第44話【悲報】住所特定されました

「……こいつはまた……随分とベタなのが来たな」


 大きさも字体もバラバラな切り抜き文字の手紙を眺めながら、俺は乾いた笑みを浮かべる。


 状況から察するまでもなく、これはいわゆる「脅迫状」ってやつなんだろう。


 文面からして、この手紙の差出人──仮に「X」とすると、そいつはおそらく水嶋に心酔しているファン。しかも厄介なことに、どうやら「X」は俺と水嶋が最近よく一緒に行動していることを知っている。


 俺たちの「関係」まで知っているかはわからないが、少なくともこの手紙を寄越してきた奴は、「大好きな水嶋静乃さんの周りをウロチョロしている目障りな男」を排除しようと、こうして実力行使に出たのだろう。


 頬に一筋の冷や汗が伝うのを感じながら、俺は手紙の2枚目を見てみる。


《お 前 の よ う な 男 は 彼 女  に ふ さ わ し く な い》

《身 の 程 を 弁 え て す ぐ に 彼 女 の 前 か ら 消 え ろ》


 差出人の深い憎悪や嫉妬がありありと伝わってくるような文章に、さすがに少し背筋が寒くなる。


 しかし、何より俺を動揺させたのは、3枚目の手紙と、同封されていた1枚の写真だった。


《私 は い つ で も お 前 を 見 て い る》

《警 告 に 従 う 意 志 が 見 ら れ な い 時 、 こ の 手 紙 に つ い て 誰 か に 口 外 し た 時 は 、 お 前 に 裁 き が 下 る だ ろ う》


「……マジかよ」


 同封されていた写真に写っていたのは、明らかに隠し撮りだとわかる構図で撮影された、自宅の玄関扉に手をかける俺の姿だった。

 

 ──家、特定されてんじゃん……。


 ※ ※ ※ ※


「……非常にマズイぞ、これは」


 正直、いつかこんな事態になるんじゃないかという不安は前からあった。


 なにしろ、水嶋静乃といえば容姿端麗で文武両道でクールビューティーなイケメン美少女。おまけに弱冠16歳にして十代の若者たちから絶大な人気を集めているカリスマモデル兼インフルエンサー「Sizu」としても活躍している有名人だ。


 必然、そんな彼女に憧れるファンは多いだろうし、中には心の底から好意を寄せている、いわゆる「信者」だとか「ガチ恋勢」なんて呼ばれる強火なファンも、男女問わず多いに違いない。


 そんな連中からしてみれば、そりゃあこんなどこの馬の骨ともわからない陰キャオタクが水嶋静乃と仲睦まじそうにしているところなんて、はらわたが煮えくり返るどころの話じゃないだろう。嫉妬に狂って過激な行動に出てしまう気持ちも、まぁわからなくはない。


「けど……にしたって、まさか住所特定までされちまうとはなぁ……」


 昼休み、俺は教室を後にして食堂へと向かう道すがら、今朝の「脅迫状」の件で頭を悩ませていた。


 誰がこんなものを送りつけてきたのかは、現状では皆目かいもく見当けんとうがつかない。


 わかることと言えば、俺の靴箱の場所を知っていたことから、犯人「X」は十中八九この学校の関係者だろうということぐらいだ。


 ただそのヒントも、この学校内だけでも水嶋のファンは数多くいるという点を考えれば、あまり役に立つ情報にはならなさそうだが……。


「あ、いたいた。もー、先に行かないでよ」


 眉間にしわを寄せていると、背後から追いかけてきた樋口がポンと俺の肩を叩く。考え事に集中していたこともあって、俺は必要以上にビクッと肩を震わせてしまった。


「っ!? ……な、なんだ。お前か」

「え? う、うん、僕だけど……ごめん、そんなびっくりすると思わなくて。どうしたの?」

「ああ、いや、大丈夫。気にするな」

「そ、そう? ならいいんだけど……えっと、じゃあ一緒に食堂、行こうか」

「おう」


 一瞬怪訝そうな表情を浮かべた樋口だったが、けれどすぐにまた人懐っこい笑顔になって、俺と肩を並べて歩き出した。


 う~ん、やばいな。「いつでもお前を見ている」なんて脅されたもんだから、ちょっとビクビクしてしまっている。


 校内を歩いている人間すべてが、小学生の頃からの気心知れた仲である樋口でさえも、なんだか怪しく見えてしまう。


 ストーカー被害にあう芸能人とかって、みんなこんな気持ちなんだろうか。いや、こんなのはまだ可愛いもんなんだろうな。そりゃストレスやノイローゼで自殺しちまうような人も出てくるはずだよ。


「あれ? あそこにいるのって、水嶋さんじゃない?」


 食堂に向かう途中、校舎一階の中庭に面した廊下にやってきたところで、不意に樋口が足を止める。


「どこに?」

「ほら、あそこだよ。中庭のイチョウの木の下。一緒にいるのは、たしか特進クラスの子じゃなかったっけ?」


 樋口の指差す方向に目を向けると、たしかにそこには水嶋がいた。


 そして彼女の目の前には、見覚えのある女子生徒。たしか、よく江奈ちゃんと一緒にいるお団子ヘアちゃん(仮名)だ。


 よく見れば、お団子ちゃんはほんのりと頬を赤く染めながら、何事かを一生懸命に水嶋に伝えている。それから、後ろ手に隠し持っていたらしい、2枚のチケットのようなものを水嶋に差し出した。


 ここからじゃどんな会話をしているかわからないが、おそらくお団子ちゃんが水嶋にお出かけのお誘いでもしているんだろう。


 前にも何度か別の生徒が似たようなことをしている場面を見たことがあるし、この学校じゃよくある光景だ。


「いや~、相変わらずモテモテみたいだね、水嶋さんは。羨ましい限りだよ」

「お前だってモテてるじゃんか」

「いやいや、水嶋さんに比べたら僕なんて全然だよ。少なくともこの学校じゃ、彼女のファンじゃない人の方が珍しいんじゃないの?」

「……だよなぁ」


 つまり、はこの学校のほぼ全員、ってわけだ。


 ……誰か、俺に腕の立つ名探偵を紹介してくれませんか?

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