第36話 おっぱいのついたイケメン
「で、結局なんで燕尾服なんだよ?」
聖堂庭の片隅で備品整理の作業をしつつ、俺は水嶋に再度問う。
「それが、体調不良で来られなくなったのって、新郎役を担当するはずだったメンズのモデルさんだったんだ。でも、今日はうちの事務所のメンズモデルさんはみんな別件で出払っちゃってるみたいでさ」
「なるほど。そこで、急遽お前に
水嶋がコクリと頷く。
「男性役で撮影するのは慣れてるしね。そもそも『Sizu』はそういうスタイルでやってきたっていうのもあるし」
「ほ~ん」
初デートの時の私服はともかく、そういえばこいつがきちんと男装しているところは初めて見たな。
男装の麗人、イケメン執事、王子様……似合いそうな言葉を探せばキリが無い。男の俺でもちょっと嫉妬してしまいそうになるレベルだ。
そりゃあ、女の子たちがほっとかないわけだよ……。
江奈ちゃんがあっさり乗り換えちゃったっていうのも、今ならその気持ちが少しわかる気がした。
だって、俺が女だったらこんな冴えない陰キャオタク男子よりも、断然こっちのイケメン女子と付き合いたいと思うもん。
結局、世の中ってのは顔がいい奴か金を持ってる奴がモテる仕組みになってるんだろうなぁ……世知辛いぜ。
「たしかに、あんま違和感はないかもな」
「でしょ? まぁ、言ってもここまできっちりと男装する機会はあまり無かったから、ちょっと落ち着かないけど。胸もかなり押さえつけてるから、少し息苦しいし」
「お、おう。そうか……」
言われて、俺の視線が自然と水嶋の胸元に吸い寄せられてしまったのは、健全な男子高校生の
今はほとんどフラットな状態になっているけど……あの下には、あんなとんでもないブツが隠れてるのか……。
「あ、颯太、いま私の水着姿を思い出してたでしょ?」
「ふぁい!?」
ドンピシャで図星を突かれてしまい、俺は言い訳を口にする余裕もなく動揺してしまった。
こいつ、ひょっとしてエスパーか? エスパーなのか!?
「いやいや、颯太がわかりやすいだけだって」
「あの、普通に心読むの止めてもろて……」
「気になるなら見せてあげようか? シャツの中」
「いらんわ!」
「冗談、冗談。さすがに外で脱いだら捕まっちゃうもんね」
「法律の問題じゃない!」
鋭いツッコミと共に、シャツのボタンに掛かり始めていた水嶋の手を慌てて叩き落とす。
ぜえ、はあ、と肩で息をするそんな俺を見て、水嶋がクスクスと愉快そうに笑う。
「ふふ。なんか、漫才みたいだったね。今のやり取り」
「くだらないこと言ってないで、お前もそろそろ持ち場に戻れよ……それに、お前とこうして話しているところを見られたら、またあの自称スーパーモデル様に何を言われることやら」
なにしろ俺が水嶋と知り合いだってだけであの大騒ぎだ。
ましてやこんな風にじゃれ合っている場面を見られた日には、作業中の事故に見せかけて俺を
「そうそう。そういえば、さっきは梨乃ちゃんと随分楽しそうに話していたみたいじゃない。可愛い後輩とさっそく仲良くしてくれたみたいで嬉しいよ」
「あれのどこが『楽しそう』で『可愛い』んだよ。あと、断じて仲良くもしていない。あっちが一方的に絡んできただけだ。まったく、何なんだよあいつは」
吐き捨てるような俺のセリフに、水嶋が聖堂の方を振り向きながら口を開く。
「私、去年まであの子と同じ中学に通ってたんだよね。聖エルサ女学院、っていうんだけど。颯太も名前くらいは聞いたことがあるんじゃない?」
「へぇ……お前、エル
水嶋の言う通り、聖エルサ女学院といえば市内随一の偏差値を誇る女学院として有名である。この辺りの学生で知らない奴はほとんどいない、まぁいわゆる「お嬢様学校」ってやつだ。
「その時から梨乃ちゃんは私によく懐いてくれてたんだ。だから、高校は別の学校に進学するって私が言った時は、すごく寂しがらせちゃったんだよね。『女学院にも高等部はありますのに、どうして?』って」
当時のことを思い出しているのか、水嶋が苦笑する。
「もっとも、それからすぐに『一緒にモデルの仕事をしたい』って言って、ウチの事務所に応募して来たんだけどね」
「マジか。そりゃまたすげぇ行動力だ。でも、よくそんな動機で受かったな」
「あの子、ウチの事務所とも懇意にしてくれてる大手出版社の社長の娘さんなんだって。だから社長も
なるほど、大企業のご令嬢か。道理であんなワガママな性格してるわけだ……。
つーかあいつ、自分でスーパーモデルとか言っておきながら、まだまだ新米もいいところなんじゃねーか。なまじ大物っぽいオーラがあるせいで、すっかり信じちゃったよ。
「だから、あの子は今でも変わらず私の可愛い後輩、ってこと。たしかにちょっとクセのある子かもしれないけど、あんまり嫌わないであげてね」
「……ま、努力だけはしてみるよ」
どっちかっていえば向こうの方が俺の事を目の敵にしているんだけどな。
「とはいえ」
俺が肩をすくめていると、不意に水嶋が俺との距離を縮めてくる。
「彼女の目の前で他の女の子と楽しそうにお喋りするっていうのは、ちょっと感心しないなぁ」
そう言って人差し指をピンと向けてくる水嶋は、なんだか若干不満げだ。
「はぁ? だから、別に楽しそうになんて……」
「でも大丈夫。颯太がいくら梨乃ちゃんと仲良くなろうと、私は絶対負けないから」
「人の話を聞け」
「何よりほら、少なくともおっぱいの大きさでは断然勝ってるし。颯太が巨乳派なのはこれまでのデートで把握済み。負ける気はしない」
「中学生相手になにを張り合ってんだか……」
フンス、と謎のドヤ顔を浮かべる水嶋。変なところで子供っぽいやつだ。
「それに」
ひとしきりおどけて見せた水嶋は、しかし次の瞬間には、男の俺でもドキッとしてしまうほどのイケメンボイスで囁いた。
「ここからはきっと──私のことしか目に入らないと思うから」
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