第16話 なんで仲良くなってるの?
どれくらい眠っていただろうか。
微かに賑やかな笑い声が聞こえた気がして、俺は目を覚ます。
「う~ん……なんだぁ……?」
眠い目を擦りながら部屋の時計を見ると、時刻は午前10時半を少し回ったころ。どうやら30分くらい寝ていたようだ。
「……なのよ~! うちの……ったら……」
笑い声は俺の気のせいではなかったらしい。1階の方から聞き慣れた
「ヨガ教室に行ったんじゃなかったのか? ……ふぁぁ」
盛大にあくびをしたところで、ぐぎゅるると腹の音が鳴る。そういえば、今朝は牛乳しか飲んでいなかった。中途半端な時間だが、何かしら口に入れたい気分だ。
もそもそとベッドから這い出して、俺は自室の扉を開けた。
途切れ途切れだった母さんの声がはっきり聞こえてくる。
「それにしても、改めてビックリしたわよ~。颯太ってばなんにも教えてくれなかったのよ? そうならそうと早く言ってくれればいいのにねぇ?」
「あはは。きっと、照れ臭かったんだと思いますよ」
続いて聞こえてきたその凛としたハスキーボイスに、寝起きでぼんやりしていた俺の思考回路が一気にクリアになった。
こ、この声は……まさかっ!?
俺は慌てて部屋を飛び出すと、転がり落ちる勢いで階段を降りて、そのままリビングへと突入する。
案の定、ダイニングテーブルに座って母さんとお茶を飲みながら談笑していたのは、さっき追い返したはずの宗教の勧誘、もとい水嶋だった。
「あ、颯太おはよう。お邪魔してます」
「お、お、お前、何で家ん中に……!?」
「ちょっと颯太! そんなヨレヨレの部屋着で出てこないでよ」
呆然とする俺を、母さんがキッと睨みつけてくる。
それから打って変わって優し気な笑みを浮かべると、やたら甘やかすような口調で水嶋に喋りかけた。
「ごめんねぇ静乃ちゃん。うちのバカ息子ったらも~本当にだらしなくって。今日だってせっかくこうして遊びに来てくれたのに、ほったらかして自分は部屋で寝ちゃうんだもの。恥ずかしいったらありゃしないわ」
「いえいえ、私も突然押しかけちゃいましたし。あんまり颯太くんを責めないであげてください」
……なんなんだ、このカオスな状況は?
なんで水嶋がうちのリビングで茶をしばいて、母さんと仲良く
母さんも母さんで、なんで水嶋を昔から可愛がっている親戚の子みたいに
まるでわけがわからない。俺が居眠りこいていた30分の間に、一体何があったんだ!?
「ちょ、ちょっと待て水嶋! まだ俺の質問に答えてもらってないぞ!」
「え?」
「『え?』じゃない。なんでお前が家の中にいるんだよ」
「何でって、それはもちろん、インターホンを押して颯太のお母さんに入れてもらったからだよ」
「はぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げた俺は、すぐさま母さんに詰め寄った。
「なんで開けちゃうんだよ! インターホンは無視して良いって言っただろ?」
「あんたこそ、な~にが『変な宗教の勧誘』よ。試しに玄関に行ってみたら、こんな綺麗なお嬢さんが立っていたもんだからビックリしたわ。おまけにあんたの同級生だって言うじゃない。お母さん、追いビックリで腰抜かすかと思ったわよ」
いやいやいや、何でそれを信じて家にご招待しちゃうんだよ。嘘かもしれないじゃん。俺の同級生を
最近はそういう手口も複雑かつ巧妙になってきて危険だってニュース、ワイドショーでも散々見てますよねアナタ?
「お母さん、あんたにこんな美人なお友達がいるなんて全然知らなかったわ。なんで今まで黙ってたのよ?」
「そ、それは……」
母さんの問いに、俺は言葉を詰まらせてしまう。
ちらりと横を見ると、水嶋が俺にだけ見せるように意味ありげなウインクをした。
どうやら水嶋は、「勝負」だの「お試しの恋人」だのと言ったことまでは母さんに話してはいないらしい。あくまでも同級生の友人ということで通すつもりのようだ。
そりゃそうか。いくら水嶋でも、さすがに今の俺たちの複雑な関係をおいそれと他人に話したりはしないだろう。絶対に面倒なことになる予感しかしないし。
「いやぁ、でもちょっと見直したわよ。だらしないし休日は家に引きこもってばかりな颯太が、こんな綺麗なお嬢さんとお近づきになれるだなんて。あんたも隅に置けないわねぇ、このこの!」
うわぁ、鬱陶しい……。
こうなると思ったから、俺はこれまで自分の交友関係や色恋沙汰について家族には、特に母さんと妹の涼香にはひた隠しにしてきたんだ。
知られれば根掘り葉掘り事情を聞き出そうとして、本人そっちのけでウザいくらい盛り上がる姿が容易に想像できるからな。
まぁそんな涙ぐましい努力も、こうして家にまで押しかけられてしまったことで水の泡になったんですがね……。
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