彼女を奪ったイケメン美少女がなぜか俺まで狙ってくる
福田週人(旧:ベン・ジロー)@書籍発売中
新・連載版(※書籍版と同じ世界線です。新規の方はこちらからどうぞ!)
プロローグ
プロローグ
〈……ごめんなさい、
他に好きな人ができたんです──。
高校入学から一か月ほどが経過した、ある日の放課後。
俺は付き合っていた彼女から、そんな衝撃的なカミングアウトをされてしまった。
「そ、そんな……嘘だよね、
前触れなんて全くなかった。つい昨日だって、放課後に仲良くデートしていたくらいだ。
なのに、今日になっていきなり電話してきたかと思ったら、「他に好きな人ができた」だって?
「い、嫌だなぁ、ははっ! 急にそんな冗談言うなんて、江奈ちゃんもお茶目なところが……」
〈ごめんなさい。でも、冗談とか、ど、ドッキリとか……そういうのでは、ないので〉
電話越しの彼女の声は、心なしか震えていた。
おいおい……マジで?
急にそんなことを言われても、どうすりゃいいのかさっぱり分からないよ。
「ど、どういうこと!? 俺、なんか江奈ちゃんを怒らせるようなことしちゃったかな? 何か悪いところがあったなら教えてくれよ! 俺、全力で直すからさ! だからっ」
〈──えぇっと。盛り上がってるところ、ごめんね?〉
不意に、電話越しからハスキーな女性の声が聞こえてきた。江奈ちゃんの声じゃない。
びっくりして思わず耳からスマホを離したところで、画面がビデオ通話モードに切り替わる。
「……え?」
こちらも応答すると、画面の向こうにはもちろん俺の彼女がいた。
しかし、それよりも俺の目が吸い寄せられたのは、彼女の隣に立っている一人の女子だった。
〈おっ、繋がったかな。やっほー、彼氏くん。見てる?〉
そう言って、画面越しに手を振ってくるその少女には見覚えがあった。
少し青みがかった、緩いウェーブの長めショートヘアー。半眼気味ながらもぱっちりと大きな両の目には、エメラルドみたいに澄んだ翡翠色の瞳。化粧っ気なんか全然ないのに、目鼻立ちくっきりと整った中性的な顔をしている。
早い話が、とにかくすこぶる顔が良くて透明感のある雰囲気の美少女だ。
「み……
〈お〜。私のこと、知ってるんだ?〉
知ってるも何も、この学校じゃ知らない奴はいないほどの有名人じゃないか。
水嶋静乃──高校生離れした整った容姿に、文武両道な優等生。スタイルだって抜群だし、実際に雑誌のモデルなんかもやっているらしい。
そんな彼女のインスタのアカウントには、十代の若者を中心に数万人のフォロワーがいるとか。まさにティーン世代にとってのカリスマとでもいうべき存在だ。
そのクールビューティーでボーイッシュな見た目や言動から、男子はもちろん、女子からも「イケメン」「彼氏にしたい」などと絶大な人気を集めている。
「な、なんであんたが、江奈ちゃんと一緒に……?」
〈う〜んと。まぁ、つまりは……こういうこと、かな〉
そう言って、イケメン女子水嶋は隣にいる江奈ちゃんの肩をグイッと抱き寄せた。
「んなっ!? ま、ま、まさか……!」
〈そう。君の彼女が言った『他の好きな人』っていうのは、何を隠そう、私のことでした~〉
〈も、もう、静乃ったら……恥ずかしいです〉
そんなっ! 彼氏の俺だって、まだまともにハグしたことなんか無かったのに!
〈そういう、わけなので……もう、私のことはすっぱりあきっ……諦めてください、颯太くん〉
「え、江奈ちゃん? 俺はっ」
微かに言葉を詰まらせながらも冷たく言い放つ彼女に、俺は縋るように呼びかけようとして。
〈話、終わった? じゃあ、私たちこれからデートだからさ。そろそろ切るね。バイバイ、彼氏くん……いや、元彼氏くん?〉
「お、おい! ちょっと待っ──」
ツー、ツー、ツー……。
通話が無慈悲に切られる。
悪い夢でも見ているような気分で、俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。
高校一年生の春。
人生初の彼女を、同じ学校の人気モデルなイケメン女子に奪われました。
「────なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!?」
※ ※ ※
俺が江奈ちゃんと出会ったのは、中学三年の秋だった。
とはいえ、彼女のことはこの学校の中等部に入学してすぐの頃から知っていた。なにしろ江奈ちゃんは、俺たちの学年の間ではちょっとした有名人だったからだ。
学年で成績上位四十人しか入れない「特進クラス」に所属する優等生。その上、彼女の実家はこの港町でそこそこ歴史のある旧家なんだとか。いわゆる「良いとこのお嬢さん」ってわけだ。これで有名になるなという方が無理だろう。
そして何より、その容姿だ。濡れ羽色の長い黒髪に、対になるような雪の如く白い肌。長いまつ毛の下からのぞく薄紫色の瞳が、清純で落ち着いた雰囲気の彼女によく似合っている。まさに「清楚可憐」、「大和撫子」といった四字熟語の代表例みたいな美少女だ。
当然、そんな彼女とお近づきになりたい男子なんて、同学年の中だけでもごまんといたに違いない。
(俺みたいな日陰者なんて、卒業するまでにまともに話す機会すらないんだろうな)
しかし、俺のそんな予想とは裏腹に、その機会は突然やってきた。
それは中学三年の十一月、うちの学校で毎秋に開催される文化祭での出来事だ。
当時、俺のクラスは出し物として十五分くらいの自主制作映画を作ることに決定。クラスで唯一の映画研究部部員だった俺は、半ば強制的に脚本その他諸々を押し付けられたのだ。
しかも、内容は「青春恋愛もの」。
はっきり言って無縁もいいところなテーマだったけど、それでも俺は必死こいて青春恋愛映画を勉強し、苦労して脚本を書き上げた。
結果、俺たちの映画は文化祭でなかなかの高評価を受けることができたが、その理由のほとんどは、ヒロインを演じた女子が男子人気の高いチア部の子だったから、というものだった。
上映後のアンケートでも「ヒロインの女の子が可愛かった」だのといった感想ばかりで、俺は正直うんざりしてしまっていた。
だけど。
「この映画の脚本を書いたのって、あなたですか?」
そんな中で一人だけ、そう言ってわざわざ俺を訪ねてきた女の子がいた。
それが江奈ちゃんだった。
聞けば、江奈ちゃんは俺と同じく映画鑑賞が趣味で、休日に一人で映画館に足を運ぶこともよくあるという。
だからこそ、というべきか。江奈ちゃんは他の客とは違い、俺が苦労して考えた物語の構成やストーリーにも注目してくれて、その上で「面白かった」と言ってくれたのだ。
それまで全く接点はなかったけど、同じ映画好き同士ということで俺たちはすっかり意気投合。文化祭をきっかけに、それ以来よく二人で話すようになったのだ。
「そういえば、今週の土曜日ですよね? あの新作アニメ映画の公開日」
「ああ、あれか。面白そうだけど、あの監督の作品ってなんというか、『青春ド真ん中!』とか『エモさ爆発!』みたいな感じでしょ? お客さんもリア充カップルばっかりだろうし、ちょっと陰キャが一人で観に行くのはハードル高いっていうか、ね。ハハハ……」
「じゃ、じゃあ、あの……《二人で》なら、どうですか?」
「え?」
「ち、ちなみに、なのですがっ。今週の土曜日は、私、何も予定がなくて、ですね……」
「……ええっ、と。なら、その……一緒に、観に行く? 土曜日」
「っ! はい、ぜひ!」
やがて学校が冬休みに突入する頃には、連れ立って映画を観に行くほどの仲になっていた。
このころには多分、さすがに俺たちもお互い《気付いていた》、と思う。
同じ映画好き同士で、好きな作品について存分に語り合える仲間。
だけどもう、きっとそれだけでは足りなくて。
この関係が壊れるかもしれないと分かっていても、あと一歩を踏み出したくて。
もう二人の内のどちらが先にその一歩を踏み出してもおかしくなくて。
だから……俺と江奈ちゃんの関係が「気の合う友人」から「恋人」に変わるまでに、そう長い時間はかからなかった。
──それが、わずか数か月で終焉を迎えることになる儚い恋になるなんて、もちろんこの時の俺は知る
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