第45話 しばらく距離を置こう
「やぁ、佐久原くん! 今日は来てくれたんだね!」
「おつかれ~、佐久原くん~」
「どもっす」
放課後、ホームルームを終えた俺はいつものように即座に帰宅……するのではなく、映研の部室へと足を運んでいた。
撮影機材やら小道具やらが雑多に並べられている部室では、宮沢部長と菊地原先輩がテーブルを挟んで談笑していた。
卓の上にはお茶と菓子類も置かれている。どうやらティータイムとしゃれこんでいたらしい。
「あれ、藤城先輩がいないなんて珍しいですね?」
「ああ。藤城くんなら、この前完成した演劇部のPVの試写会に出かけたところなんだ。今ごろは視聴覚室で演劇部の部員たちにお
「なるほど……って、そういうのって普通は部長が出向くもんなんじゃ?」
俺が投げかけた疑問に、部長がどこか遠くを見るような目で答えた。
「『作品にマイナスイメージを与えるから、お前は来るな』……だってさ」
「ああ……なるほど」
「マコちゃん、昔から見た目が妖怪みたいで怖いもんね~。ちゃんとおめかしすれば全然良くなるのに~」
まぁ、たしかにこんな貞子みたいなナリをした人が「私が作りました」と表に出たら、先方を驚かせてしまう可能性は大いにある。
この人に
「そんなわけでまぁ、私と菊地原くんは仲良く部室でお留守番というわけさ」
「佐久原くんも食べる~? このお菓子、すっごく美味しいよ~。いくつか持って帰ったら~?」
いつもみたいにすぐ帰るんだろうと思ったのか、菊地原先輩が俺にお菓子の包みをいくつか手渡してくる。
受け取ったそれを手で転がして逡巡したあと、俺は「いえ」と首を振った。
「せっかくですし、ここで食べますよ。俺も一緒にお茶してってもいいですかね?」
俺の言葉に、部長も菊地原先輩も一瞬きょとんとした表情を浮かべる。
けれどすぐにまた破顔すると、二人してコクコクと頷いた。
「もちろん構わないとも!」
「わ~い! それじゃあ佐久原くんも入れてお菓子パーティーだ~」
「うむ、そうしよう! いま君の分のお茶も淹れるから、さぁ座って座って!」
快く歓迎してくれた部長たちの言葉に甘えて、俺も部室のテーブルを囲む。
ほどなくして、部長が俺の前に紅茶の入った紙コップを置いてくれた。
「さぁ、やってくれ。といっても、コンビニで買ったペットボトルのやつだけどね」
「どもっす。いただきます」
「にしても、君が部室で寛ぎたいだなんてそれこそ珍しいねぇ。いつもは顔を出してもすぐ帰っていたのに、どういう風の吹き回しだい? いやいや、私としてはむしろ全然ウェルカムなんだけどもね!」
「あはは……まぁ、たまにはこういうのも良いかな、って」
曖昧な返事で誤魔化しつつ、俺は紙コップの紅茶をズズッと啜る。
けど、俺が部長たちと一服しようと思ったのは、もちろん単なる気まぐれとかではない。
教室からそのまま帰ろうとすれば、いつものように水嶋が待ち構えていることだろう。そしてそのまま放課後デートに付き合わされるというのがいつものパターンだ。
ただ、今は例の「脅迫状」の件がある。あれを送り付けてきた犯人がいつどこで俺を監視しているかわからない以上、ひとまず今は水嶋と距離を置いて様子見をしておいた方がいいだろう。
「裁き」とやらがどれほどのペナルティなのかもわからないが、相手は俺の家まで特定するような奴だ。最悪の場合、父さんや母さん、涼香にまで危害が及ばないとも限らないしな。
ブブッ、ブブッ!
不意に、ポケットに入れていたスマホが振動する。待ち受け画面を見てみると、水嶋からのチャットが届いていた。
【颯太、今どこ?】
帰りのホームルームが終わってから、もう30分は経ってる頃か。いつもならとっくに俺も正門に行っている時間だ。
あいつ、やっぱり今日も待ってたのか。
【今日は部活で帰りが遅くなる。先に帰ってくれ】
【そうなの? なら、私も図書室とかで時間つぶしてるよ。終わったら一緒に帰ろう】
それじゃあ意味が無いんだってばよ……。
どうやって先に帰そうかと頭を悩ませ、俺はスマホとにらめっこを続ける。
「佐久原くん? どうしたんだい、難しい顔をして」
「誰かとチャットしてるの~? もしかして~、彼女さんとか~?」
「なぬっ!? さ、佐久原くん、彼女いたのかい!?」
「ち、違いますって! えっと……そう、妹! 妹と家のことでやり取りしてるだけです」
にわかに興味津々といった目を向けてくる部長たちをなんとかなだめながら、俺は再びチャット画面に目を向けた。
【いや、待たなくていいって。いいから今日は先に帰れ】
【え~、なんでさ? 颯太、なんか私に隠してる?】
さすがに怪しまれるか……けど、脅迫状のことを話すわけにはいかないしなぁ。
さすがに俺たちのチャットのやり取りまで監視されてることはないと信じたいが、万が一、ってこともある。
【とにかく、今日のところは諦めてくれ】
【むぅ……逃げるんだ?】
【何と言われてもダメなもんはダメ】
多少強引な気もするが、背に腹は代えられない。ほんの少しの罪悪感を覚えながら、俺は挑発にも乗らずに水嶋を突き放した。
【……わかった。そこまで言うなら、今日は先に帰る】
【ああ……悪いな】
【いいよ。でも、埋め合わせはきちんとしてもらう。明日はいつも以上にいっぱい寄り道するから】
渋々ながらも、どうやら一応納得してくれたようだ。
深い深いため息をついて、俺はテーブルに突っ伏した。
「あらら~。佐久原くん、どうしたの~? お疲れな感じ~?」
「妹くんと喧嘩でもしちゃったのかい?」
「……いや、大丈夫っす。なんとか無事に話はついたんで」
「ふむ? よくわからないけど、問題ないなら何よりだ。それじゃあ、気を取り直してティータイム再開といこうじゃないか!」
部長の掛け声で改めて乾杯し、それからは皆で他愛もない話をしたり、部室のスクリーンで映画を観たりと、穏やかな時間が過ぎていった。こんな時になんだけど、こういう放課後を過ごすのも、案外悪くないかもな。
さて……明日からどうしよう?
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