第25話 そんなにガッカリしなくても……
今やすっかり聞き慣れたそのハスキーボイスにおそるおそる振り返ると、正門横で待ち伏せしていたのは、案の定水嶋だった。
「いやいや、驚きすぎだし」
「み、水嶋? お前、なんでこんな所に……?」
「待ってたんだよ、颯太を。駅まで一緒に帰ろうと思って」
あっけらかんとした顔でそう言うなり、水嶋はグイッと俺の右腕に自分の左腕を絡めてきた。今さらこの程度で動揺したりはしないが、相変わらずスキンシップに一切の躊躇がない奴だ。
「一緒に……ってダメだろ! こんなところ学校の奴らに見られたら!」
「大丈夫だよ。なるべくうちの生徒が通らないような道を選ぶから」
「そういう問題でもない気が……というか江奈ちゃんはどうしたんだよ? ほったらかしか?」
「いやいや。江奈ちゃんはだってほら、部活あるし」
「部活……ああ、そっか」
そういえば、江奈ちゃんは高等部に進学したら手芸部に入るって言ってたっけ。
本当は俺とおなじ映研に入りたがっていたみたいだけど、周りの友人から「あんな変人の巣窟にわざわざ行くことはない」と必死に止められたらしい。だから、映画の次に興味があった手芸をやってみることにしたんだそうだ。
『いつか、颯太くんに手編みのマフラーでも作ってあげられるように頑張るね』
そんな嬉しいことを言ってくれたこともあったっけ。
江奈ちゃんの手編みマフラー……欲しかったなぁ。きっとどんな高級な素材で作ったマフラーよりも暖かいんだろうなぁ……。
「ほらほら、ぼーっとしてないで。行こう、颯太」
「あ、おい……」
淡い思い出に浸っているのも束の間。
俺の返事も待たずに、水嶋はさっさと歩き出してしまう。
はぁ、こうなったらこいつは聞く耳持たないもんなぁ……。
というかこいつ、俺がいつ正門を通るかわからないのに、ずっと俺のことを待ってたってことか? 俺がもし真面目に活動するタイプの映研部員だったらどうするつもりだったんだ?
そこまでして俺との時間を作らなくたっていい気もするけどなぁ。
「……お前、やっぱり変だよ」
「恋してるからね」
俺の皮肉もどこ吹く風といった様子で、水嶋はにっこりとはにかんだ。
※ ※ ※ ※
それからの放課後も、水嶋は下校しようとする俺を捕まえては「一緒に帰ろう」と誘ってきたので、俺も渋々それに従うしかなかった。
もちろん、学校から最寄り駅までの短い距離でさえ、ただ一緒に帰るだけの水嶋さんではない。
ちょっと寄り道して買い食いしたり、商店街でプチウィンドウショッピングしたりと、俺たちの下校はいわゆる「放課後デート」のような様相を
当然、あちこち道草を食っているもんだから、同じ学校の奴らと遭遇しかけることも何度かある。その度に物陰に隠れたり、他人のフリをしてやり過ごしたりしていたのだが、水嶋はそれすらも楽しんでいる
「これはこれでアリかも。スリルがあって」
水嶋がそんな能天気な事を言って笑うたびに、俺はため息交じりに肩を竦めるのだった。いつ見つかるんじゃないかとハラハラしているこっちがバカみたいだ。
そうして、そんな放課後デートも5回目となった金曜日。
ついに水嶋の口からあのセリフが飛び出した。
「ね、颯太。明日のデートはどこに行こうか?」
来た。
その言葉を手ぐすね引いて待ってたぜ。
俺は水嶋に見えないように小さくガッツポーズをし、それからせいぜい平静を装って答えた。
「ああ、そのことなんだけどさ。明日のデートはナシだ」
「え?」
「おっと、勘違いするなよ? 別にお前との勝負から逃げようってんじゃない」
きょとんとする水嶋を手で制し、俺は決定的な証拠を叩きつける弁護士のような気分で言い放った。
「俺、明日バイトがあるからさ。悪いけどお前に付き合ってやれないんだ。さすがに仕事をほったらかして女の子と遊びに行くわけにはいかないだろ?」
どーよ! さしものお前もこの完璧な大義名分の前には何も言えまい!
いつもなんやかんやでお前のペースに流されてしまっている俺だが、今回ばかりはそうはいかないぞ!
「へぇ……颯太、バイトなんてやってたんだ」
俺が内心で勝ち誇っていると、水嶋が若干訝しげな顔をして聞いてくる。
いつも俺のことを何でも見透かしているかのような態度を取っているが、さすがに俺の映研での活動までは把握しきれていないようだった。
「それって、短期のバイト?」
「ん? ああ」
「ふ~ん、そうなんだ。どんなバイトなの?」
案の定、水嶋がさりげない風を装って探りを入れてくる。
が、もちろん教えてやるつもりはサラサラない。
「それは秘密だ」
「え~、隠すじゃん。いつ決まったバイトなの?」
「それも秘密」
「何か欲しいものでもあるの?」
「秘密で~す」
「……肉体労働系?」
「だから秘密……って絞り込もうとするな!」
アキネ〇ターかお前は!
シームレスに誘導尋問に持ち込もうとしやがって。本当に油断も隙も無いやつだ。
「むぅ……『恋人』にも話せないような仕事なんだ。なんかやらし~ね」
「何とでも言え。とにかく明日はバイトがあるから、デートはおあずけだ」
「……おあずけ、かぁ」
いよいよ打つ手も無くなったようで、水嶋が深いため息とともにそう呟く。
なんだかあからさまにテンションがガタ落ちしてしまったようだ。
う、う~ん。これが狙いだったとはいえ、そこまで落ち込まれるとさすがに罪悪感が押し寄せてくるんですけど。
てっきりもう少し食い下がると思ってたから、なんだか余計に拍子抜けしちまうな……。
気まずい沈黙に耐えかねて、俺はあえておどけた口調で手を振った。
「お、おいおい、大げさだな。たかが1日デートできないくらいだろ? そんなにガッカリするほどのことか?」
「うん、するよ」
間髪入れずに頷いて、ことさらに沈んだ表情を浮かべる水嶋。
それ以上は、俺もさすがに茶々を入れる気にはなれなくなってしまった。
はぁ……勘弁しろよ。
お前がそんなしおらしい顔してると、こっちまで調子が狂うんだよ。
「……バイトは、明日だけだ」
「え?」
「日曜日は、バイトはない。だから家でゴロゴロするつもりだ……何も予定が入らなければな」
俺の言わんとしていることを察したのか、水嶋が期待に満ちた表情で俺を見上げる。
こいつに耳と尻尾がついていたら、きっと今は千切れんばかりにブンブンと揺れていたことだろう。
「ふふ……颯太って、きっと悪役だとしても最後には主人公を庇って死ぬタイプだよね」
……うるせえやい。
あと、縁起でもないから死ぬとか言うな。
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