アイドル・コンプレックス

節トキ

推しの担当部位はカイノミ

あずまさん、ほんとイケメンだよね」



 飯島さんがふと告げた言葉に、私の頬は引き攣りかけた。



「でしょ。瑞希みずきはウチの中学じゃ、女子のアイドルだったんだから」



 さらに親友のあかねが、私の過去情報を補足する。



「そうなの!? でもわかる。東さん、そこらの男子よりカッコイイもん」



 イケメンでカッコイイ。わかってる、飯島さんは褒め言葉として言ったんだ。でも。



「アイドルっていえば『ビーフィート』が結成三年ライブやるんだって?」


「聞いた聞いた、今すごく人気あるよね!」


「私も推してるんだ。メンバー皆ダンスも歌もうまいし」



 女子の話題は変わりやすい。けれど私は話が逸れたと安心するよりさらなる危機感に襲われ、慌てて立ち上がった。



「私、先に帰るね。また明日!」



 そう言って放課後の恒例となっている女子トークを切り上げ、教室を出る。と同時に、心の中で吠えた。



 わかる! ビーフィート、まじ最高だよね!


 我らの地元・尾水びみ市から生まれたブランド牛、尾水牛宣伝のために誕生したボーイズアイドルトリオ・ビーフィート。彼らのおかげで、この地に生まれ育ったことを心から感謝したよ!


 私の最推しはカイくん。メンバー三人の中で一番体が小さいのに歌もダンスも全身で楽しんでるって感じで、見てるだけで笑顔になれるの。


 もーカイくんが尊すぎて、逆に彼担当部位のカイノミが食べられなくなっちゃった!



 ……なんて、言えないよ。


 とぼとぼ歩いていた私は、昇降口に向かう途中にある鏡の前で立ち止まった。するとショートヘアにつり目の男女が映る。

 身長170センチ超え、中学時代に陸上部の厳しい練習で焼けた肌は今も逞しい小麦色だ。これまで何度男と間違われたか。



『男みたいな顔してアイドルが好きとか、似合わねー!』



 心を抉ったあの言葉が蘇る。それを振り切るように私は走った。


 私だってビーフィートの話をしたい。でも似合わないんだもん。茜は優しいから口では言わないだろうけど、打ち明けたらあの男子と同じように似合わないって引くかもしれない。それが怖くて、ビーフィートのファンだってことは誰にも秘密にしてて。


 モヤりながら昇降口に突進したせいで、私はそこにいた人に思い切り体当たりしてしまった。



「ごめん! 大丈夫?」

「だ、大丈夫」



 吹っ飛ばしたのはクラスメイトの男子。確か名前は、空木うつぎくんだ。この高校に入学して同じクラスになって一月経つのに、話したのは今が初めて。眼鏡をかけていて前髪が長くて、常に俯きがちだったから顔もうろ覚えだ。


 しかし眼鏡がどこかへ飛んでいったらしく、わたわた探す横顔に既視感があった。



「……カイ、くん?」

「ひっ!? どどどうして!?」



 空木くんは振り向くや、その勢いでまた尻から転んだ。



「ちち違う! 僕はそんなんじゃない!」



 眼鏡を探すことも止めて、彼は走り去って行った。あ然として見送っている間にも、追加で三回転んだ。


 トロい、トロすぎる。

 何であんなのとカイくんを重ねてしまったのか。

 ダンスの合間に宙返りやらバク転やらを繰り出す運動神経抜群のカイくんなら、どんな時も華麗に着地するよね。空木くんには申し訳ないけど、カイくんに失礼した感でいっぱいだ。



「おはよう、空木くん」



 翌朝、私は昇降口に現れた待ち人に声をかけた。昨日置き去りにしていった眼鏡を渡そうとしただけ――だったのだが。



「ちょちょっと!?」



 彼に無言で腕を掴まれ、そのまま私は校舎裏へと連行された。



「東さん、お願い。どうか黙ってて!」



 いきなり空木くんは、深々と頭を下げてきた。



「何のこと?」

「僕は本物のカイじゃない! 一度きりの代役なんだ!」



 だ、代役?



「だから誰にも言わないで、お願い!」



 空木くんが泣きそうな目で私を見上げる。表情はさておき、眼鏡なしで間近に見る空木くんの顔立ちはカイくんそのものだった。



「わけを、話してくれる?」



 混乱しすぎて、私にはそう尋ねるのが精一杯だった。

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