小さい太陽
近松 叡
小さい太陽
「今日も雨かぁ」
自分の部屋で彼女は恨めしそうに呟いた。
彼女は雨が苦手だ。意味もなく気分が落ち込むし、なんだか小さい箱に閉じ込められてしまったような圧迫感を感じるのだ。今は梅雨の真っ只中。それをなおさら強く感じていた。
「今日もお出かけは無理かな」
雨の日は出来るだけ外出したくない彼女はここしばらくの間、友人との予定をキャンセルすることが多い。
彼女は慣れない表情を作って空を睨んだ。
「いい加減にしてよねぇ…!」
わずかな元気を振り絞って投げ掛けたものの返答は無い。
「もう良いよ!」
「…はぁ、せめてこの雨が美味しい紅茶だったら気分だって良くなるのに」
彼女は紅茶が大好きだった。友人との約束も専ら喫茶店を巡ることばかり、新しいお店を見つけては大好きな紅茶を飲み比べて楽しむのがいつものコースだ。
家で飲む紅茶も悪くはないが、新しいお店を開拓して飲む紅茶は格別なものだった。
しかし、今はそれもままならない。
「なんてね!そんなことあるわけないんだけど…」
「冷たっ!」
雨足は強くなり部屋に雨が吹き込んでいた。
「もー、やんなっちゃう」
そう言って窓を閉めようとした時、ふと目の前の違和感に気が付いた。
窓の外にバレーボールほどの大きさの水の玉が浮かんでいる。
「え、なにこれ…?」
そんな言葉が漏れる。相変わらず雨は降っているが、その水の玉はユラユラと空を漂っている。
「どうなってんの…?」
手を伸ばせば届きそうな距離だ。彼女は手を伸ばしてみる。
「あれ…温かい…?」
水の玉は温かく、彼女が触ってもそこにあり続けていた。
「なんなんだろ…。こんなことってあるのかな…。」
そう呟いた矢先、彼女の頭に良いアイデアが浮かんだ。
「そうだ!紅茶!」
家で飲むより外で飲むことが好きな彼女だったが、つい先日友人がインドの紅茶をプレゼントしてくれていたことを思い出した。
「飲むことないかもって思ってたけど、これなら!」
そう言って彼女はゴソゴソとティーパックを取り出し、水の玉に投入してみた。みるみる水が淡い薄黄色へと変わっていく。
「わぁ〜綺麗!」
まるで小さな太陽がキラキラと輝くように水の玉は紅茶の玉へと変貌した。
「どうしよう。飲んでみようかな…?」
彼女は辺りを見回し、何かを思い出したように台所へと走っていった。やがて戻ってきた彼女の手にはストローが握られていた。
「これで飲んでみよう!」
マナーもへったくれもあったものじゃ無いが、彼女にとっては最善の策だった。
ティーパックを取り出し、水の玉改め、紅茶の玉を目掛けストローを突き出してみる。紅茶の玉は形を崩すこと無くストローを受け入れた。
「よし!飲む…!」
彼女は緊張した。緊張しながら紅茶を飲むのは友人から無理やり紹介された男性と入った喫茶店以来だ。
ゴクリ、彼女の喉がなった。
「ふわぁ〜…!」
軽やかな舌触りながらコクのある豊かな味わい。花の蜜のような香りと柑橘系を思わせる爽やかな香りが口の中を巡った。
今までに飲んだことが無いような味わいに思わず顔がほころぶ。
「美味しい…」
そうなると後は喫茶店開拓よろしく紅茶を楽しむだけだ。
最初はバレーボールほどのサイズだった紅茶の玉はだんだんと小さくなっていく。気付けばあっという間にビー玉ほどのサイズになってしまった。
「ウソ?!もう無くなっちゃう!」
楽しい時間はあっという間に過ぎるものだが、雨の日がこんなに楽しかったことなんて今までに無かったかもしれない。
「何だかちょっと元気になったかも」
彼女はそんなことを口に出し、目を閉じて最後の一口を惜しむように飲み込んだ。
ふと目を開けるとベットに横たわっていることに気が付いた。部屋は暗く、窓も閉められている。何ごとも無かったかのように静寂が部屋を包み込んでいる。
「…なんだ」
自分がどういう状態なのか理解するまで少し時間が掛かった。
「夢だったんだ…」
彼女は呟いた。さっきまでの楽しい時間は夢だった。そう考えたら胸にぽっかり穴が空いたような不思議な気持ちになった。
ゆっくりと体を起こす。今日の予定は何だったかな。そんなことを考え始めた彼女だったが、ふと床に視線を落とすとあることに気が付いた。
ストローが落ちている。
ハッとして部屋のゴミ箱を覗いてみると使用済みのティーパックが捨てられていた。
「紅茶…!」
慌てて部屋の窓を開けて外を見る。
外は雨が上がり、晴れ間がのぞいていた。
彼女は何だか嬉しくなり空に向かって
「悪くないじゃん」
と、言葉を投げていた。
雨上がりの空は淹れたての紅茶のように、キラキラと太陽が揺らめいていた。
小さい太陽 近松 叡 @chikamatsu48
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