31話 3人だけの秘密

 屋上での話し合いによって、今度こそ俺たちの「勝負」に決着をつけた、その翌日の水曜日のこと。


「━━〈大いなる力には〉?」

「大いなる責任が伴う」


 面倒な中間テストも最終日を終えた放課後。


 何を思ったのか「映研に用事がある」と言い出した水嶋と江奈ちゃんに頼まれて、俺は2人を連れて部室へと足を運んでいた。


 そして。


「いや~、ようこそようこそ! こんな場末ばすえの文化部によくやってきてくれたねぇ! 部長としてはもう願ったり叶ったりさ! 歓迎するよ! 今日からよろしくね、2人とも!」

「はい。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いしますっ」

「……マジですか?」


 部室の中へと案内して部長や先輩たちと引き合わせるなり、なんと2人そろってその場で映研への入部を申し込んだのだ。


「わ、すごい。撮影機材がいっぱいだ。ほんとに映画作ってるんですね」

「そうだよ~。今はほとんど開店休業中だけど、マコちゃんが次回作のプロットを仕上げたら、近いうちにまた新作を作るつもりなんだ~」

「こ、ここに置いてある映画って、自由に見てもいいんですか?」

「ああ、問題ない。映研部員の数少ない特権の一つだからな。アニメからサイコホラー、誰もが知る名作から眩暈めまいがするようなZ級まで、一通りはとり揃えてある。部室に来たらいつでも好きに鑑賞してくれていい」


 まったくいきなりのことで困惑する俺を尻目に、常に予算と人員に飢えている我らが宮沢みやざわ部長はこれを快諾。


 あれよあれよという間に、2人の入部が決定することとあいったのである。


「それにしても、こんな期待の新人が2人も入ってくれるなんてねぇ! 里森君はアニメーション映画への造詣が深くて将来有望だし、水嶋君に至ってはなんといってもあの人気モデルの『Sizu』だろう? いや~、よくまぁこれほどの逸材たちをスカウトしてきてくれたよ! ありがとう佐久原くん! やはり君こそが、次代の映研を担う我が部の救世主だ!」

「は、はぁ……」

「よぅし! そうと決まったら忙しくなるぞぅ! せっかくこうして部員も増えたことだし、そろそろ本格的に次回作のプロジェクトを進めなければっ!」

「いいからお前はまずとっとと構想を考えろ。話はそれからだ」

「そうだね~。プロジェクトを進めるなら、まずはマコちゃんが頑張らないとね~」


 テンションが上がりに上がりまくった部長に、藤城ふじしろ先輩と菊地原きくちはら先輩が冷静に正論を叩きつける。


 そんないつもの光景が繰り広げられている横で、俺は水嶋達に小声で詰め寄った。


「どういうつもりだ? 2人とも、なんでウチに入部したんだよ?」

「なんでって、そりゃあ……」


 2人して顔を合わせた水嶋と江奈ちゃんが、ニッコリと笑って答える。


「こうすれば、少しは颯太と一緒にいられる時間が増えるでしょ?」

「はい。だってほら、私たちは……颯太くんの『彼女候補』、なので」

「うっ。それ、本気で言ってたのか……」


 そう、「彼女候補」。


 昨日、2人が俺に提示してきた「第三の選択肢」というのが、それだった。


 現状、俺は江奈ちゃんと水嶋のどちらか1人を選ぶことはできない。かといって、どちらとも付き合う「公認の二股」みたいなこともしたくない。


 そこで、俺がどちらか1人を選ぶ決心がつくまで、2人は俺の「彼女候補」としてそばにいることにすればいい。


 というのが、彼女らの言い分だったのだが。


「な、なぁ。やっぱり止めないか?」

「え?」

「『彼女候補』なんて言ってるけど、それって要はキープってことだろ? すげぇ気が引けるんだけど。2人のことを、その、なんだ……都合の良い女? みたいな扱いしてるようでさ」

「あはは。颯太が罪悪感を覚えることなんて何もないよ。だって、私たちの方から好きで颯太のキープになってるんだから。ね、江奈ちゃん?」


 水嶋に同意を求められた江奈ちゃんも、胸元でギュッと手を握り絞めながらコクコクと頷く。


 その首元には、もはや当たり前みたいに赤と黒のチェック柄の首輪が着けられていた。


「ひとまずは高校卒業までを目処にして、私と江奈ちゃんのどちらが颯太を攻略できるか。嘘も演技も無い。今度こそ正々堂々とした、恨みっこナシの真剣勝負、ってことで」

「はい。なので、颯太くんは何も難しく考えずに、今まで通り私たちと仲良くしていただけたらと」

「う、う〜ん……」


 言っていることはメチャクチャだが、それでも2人の表情は真剣そのものだった。


 まぁ……たしかに、二股をするよりはそっちの方が遥かにマシな選択肢ではある。


 結局は結論を先延ばしにしているだけとも言えるかもしれないが、それでも、何より当の二人がそれを望んでいるのなら、俺にはそれを拒む権利はないだろう。


 こんな決着になってしまったのは、まだどちらか一方を選び、そしてどちらか一方を切り捨てる覚悟ができていない、欲張りで情けない俺にも大いに責任があるのだから。


「はぁ……わかった。もう好きにしてくれ。ただし、面倒になる予感しかしないから、彼女候補だの何だのの話はオフレコで頼む。俺たちはあくまでも同級生で、同じ部活に所属する親しい友人同士。今はそれでいいな?」

「もちろん。わかってるよ」

「私たちだけの秘密、ですね」


 なんて俺が二人に釘を刺したところで、ふと振り返れば何やら部長たちが出かける準備を整えていた。


「部長? 先輩たちも、どこか出かけるんですか?」

「うむ! 次回作に備えてのロケハンさ! いくつか候補地があるんだけど、今日はそのうちの一つを下見しようと思ってね」

「ちょうどいい。おい、佐久原に新入部員2人。お前たちも俺たちと一緒に来い。ロケハンがてら、機材の簡単な使い方なんかをレクチャーしてやる」

「え? は、はい。わかりました」


 ※ ※ ※ ※


「で、部長の言ってた『候補地の一つ』ってのが……か」

「あはは。まさか、よりによってとはね」


 その後、部長たちと一緒に学校を出発した俺たちがやってきたのは、つい昨日の放課後にも足を踏み入れて、なんなら軽くもしてしまった、例の海浜公園だった。


 なんとタイムリーな。こんな事なら、事務員のおじさんに借りてたあのツナギ、今日学校に持ってくればよかった。


「……まぁいい。とにかくまずは、部長たちに頼まれた仕事をこなそうぜ」

「うん。たしか、砂浜でいい感じにサンセットが撮れそうなスポットを探すんだっけ?」

「ああ。部長たちが機材の準備をしている内に、さっさと済ませちまおう」


 とまぁ、そんなわけで俺と水嶋と江奈ちゃんの3人は、つい昨日も歩き回った砂浜を再び踏みしめていた。


 ザザーン、というさざ波の音をBGMに、ぼちぼち夕暮れ時の海辺を歩いていく。


「う~ん。風が気持ちいいね」

「はい、ほんとに。映研に入って、さっそく良い思い出ができました」


 俺を挟んで笑い合う2人を見て、気付けば俺も自然と笑みを浮かべていた。


 考えてみれば、こんなにゆったりとした時間を過ごすのも、随分とまぁ久しぶりな気がする。


 なにしろ俺のこの1か月の生活ときたら、それだけで映画の1本くらいは撮れるんじゃないかってくらいに色々あったからなぁ。


 潮風になびく髪をかき上げて、今日も今日とて絵になる横顔を披露している水嶋に、俺は目を向ける。


 一緒に服を選んだり、俺の家に押しかけて来たり、お互いのバイトを見学したり、水族館にいったり……本当に、こいつとは色んな場所に行って、色んな体験をしたよなぁ。


 もちろん嫌なこともあったし、面倒くさいと思うこともあったけど……うん。それでも、今ならはっきり言える。


 水嶋と過ごしたこの1か月は、ヘタな映画を観るよりもよっぽど面白くて、楽しかったって。


「……ん?」


 俺の視線に気づいたらしい水嶋が、こっちを振り返って優しい笑みを向けてくる。


「どうしたの、颯太? もしかして今、私に見惚れちゃってた?」


 次にはからかうような口調で、俺に流し目をくれる水嶋。


 少し前までの俺だったなら、きっと照れ隠しに鼻で笑っていたところだろうが……甘いな。もうあの頃の俺とは違うんだ。


「ああ。お前、やっぱり美人だよな。さすが現役モデルだわ」

「っ!?」


 俺の火の玉ストレートを不意打ちで食らった水嶋は、わっかりやすく動揺していた。


「へ、へぇ……そ、そう?」


 なんて、必死にいつものクールビューティーを気取ってそっぽを向くけれど、その耳の先が真っ赤に色づいているのが丸見えだ。


 ふむ……もしかしたらとおもっていたけど、こいつ、意外と攻撃力に全振りしていて防御力が低いタイプなのか? これはいいことを知ったかもしれない。


 完璧超人な水嶋の思わぬ弱点を見つけて、俺が内心でほくそ笑んでいると。


「……(ジィィィィィィィィ)」


 気付けば、いつのまにか俺の制服の裾を掴んでいた江奈ちゃんが、何やら物申したそうなジト目で俺を見上げていた。


 相変わらずプニプニとして柔らかそうな頬っぺたが若干膨らんでいる。


「な、なんでしょうか?」

「……いえ、べつに」


 あ、そっぽ向いちゃった。


 もしかして江奈ちゃん……ちょっとやきもち妬いてる?


 江奈ちゃんのこんな子供っぽい顔は初めて見た。お昼寝を邪魔された猫みたいで、すごくとても可愛いんですが。


 やっぱり江奈ちゃんマジ天使。

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