第23話 映研は今日も貧乏です
昼休みが終わり、気だるい午後の授業も乗り切った放課後。
俺は久々に部室へと顔を出すべく、教室を出て文科系部室の並ぶ特別棟3階へと足を運んだ。
俺が所属しているのは、中等部の頃から在籍している映画研究部だ。正確には「映像研究部」という名前なのだが、うちの部長はあくまでも映画がメインだと言い張っている。
まぁ、部員数も少なければ部費も少ないため、最近はロクに映画制作もできていないのが実状だ。
とはいえ何も活動をしていないと部が潰れてしまうので、たまに生徒や他の部活からの依頼を受けて数分のショートPVを作るなどして、細々とやっている状態である。
「おお、佐久原くんじゃあないか! 今日は来てくれたんだね!」
「どもっす。ちょっと顔出しに来ただけですけど」
部室の扉を開けるなり歓待の声をかけてきたのは、
「いやいや、それでもありがたいよ! なにしろウチには席だけ置いて一度も部室に来ないような幽霊部員の方が多いからねっ!」
「まぁ、あまり活動らしい活動もできてないもんね~」
「それ以前に、部長に人望が無いせいじゃないのか?」
宮沢先輩に続いて、ふんわりボブカットのおっとり系女子と、ダウナーな雰囲気のボサボサ髪の男子が口を開く。こちらも2年生の部員で、
「そそ、そんなことは無いと思うけどなぁ!?」
「よく言うよ。人望があったら今年の1年が佐久原だけなわけないだろ?」
「うぐっ!? そ、それは……」
「佐久原くん以外の中等部の子たちは、たしかみんな高等部に上がるタイミングで辞めちゃったのよね~。みんな元気にやってるのかな~?」
「こらそこ、いなくなった奴らよりもまず自分たちの心配だろ。というかお前ら、いいからさっさと仕事をしろ」
ま~たやってるよ……相変わらず仲がいいんだか悪いんだか分からないんだもんな。
口が裂けても言えないが、中等部の奴らが辞めていったのは、このクセが強い先輩方にも多少の原因はあるんじゃなかろうか。
まぁ、去年の文化祭で俺が映画を撮ると言った時はなんだかんだ手伝ってくれたりアドバイスをしてくれたりしたし、悪い人たちではないんだけどな。
「仕事って、いま映研では何やってるんでしたっけ?」
「うん? ああ、演劇部の連中からSNSの公式アカウントに載せるPVを依頼されててな。というか佐久原、お前も一応は部員なんだから把握しておけよな」
俺の質問に、藤城先輩がため息交じりにそう答えた。
「まったく。こんな副業でコツコツ実績を積み重ねなきゃ部の存続が危ういのも、誰かさんがさっさと新作の構想を考えないからだ」
「だ、だって! なかなかピンと来るシナリオが思い浮かばないんだもん! こう、インスピレーションが湧かないというか? だ、だから仕方ないじゃあないか!」
「『思い浮かばないんだもん』じゃない。部長だろ、お前は」
藤城先輩にピシャリと正論を叩きつけられ、宮沢部長は「あぶぶぶ……」と呻きながら机に突っ伏した。これじゃどっちが部長なのか分からないな。
「あの、俺もなんか手伝いましょうか?」
さすがになんだか不憫に思えてきて、俺は申し出る。
「いや、PV制作自体はそこまで大変じゃないから大丈夫だ」
「一通りの撮影も終わったし、あとは
「ああ。それよりもいま問題なのは……」
「お金だぁぁぁぁぁぁ!」
藤城先輩が言いかけると同時、机に突っ伏していた部長が今度はいきなりガバっと跳ね起きた。
「うわぁ!? ど、どうしたんですか急に?」
「どうしたもこうしたも無いよ佐久原くん! たしかに、我々が現状しょーもない宣伝動画を制作して
「な、なるほど……?」
長い髪を振り乱しながら、俺の両肩をがっしりと鷲掴みして詰め寄ってくる部長。
はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。夢に出てきそうだ。
「も~。マコちゃんったら、急に大声出しちゃダメだよ~。佐久原くんがびっくりしてるでしょ~?」
「いちいちオーバーなんだよ、お前は」
「ハッ……す、すまない。最近少しノイローゼ気味になってしまっているようでね……いやぁ、貧乏というものは恐ろしいなぁ」
菊地原先輩たちに窘められ、部長が叱られた子犬みたいにシュンと縮こまる。本当に、誰が部長なのかよく分からないよな。
「し、しかし、予算が心もとないのは事実でね。PV制作やら何やらの細かい実績だけで支給される部費では、備品を維持するだけで精一杯なのさ」
悩まし気に眉間を指で揉みながら、部長が嘆く。
所詮は高校の部活動レベルとはいえ、ロケハンのための交通費やら小道具の費用やらと、映画作りというのはたしかに何かとお金がかかるものなのだ。
「だからせめて、部員それぞれでバイトでもして足りない予算を賄おうかとも考えたんだが……」
言いつつ、部長がチラリと藤城先輩に視線を向ける。
そんな彼女に一瞥をくれることもなく、藤城先輩は手元のPCで作業を進めながら一蹴した。
「悪いけど、俺は自分で稼いだ金は自分のためだけに使いたい派の人間だ」
続いて、部長がチラリと菊地原先輩に視線を向ける。
「私、高校生のうちはバイトしちゃダメだって、お父さんに言われてるから~」
最後に、部長が再び俺の方に向き直った。
「そして私は、ただいま面接30連敗中です……」
「な、なるほど……」
より一層の悲壮感を漂わせる部長。狭い部室に漂う空気がズーンと重くなった気がした。
う~ん、ダメだこりゃ。もしかしたら、俺は来年には帰宅部になってしまうかもしれないなぁ……。
「あ、それなら~」
そこでふと、菊地原先輩が思い出したように手を叩いた。
「マコちゃん、例の件なんだけど、この際だから佐久原くんにお願いするのはどうかな~?」
例の件? 例の件ってなんだ?
俺が首を傾げたところで、部長の丸メガネの奥の瞳が真円に見開かれた。
「そ、それだっ! そうだよ、我々にはまだ佐久原くんがいたじゃあないか!」
「え? え? なんすか? 俺がなんだっていうんですか?」
段々と不安になってきた俺がそう尋ねても、部長はまるで聞いちゃいない。
俺の質問なんかお構いなしに、またぞろ力強く俺の両肩を鷲掴みしてきた。
「佐久原くん! 今週の土曜日、ちょっとしたバイトをしてみないか?」
…………ホワッツ?
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