第75話 エンドロールは待ってくれ

「とりあえず、簡単に整理してみようか」


 水嶋の言葉に、俺と江奈ちゃんもコクコクと首肯する。


「まず、1か月の『勝負』の期間を終えて、最初に颯太が出した答えは、『水嶋わたしとは付き合えない』。つまり、この時点では江奈ちゃんを選んだ、ってことでいいよね?」

「ああ。そうだ」


 迷わず頷くと、隣に立っていた江奈ちゃんがポッと顔を赤らめる。うん、可愛い。


「OK。だけどその後、颯太は江奈ちゃんから私の過去の話を聞いた。そして、江奈ちゃんに『少しでも静乃ちゃんのことを想う気持ちがあるなら、静乃ちゃんを選んでほしい』と言われて、私のところに駆けつけてくれた。つまり、この時点では私を選んでくれた、ってことでいいんだよね?」

「まぁ……そういうことになるな」


 水嶋が嬉しそうな顔をして確認してくるので、俺は気恥ずかしさに顔を背ける。

 こうして改めて言葉にされると、かなりこっぱずかしいな……。


「うんうん。だから、最終的に颯太と付き合うのは私になる……はずだったんだけど、最後の最後で江奈ちゃんが乱入してきたことで、勝負がどっちつかずになってしまい、今に至る、と。そこまではいいかな?」

「ああ」


 と、そこで俺はふと気になって江奈ちゃんに水を向ける。


「そういえば、江奈ちゃんはどうして俺たちがあの海浜公園にいるってわかったの?」


 たしか、江奈ちゃんはSNSの類はやっていなかったはずだ。


 水嶋がフォトテレにアップした海辺の写真を見られた可能性は低いし、よしんば見られたとしても、それがあの海浜公園の海辺の写真だとすぐに気付くのは難しいと思うけど……。


「えと……私、実はこの前、静乃ちゃんからその海浜公園の写真を送ってもらってたんです。ほら、颯太くんとどこで何をしたのか毎日報告してくれてるって、言ったでしょ?」


 言いつつ、江奈ちゃんがスマホを取り出してその写真を見せてきた。たしかに、あの海浜公園の写真だ。


 そういえばモノレールの中からパシャパシャ撮ってたな、水嶋の奴。


「それであの時、クラスの友達が私に例のフォトテレの写真を見せてくれて……その写真に、静乃ちゃんから送ってもらったものにも映っていた、見覚えのある松の木が見切れていたので。それで、『もしかしたら』と」


 言われて改めて水嶋がアップした写真を良く見てみると……本当だ。たしかに、ほんのちょっとだけど松の木が見切れていた。こんな細かい情報だけで見当をつけるとは、恐れ入った。


「コホン……え~と、話を戻してもいいかな?」

「あ、ああ、悪い。それで、どこまでいったっけ?」

「だから、結局颯太が私と江奈ちゃんのどっちを選ぶかが保留状態になっている、ってところ」

「俺が、どっちを選ぶか……」


 まぁ……やっぱり結局そこに行きつくよなぁ。

 

 (だけど……)


 俺はちらりと、隣に立つ江奈ちゃんに視線を向ける。


 里森江奈ちゃん。

 俺の人生で初めての彼女で、俺の灰色だった青春を色づかせてくれた女の子。

 ちょっと引っ込み思案で後ろ向きな面もあるけれど、心優しくて、清楚華憐で、同じ趣味を持つ者同士で気も合う女の子だ。


 そして、今度は目の前に立つ水嶋の方に目を向ける。


 水嶋静乃。

 成績優秀、スポーツ万能、スタイル抜群のイケメン美少女で、誰もが憧れるカリスマJKな人気モデル。

 俺にとっては初めての彼女を奪った恋敵(フリだったけど)で、江奈ちゃんと付き合いながら堂々と俺に浮気しようと持ち掛けてきたヤバい女(演技だったけど)で。

 だけど、本当は小学生のころからずっと一途に俺のことを想い続けてくれた女の子だ。

 

(……答えなんて、そうそう簡単に出せるわけない)


 我ながら、褒められたものじゃないとはわかっているけど……白状すれば、今の俺は水嶋にも江奈ちゃんにも好意を抱いてしまっている。


 しかし、そんなのは許されることじゃない。

 もし彼女たちの告白を受け入れようというんだったら、選ばかった方を深く傷つけてしまうことを覚悟の上で、きっぱりとどちらか1人を選ぶのが筋というものだろう。


 ……それでも、やっぱり。


「やっぱり、俺にはまだ……2人のうちのどちらか1人を選ぶかなんて、決める勇気も覚悟も……」


 情けないことは百も承知で、俺は正直な気持ちを口にして。


「「じゃなくて、でもいいよ」」


 しかし、その言葉が終わらぬうちに、水嶋たちはとんでもないことを口走った。


「は……? 『どっちも』って……?」

「私と江奈ちゃんのどっちか1人だけを選ぶのが無理なら、んだよ」

「はぁぁぁ!?」


 放課後の屋上に、俺の素っ頓狂な叫び声が響き渡る。


「お、お前、自分が何言ってるかわかってるのか!? それはつまり、俺にって言ってるようなもんなんだぞ!?」

「『ようなもん』っていうか、まさにその通りだけどね」


 まったく悪びれる様子もなくあっけらかんとそう答える水嶋。

 俺は思わず頭を抱えて天を仰いだ。


 ダメだ……こいつが何を言ってるのか、俺にはさっぱりわからない。


「何も難しいことは言ってないでしょ? 私は颯太のことが好き。江奈ちゃんも颯太のことが好き。そして颯太は私たちのどっちにも好意を持っている。なら、颯太が私たちを二人とも彼女にすれば万事解決。ね、簡単でしょ?」

「バカなの?」


 それができたら最初から苦労はしてないんだよ。


 そりゃあ俺だって、水嶋と江奈ちゃんのどっちも切り捨てなくて済むなら喜んでそうするさ。


 だからって、常識的に考えて二股はダメだろ二股は。そんなことをしたら、それこそ俺はクズ男へとなり下がっちまうじゃねぇか。


「恋人の方から二股を推奨するなんて話、聞いたことないぞ……お前、そんなことされて嫌じゃないのかよ? お前だって、昨日は、その……『江奈ちゃんに颯太は渡さない』的なこと言ってたじゃんか!」


 う、うわぁ……自分で言ってて恥ずかしくなってきた。


「ふふ。いいんだよ、もう」


 赤面する俺を見て愉快そうに笑いながら、水嶋がポツポツと呟く。


「もちろん、颯太が私だけを選んでくれるなら、それが一番うれしいよ。だけど……私はやっぱり、江奈ちゃんのことも大事だからさ。初恋の人も、親友も、今はどっちも手放したくないって思ったんだ」


 傍らに立っていた江奈ちゃんの頭を、水嶋が優しく撫でる。


 不意に撫でられて気恥ずかしそうにしていた江奈ちゃんは、けれどやがて毛づくろいをされる猫みたいにリラックスした表情を浮かべていた。


 この2人……なんだかんだいっても、やっぱり仲が良いんだな。


「どっちかを手放すことになるくらいなら、私は颯太に二股をかけられてたって気にしないよ。相手が江奈ちゃんならむしろウェルカムって感じかな。最悪、私は別にいいよ? 2でも」

「にばっ……!? お、お前なぁ……!」


 小悪魔チックな微笑を浮かべてからかってくる水嶋に、俺はもう振り回されっぱなしだった。


 良くない流れを断ち切ろうと、俺は説得の相手を江奈ちゃんへと切り替える。


「え、江奈ちゃんは? 江奈ちゃんだって、いくら相手が親友の水嶋だからって、俺が二股なんてするのは許せないよな? メチャ許せないよな!?」


 ご両親が厳しい家庭で育ったということもあるだろう。江奈ちゃんは真面目で清純な女の子だ。


 浮気だとか二股だとか、そんな不純なことを許容するはずがない。


 だから、江奈ちゃんならきっと一緒に却下してくれるだろうと、俺はそう思って援護射撃を要請した……のだが。


「えと、その……私も、浮気相手が静乃ちゃんなら、別に……あっ、で、でも、ちゃんと私と2人きりの時間も作っていただけると、嬉しい、というか……」

「エナチャン……?」


 え~……なんでもう二股するの前提で話してるのぉ……?

 もうワケがわからないよ!


「言っとくけど、これについてもちゃんと2人で話し合って、お互いに納得した上で出した結論だよ。だから、後は颯太が決めるだけ」

「は、はい。颯太くんは、何も私たちに遠慮することなんてないんですよ? たしかに、二股なんてほんとは良くないことだけど……颯太くんには、それだけの権利があると思う、から」


 不意に真面目な顔をして、水嶋も江奈ちゃんも真っすぐに俺を見つめながら詰め寄ってきた。


 こ、こいつら……本気だ!


「ね。私たちの気持ちとか、常識とか、そういうのは一旦抜きにしてさ。颯太が『どうしたいか』を聞かせてよ」

「お、俺が、どうしたいか……?」

「……颯太くんは、私たち2人とお付き合いするのは……イヤ、ですか?」

「うっ……」


 じりじりとにじり寄ってきながら、獲物を追い詰める女豹のような目をした水嶋と、捨てられそうな子猫みたいな目をした江奈ちゃんが、いまかいまかと俺の次の言葉を待っている。きっと俺が答えを出すまで、ここから逃がしてはくれないだろう。


 水嶋とも付き合いながら、江奈ちゃんとも付き合う。

 許されるのなら、正直俺だってそれが一番の選択肢だとは思うし、そうしたい気持ちだって山々だ。


「さぁ。どうするの、颯太?」

「ど、どうするんですか? 颯太くん?」


 だけど……だけど。


「……いつか必ず、答えを出す」


 二人の事が好きだからこそ、好きになってしまったからこそ。



「『公認の二股』だとか、そんなご都合主義じゃない。ちゃんとしたを見せられるようにする。だから……」


 彼女たちとそんな不誠実な付き合い方をするのは、やっぱり俺にはどうしても憚られてしまうから。


 だから、俺は。


「どうか……エンドロールは、もう少しだけ待ってくれないか」


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