第48話 全部白状します……
「だ、誰にも見られず、って……?」
含みのある物言いに動揺する俺に、水嶋がさらに追い打ちをかけた。
「颯太さ。もしかしてだけど……誰かに脅されてたりするんじゃない? 『水嶋静乃に近寄るな』、みたいな」
「っ!?」
図星を突かれて、俺は思わずギョッとした顔を浮かべてしまう。
それで水嶋も確信したようだった。
「やっぱりそうなんだね」
「な、なんで……いつから?」
「颯太に最初に『先に帰れ』って言われた時から、可能性の一つとして頭の片隅にはあったんだ。でも、『本当にそうかも』って思ったのは昨日かな。私から逃げようとした時の颯太の様子を見て、ね。周りには誰もいないはずなのに、あの時の颯太、やたらキョロキョロして挙動不審だったから」
「…………ふぅ~~」
張りつめていた緊張の糸が一気に緩んでいき、俺はそのまま小会議室の床に座り込んでしまった。
「…………そっか」
「うん」
「まぁ……いつまでも隠し切れるもんじゃないとは思ってたけどさ」
「颯太はわかりやすいからね」
「うっ……余計なお世話だ」
辛うじて俺が言い返すと、そこで水嶋は不意に真面目な顔をして俺の顔を覗き込んだ。
「このビルのセキュリティーは、さっき颯太も見た通りだよ。関係者が一緒じゃないと部外者はビルに入れないし、ゲート検査をクリアしてるから私と颯太の体や持ち物に盗聴器とかが仕掛けられている可能性も無い。つまり、この部屋での会話が外に漏れる心配はない、ってこと」
座り込んでいた俺に手を差し伸べながら、水嶋は真っすぐに俺を見据えて言った。
「教えて、颯太。一体なにがあったの?」
※ ※ ※ ※
「『お前に裁きが下るだろう』──か。ふ~ん、なるほどね」
俺がこれまでの事情を洗いざらい白状すると、水嶋は
「とりあえず、あれだね。この脅迫状を送ってきた『X』さんとやらは、映画やドラマの見過ぎだね」
「いやそこかよ」
まぁ、SNS全盛のこのご時世に切り抜き文字の脅迫状なんて、たしかにフィクションに影響されすぎだと思うけども。
「それにしても、家の場所まで特定されちゃうなんて困ったね。こんなのプライバシーの侵害もいいところだよ、まったく。許せないなぁ」
それに関しては声を大にして言わせてもらう。お前が言うな、とな。
「あ、心外。私はこんな風にコソコソ颯太を尾行したりしてない。ちゃんと事前に住所を調べた上で、玄関から堂々とお邪魔しました」
……だから、ナチュラルに心を読むな。
「似たようなもんじゃねーか。人の住所を勝手に調べるんじゃない」
水嶋は俺の抗議の声もどこ吹く風といった態度だ。
相も変わらずすっとぼけた顔しやがって。
「とまぁ、冗談はこのくらいして……たしかにこんな物を送り付けられてたんじゃあ、
「ああ。そういうわけだから、とりあえずこの脅迫状を送ってきた『X』の正体が判明するまでは、俺たちの『勝負』も一時休戦ってことにしないか?」
「しないよ」
ほとぼりが冷めるまで接触は避けよう、という俺の提案を、しかし水嶋は間髪入れずに一蹴した。
さっきまでの飄々とした態度から一変し、なんだかちょっとご立腹の様子だ。
「……こんな紙切れで私と颯太の仲を引き裂けると思ったら大間違いだよ。例え『X』が私の熱心なファンなんだとしても、颯太にちょっかいをかけようとするなんて許さない」
「お、おい? 水嶋? なんか目が
「ああ、かわいそうな颯太。この数日間、きっとすっごく怖かったよね。それに、私とも会えなくて寂しかったよね。颯太が一人で苦しんでいたっていうのに、今まで気付いてあげられなかった自分が恋人として情けないよ」
いや、怖かったのは怖かったけど、別にお前に会えなくて寂しいとかは全然なかったよ? 一人で突っ走らないでくれます?
なんてツッコミを入れる暇もなく、水嶋は困惑する俺の両手をぎゅっと掴んで言い放った。
「でももう大丈夫。颯太を一人ぼっちにはさせない。これからも今まで通り、いや、今まで以上に颯太と一緒にいるようにするから」
「ま、待て待て! だから、そうしたら俺は『X』に裁きとやらを下されちまうって話でだな?」
「それは大丈夫」
「はぁ? なんでそう言い切れるんだよ?」
「だって、仮に『X』が颯太に何かしようとしても、私がそばにいたら守って……」
そこまで言いかけて、水嶋は何事か思いついたように手を叩くと、次にはこれでもかというくらいのキメ顔&イケメンボイスで呟いた。
「颯太は死なないよ──私が守るもの」
……なんで綾波〇イ風に言い直したんだよ。死ぬとか言うな、縁起悪いから。
あとそのセリフ、この状況で言うと「解釈違いだ」って怒る人もいるかもだから止めなさい。
「『X』がどんな奴かもわからないんだぞ? 『勝負』が終わるまでの2週間とはいえ、本当に大丈夫かよ、そんなの」
「大丈夫だよ。『X』が私のファンなら、まず私に危害を加えるようなことはしないでしょ。だから、むしろ私と一緒にいた方が颯太は安全」
「どうだかなぁ……」
いまいち不安を拭いきれないが、こうなったらもう水嶋は意地でも俺と離れようとはしないだろう。
それに、考えようによっては、これはある意味「X」をおびき寄せて正体を暴くチャンスかもしれない。
なら……ひとまずこいつの言う通りにしてみるのもひとつの手、か。
「……わかった。なら、とりあえず明日からの2週間、今まで通り一緒に行動するようにするよ」
俺が渋々ながら承諾すると、水嶋は嬉しそうに微笑んだ。
「それがいいよ。というか、颯太が私の告白を受け入れたら、2週間どころかずっと一緒にいることになるんだけどね。もう勝った気でいるなんて、余裕だねぇ」
「……いちいち茶化すんじゃないっての」
こんな物騒な生活、そういつまでも続けていられるかってんだ。
それに……しつこいようだが、そもそも俺が水嶋の告白を受け入れて正式に恋人になるなんてこと、あるわけがないんだからな。
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