第11話

 その晩、月の帰った後、鷹はこのような身になって初めて、何も考えず何も思わずに、静かに長い時を過ごしたのでした。

 そうしてその間、彼はどうしてか、懐かしい野山を飛んでいるような気がしたのです。



 眼下に広がる緑の野の上を、鷹は悠々と飛んでおりました。

 それがあまりに自然だったので、自分が空を飛んでいることに暫く気がつかなかったほどでした。



「ここは確かに、俺がかつて居た処だ。

 懐かしい野と山だ。


 …どうしたことだ。俺は帰ってきたのか?

 いつ? どうやって?


 …おや、俺は今、何をしているのだ?


 ……もしかして、飛んでいるのか?


 俺は、俺は…、飛んでいるのか?」



 鷹は両の翼をゆっくり付け根から動かしてみました。

 翼は何の抵抗もなく思い通りに動きました。


「動く…。…動くではないか!」


 次に、片方の羽だけを大きく羽ばたかせてみました。

 鷹の身体は狙った方向へ苦もなく曲がりました。


「…曲がることもできる…!…」


 急降下してみました。


「…これも出来る!」


 鷹の胸はたとえようもない大きな歓びで爆発しそうでした。


「飛べる! 飛べるぞ! 何もかも、元の通りだ!


 何ということだ!

 もう、すっかり諦めていたのに!


 俺は再び、飛べるようになったのだ!


 おお、おお、何ということか! 何という歓びか!

 何と嬉しいことか! ……」


 鷹は、もう何も考えませんでした。

 ただ、心の赴くままに、野の上を、山の上を、海の上を、自在に飛び続けました。




 鷹の飛んでいく下で、景色がくるくると変わりました。


 桃の花が次々に咲いては散り、木々の緑がどんどん濃さを増しました。


 それが見る見るうちに色づいて風に舞い始めました。


 かと思うと、白いものがちらついて、やがて辺り一面を覆いました。



 そしておかしなことに、季節は順序通りに巡るのではなく、飛び越したり戻ったりもし出したのです。



 が、鷹はもうそれさえ見てはいませんでした。


 風がそよぎ、うなり、逆巻く中を、雨の降る中を、あるいは霰(あられ)に打たれながら、彼はもう、飛びに飛び続けたのです。


 その心は、待ちに待った歓びと解放感で溢れていました。



 

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