第35話 べつに期待とかしてないから!

「はぁ~……本当にステキですお姉さま! やはりその辺のメンズモデルなんかが着るより、断然お姉さまが着た方がカッコいいです!」


 燕尾服姿で現れた水嶋を前にして、藤巻はもうメロメロだ。漫画だったらきっと目がハートになっているところだろう。


「ありがとう。梨乃ちゃんにそう言ってもらえるなら、私も頑張って着てみた甲斐があったよ」


 対する水嶋も水嶋で、ま~た天然タラシムーブを発動させている。

 今日は服装に合わせてか前髪もかき上げているので、ますますイケメンっぷりに拍車がかかっていた。マジで宝塚の男役の女優さんみたいな雰囲気だ。


「そ、それより、藤巻さんもそろそろ衣装に着替えないと……」


 水嶋と藤巻が古典少女漫画さながらの空間を形成している横から、眼鏡をかけたスーツ姿の小柄な女性が口を挟む。


 隣に美少女モデル二人が並んでいるからかもしれないが、なんだか影が薄くて地味な印象の人だ。まるで自分を見ているようでちょっと親近感が湧く。


「なんですか、吉田さん? 私、いまお姉さまとのお喋りで忙しいんですけど」

「ひっ!? い、いえ、そう言われましても、そろそろ時間ですし……」


 水を差されてご不満な様子のスーパーモデル(自称)に睨まれ、スーツの女性がオドオドと口ごもる。


 なるほど、この人がマネージャーの吉田さんか! 

 水嶋を担当しているということからてっきりもっとストイックでベテランな感じの人をイメージしていたけど、まだまだ全然若いし、性格も見るからに引っ込み思案って感じだ。


 この様子じゃ、そりゃ水嶋のワガママを突っぱねるなんてとてもできそうにないよなぁ……。


「こらこら、梨乃ちゃん。あんまり吉田さんをイジめちゃダメ。それに、そろそろ着替えないといけないのは本当でしょ」

「で、でも、今日はせっかくお姉さまが現場に出てくださるんですもの。私、もっと一緒にお話したくて……」

「撮影が終わったら、少しくらいなら付き合ってあげるから。だからほら、今はお仕事頑張ろう。ね?」


 駄々をこねる藤巻を、水嶋がやんわりとたしなめる。普段はマイペース極まるやつだが、後輩の前では案外ちゃんと先輩をやってるみたいだ。


 ずば抜けた美貌を抜きにしても、もともと年下から慕われやすい性質たちだったりするのかもしれない。


「は、はい! そういうことなら私、今日の撮影も精一杯がんばります!」

「うん、頑張って。吉田さん、梨乃ちゃんのことお願いね」

「わ、わかりました。藤巻さん、私が更衣室まで案内しますので……」


 意気揚々と聖堂の中へ向かおうとした藤巻は、しかしそこで思い出したようにビシッと俺を指差した。


「いいこと、佐久原! 私がいないからってお姉さまにちょっとでも不埒なことをしたら許さないんだから! モブはモブらしく『その他大勢』の中に埋もれて大人しく雑用でもしていなさい! いいわね!?」

「藤巻さん、と、とにかく早く更衣室へ……時間も押してますからっ」

「わ、わかってるわよ!」


 しつこいくらいに俺に釘を刺した藤巻は、ようやく吉田さんと一緒にその場を後にする。彼女がいなくなった途端に、周囲のデシベル数が一気に下がった気がした。


 ふぅ、「嵐のような」っていうのは、まさにあいつみたいな奴のことを言うんだろうな。


「や、。ちゃんと来てくれたんだね」


 ため息を吐く俺に、水嶋が涼しい顔をして声を掛けてくる。


「ああ。これも『勝負』の一環といえば一環だからな。逃げずに来てやったぜ、

「バイト、さっそく頑張ってるみたいじゃない。スタッフ用の制服も似合ってるよ」

「そりゃどーも。ただの黒Tシャツとジーンズだけどな」


 適当に相づちを返しつつ、俺は水嶋の格好を見て首をひねる。


「ん? どうしたの?」

「いや……今日ってたしか、ウェディングドレスを着る仕事って言ってなかったか?」

「うん、そうだよ。昨日の夜もチャットしたと思うけど、今日はこの聖堂でブライダルモデルをするんだって」

「なら、なんでお前は燕尾服なんて着てるんだ? てっきりドレスを着てるとばかり思ってたけどな」


 俺が尋ねると、水嶋が小悪魔チックな微笑をちらつかせる。


「え~、なに? もしかして颯太、私のウェディングドレス姿が見たかったの?」

「は、はぁ!? ばっかお前、そんなんじゃねーよ!」


 いやまぁ、たしかにこいつがウェディングドレスなんて着たらどうなるんだろうな、って多少興味があったりはしたけども……。


「水臭いなぁ。それならそうと早く言ってくれればいいのに。よし、わかった。颯太がそう言うなら、今から衣装さんにかけあってウェディングドレスに……」

「着替えんでいい!」


 まったく、少しは俺の話を聞けっての……。

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