第9話

 慰められて、鷹の心はだんだんに鎮まっていきました。

 あれでよかったんだ、と思えるようになっていったのです。



「梅の次は桃が咲いたなあ。

 どれもみな、きれいな花だった。いい匂いだった。

 薄桃色にぼうっと霞んだ山の、きれいだったこと……」


「ああ、花明りでぼんぼりのようじゃった…」


「花が終わると、薄緑の葉の季節だ。

 緑が次第に濃くなって、木の間から漏れる光が眩しくなっていったっけ。

 木と葉の香り、せせらぎの音、川の水の匂い、光る風の匂い。

 草いきれと、降りてくる闇……」


 むっとする草の香りを月と鷹は胸いっぱいに吸い込みました。


「本当にその通りじゃ。

 夏の夜には、闇にこもった濃密な匂いがするよのう。

 おまえさん、よく憶えておるのう。

 ……本当に、故郷が好きじゃったのじゃのう。

 懸命に生きておったのじゃのう……」



 ああ、そうだった。

 俺は必死に生きていた。

 風に乗って飛び、風に逆らって飛び、獲物を狩って、生きることに懸命だった。

 

 そう鷹は思いました。



 ……月は帰っていきました。




 次に月の訪れた夜、鷹はこの間の話の続きから始めました。


 どうしても聞いてもらいたいことの前に、気持ちを鎮めておく必要があったからです。


「夏が終わると、空がだんだん高くなっていって、しまいに突き抜けるほどになると、木々にはたくさん実がなったんですよ。

 それを動物たちが食べに来るんです。

 ひよどり、からす、りすやきつね、たぬきなんかもいました。

 皆、冬籠りの支度をしていたんだなあ…」


 鷹の脳裏には、色づいた実り豊かな秋の野山が広がっていました。

  

 月はその晩も、そうじゃった、そうじゃったと頷きながら聞いてくれました。


 冬の厳しさも、思い出すままに鷹は語りました。


「風が日ごとに冷たさを増していくと、獲物が次第に少なくなっていくんです。

 …冬の飢えは酷いものでしたよ。

 寒さと飢えが痩せた身にはこたえたなあ…。

 そして、雪だ。

 野も山も、どこもかしこも真っ白になるんです。

 氷の張った川の上にさえ雪は積もりました。


 …お腹の空くのは獲物たちも同じだったんでしょう。

 時折、きつねやりすが雪の上を急いでいるんです。

 それを見つけた時の俺の獰猛な気持ち。

 逃すものか、必ず仕留めてやるって思ったものですよ。

 可哀そうなんて気は、微塵も浮かびませんでした。

 浅ましいことだが、大事な食糧ですからねえ…」


 月はもう何も言わず、黙って静かに鷹の話を聞いているだけでした。




 

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