第21話 着々と何かが埋まってる気がする

「いや~、どうもどうも! 颯太の妹の涼香です~! ウチのバカあにがお世話になっております~」


 その後、妹からの怒涛の質問攻めに根負けした俺は、渋々ながら水嶋のことを紹介するハメになってしまった。もちろん、「彼女」だのなんだのといった事情は一切隠し、あくまでも「最近知り合った映画好き仲間の友達」という設定だ。


 にしても、まさか涼香がこんなに早く帰ってくるとは予想外だった。こんなことなら映画なんか観ずに、昼飯を食ったらさっさと水嶋を帰せば良かったなぁ……。


「まさかあの映画オタクで陰キャでインドアで何をするんでもパッとしないダメダメな兄に、こんなクール系美人な友達がいるなんて知りませんでしたよ~!」

「おい」


 家族の前では絶対に出さないような猫なで声で、好き勝手なことをのたまう涼香。別に間違っちゃいないけど、こいつに言われると無性に腹立たしいな。


「ごめんね、急にお邪魔させて貰っちゃって」

「とんでもないです! むしろいつでも遊びに来てください!」

「ふふ、ありがとう。私も、颯太にこんな可愛らしい妹さんがいるなんて知らなかったよ。これからよろしくね、涼香ちゃん」

「ぐはぁ!? 顔が良い!? こ、こちらこそ、兄ともどもよろしくお願いいたしましゅ!」


 またしても天然ジゴロを発動した水嶋の微笑みに、母さんに続いて我が愚妹までもが篭絡ろうらくされてしまったらしい。心臓の辺りを抑えながら、涼香がはぁはぁと呼吸を荒くする。


 なにをやっているんだこのバカは。


「もういいだろ。話すことも話したし、さっさと自分の部屋に帰れよ」

「はっ!? いけない、いけない。静乃さんのご尊顔があまりに眩しくて、一瞬意識が飛んじゃってたよ」


 パンパンと自分の頬を叩いた涼香は、そこで改めて水嶋の姿を眺めまわした。


「それにしても……う~ん」

「うん? どうかした?」

「いえ、こうして見ると、つくづく兄なんかにはもったいないなと思いまして。髪サラサラで肌もツヤツヤ、スタイルだって抜群だし、まるでモデルさんみたい……モデルさん?」


 そこまで言って、涼香はようやく目の前の人物が誰なのかに気付いたようだった。


「え、うそ!? も、もしかして……静乃さんって、あの『Sizu』さんですか!?」

「お~。私のこと知ってるんだ?」


 水嶋が答えるや否や、涼香は今度こそ感激した様子で口元に両手をあてがった。


「うわぁ!? え、ヤバいヤバい! どうしよう兄! 本物のSizuさんだよ! 道理で見覚えあるはずだよ~!」

「痛い痛い、いてぇよ」


 バシバシと無遠慮に肩を叩いてくる妹を睨みつけ、俺は深くため息を吐いた。

 しかし、そうか。やはり涼香のような女子中学生世代には、Sizuの名はそれなりに知れ渡っているみたいだな。


「私、Sizuさんにすごく憧れてるんです! 高校生なのにあんなにカッコいいモデルさんとして活躍してて、フォトテレの写真もいつもエモくて!」


 興奮気味にブンブンと腕を振りながら、涼香が早口でまくし立てる。

 

「私もいつか、Sizuさんみたいなカリスマ女子になりたいなって思ってて! それで私、受験が終わって高校生になったら、いっそ動画配信とか始めてみようかな~、なんて思ってて」

「へぇ、いいじゃない。涼香ちゃん可愛いから、すぐに人気出ると思うよ」

「ほ、ホントですか! なら私、めちゃくちゃ頑張っていつかSizuさんとコラボできるくらい有名になります!」


 しまいには俺の存在なんかすっかり蚊帳の外に追いやって、二人してお喋りに花を咲かせる始末だった。


「っていうか! よく考えれば、あのSizuさんが兄と同じ学校に通っているどころか兄と友達だなんて、何の冗談なの!? 今さらだけど、こんなダメ兄のどこが気にいったんですかSizuさん! この人は芸能人でもなければ大企業の御曹司とかでもありませんよSizuさん! もし何か弱みでも握られて無理やり付き合わされてるんだったら私に言ってくださいねSizuさん!」

「あはは。それはねぇ」


 あの、どうでもいいからもうみんな俺の部屋から出て行ってくれませんかね……。


 ※ ※ ※ ※


 それからはもう映画を観るというような雰囲気でもなくなり、小一時間ほど涼香とのお喋りに興じた水嶋は、そろそろ陽も暮れそうという時間になって、ようやく帰る気になってくれたようだった。


 そして、「ちゃんと駅まで送ってあげなよ!」などといらんことを言った涼香のせいで、俺はオレンジ色に染まる空の下、閑静な住宅街を水嶋と肩を並べて歩いていた。


「今日はありがとう、颯太。映画は最後まで観れなかったけど、『おうちデート』、楽しかったよ。颯太の家族とも仲良くなれたしね」


 隣を歩く水嶋が、俺の顔を覗き込むようにしてそう言った。


「颯太は楽しかった?」

「いや、楽しいとか楽しくないとかの話じゃなかった気がするけどな……」

「そっか。じゃあまた来るね」

「何が『じゃあ』なんだよ。もう来るな」


 そんな突き放すような俺の返しも、すっかり慣れっこになってしまったらしい。水嶋は手のかかる子供を見るような目をして、やれやれといった風に肩を竦めた。

 俺の方がわがままを言っているみたいなこの空気よ。まったくもって心外だ。


 などと他愛ない話をしている内に、やがて俺たちは最寄りの駅に到着する。

 夕暮れ時の駅前広場は住宅街とは打って変わって賑やかだった。人の往来もあるし、またぞろ水嶋のファンだとかに見つからないとも限らない。さっさと解散しよう。


「ほら、あとは分かるだろ。じゃあ俺は帰るから」

「うん。送ってくれて助かったよ。ありがとう」

「おう」


 それだけ言って、俺はくるりと水嶋に背を向けた。

 さて、今日はほぼ一日中潰れてしまったが、ようやく自由時間になったんだ。帰って飯を食ったら、さっきのゾンビ映画の続きでも見るか。


「ねぇ、颯太」


 不意に名前を呼ばれて、俺が首だけ後ろに振り返った瞬間。


 ──ちゅ。


 もはや嗅ぎ慣れた金木犀の香りがするや否や、左頬に柔らかい感触が伝わる。それが水嶋のキスによるものだったと気付くまで、俺は数秒ほど固まってしまった。


「あ、惜しい。唇を狙ったんだけどな。頬っぺたになっちゃった」

「な、へ、はぁ!? おま……何!?」

「何って、だよ。でもまぁ、今日のところは颯太のその可愛い顔が見れただけで十分かな」


 顔を真っ赤にしながら立ち尽くす俺をひとしきりからかうと、水嶋は「じゃあ、バイバイ」と心底楽しそうな笑顔を浮かべて手を振った。


「明日からもよろしくね」


 颯爽と立ち去っていくそんな彼女の後ろ姿を、俺は照れ臭いやら悔しいやらで歯噛みしながら見送ることしかできなかった。


「はぁ~……くそ、め」

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