第4章 ヒーロー&ストーカー

第22話 見られてたのか!?

「颯太ってさ、いま何かバイトとかやってたっけ?」


 色々な事があって心身ともに疲れ切った土日を終えて、週明けの月曜日。

 生徒たちでごった返す昼休みの食堂の一角で、一緒に卓を囲んでいた樋口が唐突にそう聞いてきた。


「いや、特に何もやってないけど」


 俺は、基本的にはいつも家でのんびりしていたいインドア派なのだ。高校生になったとはいえ、今は積極的に金を稼ぎたい理由もないし、わざわざ放課後や休日を労働に費やそうとは思わない。

 やるとしても、どうしても欲しいものがある時に短期のバイトをやるくらいだろう。


 それに、俺が長期バイトをしないのは、こう見えて一応は部活に所属しているから、という理由もある。まぁ、今はほとんど開店休業状態で、たまに部室に顔を出す程度ではあるのだが……。


「それがどうした?」

「う~ん、そうだよね。……じゃあ、やっぱりあれは見間違いだったのかなぁ?」

「見間違い? なんの話だよ」


 歯切れの悪い物言いをする樋口に、俺は熱々の中華そばを啜りながら訊き返す。


「いやさ、実は一昨日の土曜日に買い物に出かけた帰りに、桜木町駅の駅前広場で颯太を見かけた気がしたんだよね」

「ブッフォッッ!?」

「うわぁっ!?」


 樋口の言葉に思わず吹き出してしまい、テーブルに中華そばの汁が飛び散る。

 むせた拍子に鼻の中に麺が入ってしまったようで、俺はゴホゴホと涙目になりながらせき込んだ。


「あ~あ~もう汚いなぁ。何やってるのさ、颯太」

「ウエッホ、ゲホッ!」

「まったく。ほら、これで拭きなよ」

「わ、悪い……サンキュー」


 樋口に手渡されたティッシュでテーブルと口を拭きつつ、俺は内心で焦りに焦っていた。


 み、見られてたのか!?

 まさか、俺が水嶋と一緒にいるところまで見かけたりしちゃいないだろうな……?


「そ、それで、土曜日がなんだって?」


 おそるおそる尋ねると、樋口が肩を竦めて言い直す。


「だから、土曜日に駅前で颯太を見かけたような気がしたんだよ」

「お、俺を?」

「うん。夕方ごろだったかな? 広場のバス停あたりから駅の中に歩いて行くところをね」


 ということは、俺が水嶋と別れた後か。どうやら決定的な場面は見られなかったらしいが……油断してたな。まさかあの場に樋口もいたとは。


「でも、颯太って根っからのインドア派だろ? 昔から、僕が無理やり連れ出しでもしない限り、休日に自主的に外に出かけることなんてあまり無いし」

「……まぁ、否定はしないけどもね」


 あんまり人を引きこもりみたいに言うなっての。

 もうガキじゃないんだし、俺だって一人で出かけることもなくはないんだぞ。

 映画館に新作映画を観に行ったり、あとは、その…………映画館に新作映画を観に行ったりだ!


「だから、考えられるとしたら何かバイトでもしていてその帰りだったのか、それとも単に僕の見間違いだったか、だと思ってさ」


 なるほど。それで最初の質問に繋がるわけね。


 しかし、どう答えたもんかな。水嶋と一緒にいる所を見られていないんだったら、別にあの場にいたことを認めてしまってもいい気はするが……。


「でもまぁ、バイトでもないんだったら、やっぱり僕の見間違いか」


 俺が答えにきゅうしているうちに、結局はそう結論づけたらしい。樋口は一人で納得したように頷くと、今度はからかうような口調で言った。


「買い物とかも『面倒くさい』とか言ってほとんど通販で済ませる君だもんね。休日に、ましてや遊びに出かけるなんてことは、それこそ僕が連れ出した時か……そうそう。あとは、里森さんとデートする時くらいだったかな」

「うっ……お前な、まだ立ち直れてない俺にそれを言うなよ」


 たしかに、出不精でぶしょうな俺が休日に出かけるようになったのは、江奈ちゃんと付き合い始めたことが大きかった。


 映画館に行ったり、カフェに行ったり、たまに江奈ちゃんの家にお呼ばれしたり……本当にその程度のお出かけだったけど、それでも江奈ちゃんと一緒にいるってだけで楽しかったなぁ。


「っと。噂をすればほら、里森さんだよ」


 俺がズーンと肩を下ろしたところで、不意に樋口が耳打ちしてくる。


 樋口の視線の先に目を向けると、食堂窓際の四人掛けテーブルには、たしかに江奈ちゃんの姿があった。同じテーブルには、お団子ヘアの女子とおさげの女子。前に購買でも見かけた、江奈ちゃんの友人二人組だろう。


 しかし、今日はそれに加えてもう一人、江奈ちゃんズと同席している者がいた。


「あれ、水嶋さんも一緒じゃない? へぇ、あの二人って仲良かったんだ」


 樋口の言う通り、江奈ちゃんの隣に座っていたのは水嶋だった。遠目からでも楽しそうに談笑している彼女たちの姿がよく見える。


 一か月で俺を攻略するために、1日でも無駄にしたくない──水嶋はそう口にしてはいたものの、さすがに学校内でまで俺にベッタリするつもりはないらしい。


 一応は江奈ちゃんとも付き合っている(周りには『仲の良い友人同士』で通しているようだが)以上、江奈ちゃんと過ごす時間も確保しなくてはいけないのだろう。


 何より、「お試し」とはいえ俺と恋人同士であることを、万が一にも江奈ちゃんや学校の連中に知られるのはあいつとしても避けたいらしい。今日の彼女は廊下で俺とすれ違っても軽く挨拶をする程度に留めていた。


(学校でまで昨日みたいなノリで来られたらどうしようかと思ったけど……さすがに杞憂だったみたいだな)


 おかげで、俺も学校にいる間は水嶋の相手をしなくて済みそうなのは気が楽だった。


 とはいえ、ヤツが江奈ちゃんと仲睦なかむつまじそうにしている所を見るのはまぁ、精神衛生上あまりよろしくはないのだが。

 ぶっちゃけ「おい水嶋、そこ代われ」という気持ちでいっぱいである。


「そういえば、二人とも特進クラスだったっけ。ああして並んでると、清楚で可憐なお嬢様と凛々しい男装の麗人って感じで、なんだか絵になる二人だねぇ」

「……ああ、そうだな」


 樋口の言葉に適当に相づちを打ちながら、俺は話し込む彼女たちをぼんやりと眺めていた。

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