大なポーズを決めると、まるで戦隊ヒーローものの如き、大きな爆発音と赤い煙が後方で広がり、地味に逃げていた人たちを吹き飛ばす。
『何っ⁉ 勇者レッドだと⁉ ということは、この感じから察するに……ブルーもいるのか⁉』
「え? いないけど……。レッドは私のリングネームだし」
『なーんだ、なら一安心。よっしゃ、ぶっ殺せえええ!』
『『『オオオオオオッッッ‼‼‼』』』
心を撫でおろした愉快な魔王軍と、誕生したばかりである宿敵の勇者。
世界の命運をかけた最後の戦いが――今、始まる!
◆
そんな緊迫感のない――ではなく人類のピンチに、二人の男女が街はずれのサ店でテラス席に座りながら、今日も今日とて下らない会話に現を抜かしていた。
「サブロウくん! 魔王軍が攻めてきてるらしいわよ!」
満面の笑みで目の前のテーブルをドン! と両手で叩くは、天界をクビにされた堕天使であるリリス。
かつて天界の窓際に1LDKの居を構え、部屋の維持費を得るためにと下界の運送業で働いては、そのトラックで何人もの人間を天界に送り込み、それがバレて天使の地位を追われたファッキンビッチである。
そんなリリスは元から大きかった蒼い瞳をより見開き、前のめりに眼前の男へ問いかけていた。
「うん。らしいっていうか、さっきから爆音とか悲鳴とか鳴り響いてるからね。今更な台詞だよ」
覇気のない目で気だるげにお茶をすするは、約三十年ほど前にこちらの世界へ来たサブロウ。
かつて『
そんなサブロウはおっさんらしく無精髭を生やし、ぼさぼさの黒い短髪と首に白いタオルを垂らしながら、農作業用の黒いオーバーオールを着用するという、あの時の可愛らしい少年は何処へやらな風貌をしていた。
「これはもう助けに行くしかないでしょ! そして、主人公として返り咲くしかないでしょ! そうでしょう、そうでしょう」
リリスは腕を組み、何度も頷きながら、かつての栄光の欠片もない黒い翼をはためかせている。
「やだよ、めんどくさい。第一、そんな年じゃないでしょ? 僕もう、四十手前のおじさんだよ?」
「なーに、向上心のないこと言ってるの⁉ 元転生者であるサブロウくんと元天使である私! 二人で力を合わせて、この世界で成り上がるのよ!」
リリスは惜しげもなく腋を披露しつつ、希望に満ちた笑みと共に拳を天高く掲げた。
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