最終章 守られたアイツと、守った俺

第74話 ケジメ

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 怒涛の展開の連続だった月曜日から一夜明けて、火曜日の朝。


 玄関で靴を履くなり盛大にため息を吐いた俺に、妹の涼香すずか胡乱うろんな目を向けてくる。


「どうしたの、あに? 辛気臭い顔してため息なんか吐いて。ああ、辛気臭い顔なのはもともとか」

「……学校に行きたくないです」

「はぁ? このダメ兄ときたらまた……な~にバカなこと言ってるんだか。インドアが過ぎてとうとう学校行くのもめんどくさくなったの? 引きニート極めるのも大概にしなよ。そんなんじゃSizuさんにも愛想つかされちゃうよ?」

「うぐぅ!? そ、その『Sizu』という死の呪文を唱えるのはやめてくれ、胃に穴が空きそうだ……あと、俺は引きニートじゃない……」


 にわかに腹を押さえてうずくまる実兄の姿に、我が愚昧がますます不審者を見るような目で顔をしかめた。


「う~わぁ……変人だ変人だと思ってたけど、いつにもまして変だよこの人。昨日もどこで借りてきたんだか知らないツナギ着て帰ってきたと思ったら、そのままご飯も食べずに寝ちゃうし。う~ん……もしかして私、受験終わったらこの家を脱出した方がいい感じ?」


 相変わらず兄を兄とも思わない舐め腐ったことをほざく妹に言い返す気力もなく、俺はフラフラと立ち上がって玄関の扉を開けた。


「……行ってきます」

「あ、ちょっと! ……ったくもう。車とかに轢かれないように気を付けなよ~?」


 涼香のそんな言葉を背に受けつつ、俺は鉛のように重く感じる足をどうにか動かしながら学校へと向かった。


 ※ ※ ※ ※


「オォォォォォォ……」

「おはよう、颯太。今日も今日とて元気にゾンビやってるね?」


 どうにかこうにか遅刻ギリギリに教室にたどり着くと、人懐っこい笑顔で樋口が出迎える。こいつはいつでも元気そうで羨ましい限りだ。


「……『元気なゾンビ』ってなんだよ」

「さぁ? そんなことより知ってる? 昨日の夕方、『Sizu』のフォトテレにアップされたっていうの噂。投稿はすぐ削除されたらしいんだけど、ファンの間では『何の匂わせだ?』って持ち切りらしくてさ」

「ふぐぅ!? だ、だからその死の呪文を唱えるのは……」

「? どうしたの、颯太? お腹でも痛いの?」


 キリキリと痛む腹をさすりつつ、俺は昨晩のことを思い返していた。


 はぁ……参ったなぁ。

 結局、昨日は勝負の決着もうやむやになって、なんだか気まずい感じで解散になっちまったし。あれ以降、水嶋からも江奈ちゃんからも何のコンタクトもないし……。


(俺、これからどうなっちまうんだ……?)


 さながら判決を言い渡される罪人のような気持ちで、俺は放課後までの時間を悶々として過ごした。


 そして、幸か不幸か校内で2人に出くわすこともないまま、帰りのホームルームが終わったところで。


 ぽこんっ。


 スマホのチャットアプリに、1件の新着メッセージが送られてきた。

 

【10分後、あの場所で】


 恐る恐るアプリを開くと、水嶋からそんな短い伝言メッセージが。

 

(き、きたか……!)


 用件こそ書かれていないが、まず間違いない。

 十中八九、昨日のことで俺に話があっての呼び出しだろう。


「……怖ぇなぁ、おい」


 正直ビビっている。それどころか、このまま無視して帰りたいまである。


 だけど、逃げていたって何も始まらない……いや、終わらないのも事実だ。


 幸いにして、向こうは俺に10分の猶予を与えてくれている。心の準備を整える時間としては充分だ。


「すぅぅ…………行くか」


 覚悟を決めて、俺は教室を後にした。


 ※ ※ ※ ※


 そして、あっという間に10分が経ち。


「よ、よし……開けるぞ」


 屋上に出る扉の前で最後の精神統一を済ませた俺は、意を決して扉を押し開けた。


「や、颯太。待ってたよ」


 果たして、屋上で俺を待ち構えていたのは、当然ながら水嶋だった。

 そして。


「……昨日ぶり、ですね。颯太くん」

「江奈ちゃん……?」


 水嶋の傍らには江奈ちゃんも立っていた。

 どうやら、呼び出されたのは俺だけではなかったようだ。


「江奈ちゃんも、水嶋に?」

「は、はい……というか、私の方は昨日の夜に静乃ちゃんに言われて」

「昨日の夜って……お互い家に帰ったあとに?」

「うん。江奈ちゃんと私で、あのあと色々と電話で話してたんだ」

「な、なるほど」


 そうか。帰る時には一言も交わさなかったから、どうなることかと思ったけど。


 どうやらあの後、俺のあずかり知らぬところで、一応2人で何らかの話し合いができたらしい。


 と、いうことはだ。


「つまり……俺が呼び出されたのは、その『話し合い』とやらに関係があるんだな?」

「そういうこと。話が早くて助かるよ」


 水嶋は満足げにそう言うと、それから隣にいる江奈ちゃんと顔を見合わせて、どちらからともなくうなずき合う。


 な、なんだ? 一体何が始まろうっていうんだ?


「颯太」

「颯太くん」


 戦々恐々としながら、彼女たちの次の言葉を待っていた俺は。

 

「「──本当に、ごめんなさい!」」


 次の瞬間、見事にシンクロした無駄のない動きで綺麗な土下座を慣行した2人の姿に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。


「…………ふぁ?」


 一瞬何が起こったのか理解できなかった俺は、しかしすぐに、2人の美少女が俺の足元で地にひれ伏しているという異常事態におののき、大慌てでしゃがみこんだ。


「ちょ、まっ……えぇ!?」

「私たちの勝手な都合で颯太に迷惑をかけたこと、本当にごめんなさい」

「いやいやいやいや!? 何やってんの!?」

「そ、颯太くんの気持ちも考えずに……勝手に試すようなことをして、本当にごめんんなさい」

「そんなのいいから! と、とにかく二人とも頭を上げてくれ!」


 なんかよくわかんないけど、こんな所を誰かに見られた日には今度こそ俺は殺されちまう気がする!


 構わず謝罪の言葉を述べようとする2人を必死になだめすかし、俺はどうにかこうにか水嶋たちに顔を上げさせた。


 はぁ~びっくりした。

 こっちはお前、さっき呼び出された時は何を言われるのかってビクビクしてたっつーのに。いざやってきてみれば初手で土下座って。予想外にもほどがあるぞ。


「まさか、これなのか? 昨日の夜にお前たちが話し合って出た結論が、土下座これか!?」


 俺の質問に、スカートのほこりを払いながら立ち上がった2人が口々に答える。


「まぁ、そうだね。結論の1個目だよ」

「これについては……話し合いの割りと最初の方で決まったんです」

「な、何故なにゆえに?」


 困惑気味に尋ねると、水嶋がきっぱりと答えた。


「簡単に言えば、だね」

「け、ケジメ?」

「はい。さっきも言いましたけど……今回は、私たちの勝手な都合で始まった勝負に颯太くんを巻き込んで……たくさん傷付けてしまいましたし、迷惑もかけてしまいましたから……ちゃんと謝らないとって、思って」

「そう。だから2人で話し合って、決めたんだ。これくらいのことをしないと、今回のことにはケジメがつかないと思ってさ」

「いや、だからってなぁ……」


 ケジメをつけるために土下座とは、令和の女子高生にしてはなんとも律儀というか、前時代的というか、男臭いというか。


 さては水嶋のやつ、つい最近極道ごくどうものの映画でも観たんだろうか? これで意外と影響されやすいところあるしなぁ、こいつ。


(そもそも、俺は別にそこまで気にしてないんだけど……)


 そんなことを考えながらため息を吐いた俺は、けれどいたって真面目な顔の2人を交互に見やり。


(……変に否定するより、合わせてやる方がこいつらのためか)


 結局は、そのケジメとやらをつけることに協力することにした。


「……わかったよ。お前たちの謝罪、確かに受け取った。許す。だから、この件についてはこれで手打ちとしよう。水嶋も、江奈ちゃんも、それでいいな?」


 俺の宣言に、2人とも安堵したような表情で頷いた。


「ありがとう、颯太」

「颯太くん。ありがとう……本当にごめんなさい」

「もう手打ちだって言っただろ? だからもう気にしなくていいから。な?」

「は、はいっ」


 ふぅ、やれやれ。

 どうやらこれにて一件落着みたいだなぁ。


 なんて、俺はすっかり肩の荷が下りた気分になってしまっていたのだが。


「じゃあ、無事にケジメもつけられたところで──に入ろっか?」

「Oh……」


 ……そうだ。むしろ、この後が問題なんだった。

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