第26話 青果戦隊ベジタブレンジャー①

 迎えた土曜日の朝7時半。


 ヒーローショーの初回上演は午前10時からで、演者の集合時間はその1時間ほど前なので、俺は珍しく早起きをして出かける準備を整えていた。


 家から商店街までは電車と徒歩で30分ほど。念のため8時に家を出れば、現場には余裕を持って到着できるだろう。


「ふぁ~……って、あれ? 兄がこんな時間から活動してる! 珍しいねおはよう!」


 眠い目を擦りながらリビングに降りてきたパジャマ姿の涼香が、朝飯を食う俺の姿を見るなり目を丸くした。朝からやかましい妹だ。

 

「おはよう。人を野生動物か何かみたいに言うんじゃない。俺だってたまには早起きしてでかけることもあるっつの」

「しかも外出!? うわ~、今日あれじゃない? 兄が外出でもするんじゃないの?」

「そのまんまじゃねーか」


 俺の外出は「槍が降る」とか「隕石が落ちる」くらいの異常事態なのかよ。


 相変わらずバカ丸出しのセリフを口にする涼香に、母さんが横から口を挟む。


「バイトなんだってさ。隣町の商店街で」

「そのうえ労働!? そんな……そんなの、私の知ってる兄じゃないよ!」


 白々しいにもほどがある芝居がかった口調で、涼香が俺の肩をぐわんぐわんと揺らしてくる。


「バイトに行くために早起きして出かけるなんて、颯太お兄ちゃんはそんなことをする人じゃなかった! お昼まで寝ているかと思えばそのまま一歩も外に出ることなく休日を浪費する、そんなものぐさでダメダメなお兄ちゃんを返して!」

「おい、いい加減ぶっ飛ばすよ?」


 人がちょっとまともなことをしようとしただけで大騒ぎしやがって。

 あれだな、兄貴を舐めくさっているこの愚妹には、どこかで一度ガツンと言ってやらないといけないかもな。


「珍しいこともあるもんよね~。なに、あんたなんか欲しい物でもあるの?」

「いや、別に」

「ひょっとして、静乃ちゃんへのプレゼントとか?」

「え、そうなの兄!? やだもう聞いた奥さん? 彼女さんのためですって!」

「いや~甘酸っぱいわぁ。若いっていいわよね~」


 そんな勝手な勘繰りをしては、母さんと涼香が2人してニヤケ面を浮かべて井戸端会議としゃれ込んでいる。すこぶるウザい。


「そんなんじゃないっての。映研の部長から頼まれただけだから」


 などと弁解してみたところで、すでに思考が完全に恋バナおばさん化している二人には暖簾のれんに腕押しも良いところだった。こっちの話をまるで聞いちゃいない。


「……ごっそさん」


 ダメだ。これ以上ここにいてもエンドレスで玩具にされるだけだ。

 ぼちぼちいい時間でもあるし、早いところ出かけちまおう。


 俺は食器を片付けるのもそこそこに、荷物を引っ掴んで逃げるように玄関を飛び出した。

 やれやれ、バイトはこれからだっていうのに、もうすでに疲労度がヤバいなぁ……。


 ※ ※ ※ ※


 商店街に到着すると、すでに広場ではステージやパイプ椅子の観客席の設営が始まっていた。この手のローカルイベントショーにしては、そこそこ大きめな規模の会場が設けられているようだ。


 幅こそ広くはないものの、ステージも学校の体育館のそれと同じくらいしっかりと高さがあるし、なかなか本格的だった。


「やぁ、君が宮沢さんが言っていた佐久原くんだね?」


 ステージ横にある控えスペースを訪れた俺を出迎えたのは、柔和にゅうわな笑顔を浮かべた恰幅かっぷくの良い初老の男性だった。この人が、部長の言っていた「会長殿」だろう。


「今日は来てくれてありがとう! 本当に助かったよ!」

「え、ええ。どうも……」

「事前に宮沢さんから色々聞いてると思うけど、初回公演は10時からだからね。遅くても20分前くらいまでには衣装に着替えて準備しておいてね」

「あの、それはいいんですけど……」


 会長さんの説明を受けながら、俺はいよいよ我慢できなくなり、先ほどから気になっていることを口にした。


「……なんで部長たちがここにいるんですか?」

「はっはっは! 水臭いことを言うもんじゃあないよ佐久原くん! 無論、君を応援するために決まっているだろう!」


 さも当たり前みたいな顔をして、なぜか部長たち映研メンバー3人までもが控えスペースに立っていた。


「いや、別に応援とかいらないですから……むしろ、知り合いがいると思うとかえってやり辛いというか」

「何を言ってるんだい。我々は『知り合い』などという安直な言葉で括れる関係ではないだろう? 共に映画に青春を捧げると誓った同志として、精一杯アツい声援を送って見せるから安心したまえ! ね? 藤城くん、菊地原くん?」


 部長に同意を求められ、二人の先輩も口を開く。


「いや、俺は単に佐久原が悪戦苦闘する姿が面白そうだなと思ったから来ただけだ」

「弟が~、今日佐久原くんが演じるキャラクターのファンなの~。自慢したいから、あとで衣装を着た状態で一緒に写真撮ってくれる~?」


 まるで意思統一がされていない。

 どうやら志は同じではなかったようだ。


 というかこの人達、1年が俺しかいないからって、ここぞとばかりに後輩いじりをしに来ただけなのでは?


「わ、私は違うぞ!? 私は本当に佐久原くんを応援しようとしてだね!?」


 何も言っていないのに慌てて弁明をし始める部長を横目に、俺はいよいよキリキリと痛む胃を擦った。


 ……公演前に、薬局で胃薬でも買っておこうかな。

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