第17話 イケメン女子は手段を選ばない

 その後、そろそろヨガ教室に行く時間だという母さんを、俺と水嶋は家の玄関まで見送った。


「それじゃあ静乃ちゃん。今日は好きなだけゆっくりしていってちょうだい。家の中にあるものは好きに使ってもらって構わないから、自分の家だと思って寛いでね?」

「ありがとうございます。今日はお母さんとお話ができて、楽しかったです」

「私もよ~! いつでも遊びに来ていいから、また今度ゆっくりお喋りしましょうね?」


 まだ知り合って1時間も経っていないというのに、母さんときたらすっかり水嶋を気に入ってしまったらしい。


 とし甲斐がいもなくキャーキャーはしゃいで、恥ずかしいったらありゃしない。


「……颯太。あんた、ちゃんと静乃ちゃんをおもてなししなさいよ。さっきみたいにほったらかしにしようものなら、今日のあんたの夕飯はキャロライナ・リーパーだからね。なまの」


 俺が眉を顰めていると、母さんが打って変わって低い声でそう言った。


「そんなもん近所のスーパーじゃ売ってないっスよ」

「通販で買います~。あと、母さんがいないからって静乃ちゃんに変なことしたらダメだからね。……まぁ、静乃ちゃんの方にさえその気があるんなら、きちんとをつけた上で──」

「しないよ!? もういいから早く行けっての!」


 真っ昼間から何を口走ってやがるんだこのオバハンは。

 俺はケツを蹴り上げる勢いで母さんを玄関から追い立てる。そうしてやっこさんの姿がドアの向こうに消えたところで、深く、それはもう深くため息を吐いた。


「ふぅ……やっと静かになった」

「ふふ、いいお母さんだね。仲も良いみたいだし、羨ましいな」

「今のやり取りを見てそう思ったんならお前は眼科に行った方がいいぜ」


 吐き捨てるようにそう言って、俺はくるりと水嶋に振り返った。


「さて、次はお前の番だ。10分くらい間を置いたら、さっさと帰ってもらおうか」

「え、いいの? 颯太の今日のお夕飯、キャロライナ・リーパーになっちゃうよ?」

「へっ、それでお前を追い払えるんなら安いもんだ。喜んで生のまま丸かじりしてやるよ」

「それはさすがに危ないと思うよ……」


 苦笑いを浮かべた水嶋は、けれどすぐにその笑みを悪戯っ子のそれに変える。


「せっかく遊びに来たんだからさ。おもてなし、して欲しいな」

「嫌だ。今日はもう家で一人でゴロゴロするって決めてるんだ」

「え~、つれないじゃん」

「やかましい。というか、そもそもなんでお前が俺の住所を知ってるんだ」

「ああ、それね。そうだな……うん、、とだけ言っておこうかな」


 さながら映画のセリフみたいに芝居がかった口調ではぐらかす水嶋。

 どうやら教える気はないらしい。ふん、女狐めが。


「とにかく今日は客人の、ましてやお前なんぞの相手をする暇はないんだ。わかったらとっととけぇんな」

「でも、今日は颯太の家で『おうちデート』しようと思って来たんだよ? だから、私を追い返すってことは、『勝負』から逃げるってことになっちゃうけど、それでもいいの?」

「……ちっ」


 それを言われると弱いのは確かだ。

 だがな、そう何度も何度もお前のペースに流される俺だと思うなよ。


「『勝負』から逃げるつもりはない。けどな、いきなり家まで押しかけて来てのなんて、それはちょっとズルだろ。せめて事前に一報入れるくらいはして欲しいもんだな。こっちにも心の準備ってものがあるんだ」

「たしかに、いきなりはちょっと驚かせちゃったよね」


 申し訳なさそうに肩を竦めるのも束の間、水嶋の切れ長の瞳がスッと細められる。


「でも、颯太と恋人になる為なんだから、そりゃあ多少のズルくらいはするよ。だからこれからもきっと、同じようなことをすると思う」


 ごめんね、と言って、水嶋が不自然なほどに穏やかな微笑を浮かべた。


 いつも飄々としていて、やること為すことどこまで本気か分かったもんじゃない水嶋だが、それでもこいつはたまにこんな風に、とても真剣な目をするのだ。


「……なんでそこまで」


 水嶋の雰囲気に気圧されて、俺はほとんど独り言のように問い掛ける。

 返ってきたのは、案の定、いつも通りの答えだった。


「そんなの、颯太のことが好きだからに決まってるじゃん」


 ……俺が聞きたいのは、どうしてそこまで俺なんかのことが好きなのかってことなんだがな。


 よっぽどそう言おうとも思ったが、なんとなく、それを聞いても水嶋はまともに答えてはくれないような気がして、やめた。


 そもそも、こいつが例えどんな理由で俺を好いていようとも、俺がこいつの告白を断ることに変わりはないんだからな。


「ってなわけでさ。『おうちデート』、しようよ」

「……わぁったよ。もう好きにしろ」


 ほとんどヤケクソ気味に、俺は水嶋にそう言った。

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