第49話 マジでいつか刺されるぞ?

「さて。そういうことなら、さっそく明日の土曜日のデートプランを練ろうか。ちょうど会議室にいることだしさ」


 とりあえずの方針が定まったところで、水嶋がウキウキとした様子で学生カバンから何かのチケットを2枚取り出した。


「はい、これ。颯太にも1枚あげるよ」

「あん? なんだこれ?」


 手渡されたチケットを見てみれば、券面には「みなとアクアパラダイス割引チケット」と書かれていた。


「『みなとアクアパラダイス』って……たしか、市内にある割と大きめの水族館だよな?」

「うん。で、これがその入館料の割引チケット」


 新しい玩具を自慢する子供のような笑みを浮かべて、水嶋はヒラヒラとチケットをはためかせる。


「ほ~ん。どうしたんだこれ。わざわざ用意したのか?」

「ううん。もらったんだよ、紅蘭ちゃんに」

「コウ・ランちゃん?」


 誰、それ? 中国人?


 首をかしげる俺を見て、水嶋が「ああ、そっか」と呟いた。


「特進クラスで一緒の吉田よしだ紅蘭こうらんちゃん。ほら、よく江奈ちゃんと一緒にいるお団子ヘアの子だよ」


 ああ、なるほど。「お団子ちゃん」のことか。

 

「そういやお前、前にあの子から何かチケットみたいなもの手渡されてたな」

「ああ、見てたんだ? そうそう、あの時に貰ったんだよ。あの子、この水族館でバイトしてるらしくて、そのツテで貰ったんだって。だから、『今度の土曜日、一緒に行ってくれませんか?』って言われたんだよ」


 ということは、あの時のあれはやっぱりデートのお誘いだったのか。

 江奈ちゃんどころかその友達まで惚れさせるなんて、こいつはどこまで……って、待てよ?


「じゃあ、なんでそのチケットをお前が2枚も持ってるんだ? 1枚はお団子ちゃんの分じゃないのかよ」

「まさか。言ったでしょ? この1か月は一日でも無駄にするわけにはいかないって。颯太以外とデートする気なんてない。だから丁重に断ったんだけど……そうしたらあの子、『ならせめてプレゼントとして貰ってください』って言って、そのまま私に2枚とも渡して行っちゃったんだ」


 待て待て。じゃあこいつ、まさか……?


「で、せっかく貰ったんだから捨てるのももったいないしさ。次のデートどうしよ~、って考えてたところでもあったし、ちょうどいいから颯太と一緒に行こうと思って」

「いや気まずいが過ぎるわい!」


 勇気を出してデートのお誘いをしたのにフラれてしまい、ならせめて贈り物だけでも、と渡したチケットを見ず知らずの男とのデートに転用されるとかお前……お団子ちゃんが知ったら泣き崩れるってレベルじゃないぞ? 不憫すぎて俺まで泣けてくるんだが?


「……お前、マジでいつか刺されるんじゃねーの?」

「? どっちかって言えば、いま刺される可能性が高いのは颯太なんじゃないの? 脅迫とかされちゃってるワケだし」

「そうじゃなくて……いや、もういい」


 なんだか一気に力が抜けてしまい、俺は近くにあった椅子に腰を下ろしてこめかみに手を当てた。


 多分……例によって例のごとく、こいつには全く悪気とかはないんだろうなぁ。


 それに、こいつが貰ったもんをこいつがどう使おうが自由だし。いちいち俺が口を出すことでもないか。


「とにかく、明日は水族館デートで決まりだね」

「……へいへい」


 ごめんな、お団子ちゃん……俺が言うのもなんだけど、君にはいつか、こんなロクデナシ女なんかとは違う素敵な恋人ができることを祈ってるよ。


「んふふ~」


 ため息交じりに俺がイマジナリーお団子ちゃんに手を合わせたところで、水嶋がやたら嬉しそうに微笑んだ。


 と、思ったら。


「そ~うた」


 むぎゅ。


「んんんんんっ!?」

「ふふ、久々のソウタニウムだ」


 何を思ったのか、水嶋は椅子に座る俺に正面から抱き着いてきた。


 しかも、お互いの位置関係的に、ちょうど俺の頭が水嶋の胸に埋もれる形になってしまう。急に視界が奪われたこともあって、俺は慌てふためいた。


「んんっ! んんんん!」


 いきなり何やってんだこいつ!? つ、つーかやばい! 息できない!


 顔全体で温かく柔らかい感触を覚えながら、俺は恥ずかしいやら息苦しいやらで必死に抜け出そうともがく。


 しかし、俺がもがけばもがくほど、水嶋もより強く俺の顔を豊満な胸に押し付けてくる。まるで蟻地獄のようだ。


「んっ……颯太、あんまり動かれると……ひぅっ!?」


 おいぃぃ!? へ、変な声出すな!

 

「……ふふ、耳まで真っ赤だよ。なんだかんだ言っても、やっぱり颯太も男の子だね。私のおっぱい、そんなに好き?」

「んんんんんんっ!」


 お前が押し付けてきてるんだろうが、と反論したくても、残念ながら口元が塞がってしまっていて無理だ。


 それでも俺がどうにかこうにか目だけを上に向けると、悪戯っぽい笑顔を浮かべていた水嶋は、いつの間にか我が子を愛でる母親のような微笑を俺に向けていた。


「ね、このまま寝ちゃってもいいよ? 私の胸を枕にして、さ」


 お、おいやめろ! 頭をなでるな!


 や、やばい。いくら相手がこいつ宿敵だといっても、このままだと俺の中の新たな扉が……ああ、でもなんかいい匂いするし、このまま寝ちゃっても…………。


「……って、そうはいくかぁぁぁ!」

「わお」


 飛びかけた意識を辛うじて呼び戻し、俺は渾身の力で水嶋の拘束から抜け出した。


 あ、あっぶね~……油断してたらすぐコレだ。まったく恐ろしい女だぜ。


「あ~あ。久しぶりだったからもっと補給したかったんだけどな、ソウタニウム」

「だから! ソウタニウムって! なに!?」

「まぁいいや。明日のデートでも、またチャンスはいくらでもあるだろうしね」


 …………もう、勘弁してくれ。

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