★真珠ルート第5話 焦らずに
「おお、すげぇー! おおー!!」
生のマスクライダーを見て、俺と真珠さんの間にいる蒼太君は大興奮していた。
俺も、初めてこういうショーを見ているから、興奮を覚えている。
だけど、マスクライダーのショーよりも……
横を振り向けば、必ず真珠さんと視線が重なる。
あまりショーに興味がないのか、俺の方ばかり見ているような気がしてならない。
すると真珠さんが、蒼太の席の背もたれの裏へ目配せをする。
そこには真珠さんの手が伸びていて、俺を誘うように指先を妖艶に動かしていた。
誘いに乗って、その手を握った。
真珠さんははにかみながら、少しエッチな手つきで手を握り返して来てくれる。
その顔はすごく嬉しそうで、幸せそうで。
俺の胸も幸福感で満ち溢れる。
これからもこうして真珠さんとは、互いに手を取り合ってやってゆきたい。
だからこそ、今日は、もう一つの試練を乗り越える必要がある。
……
……
……
「にいちゃん! おかあさーん!!」
メリーゴーランドに乗っている蒼太君はご満悦な様子で、俺と真珠さんへ手を振っている。
真珠さんは夢中な様子で、蒼太君をスマホで動画撮影をしていた。
「武雄君……ありがとね」
不意に真珠さんからお礼を言われた。
「いえ、これぐらい」
「本当に今、幸せよ。蒼太のことも大事にしてくれて……」
「当然ですよ。俺は真珠さんも、蒼太くんも大好きなんですから。これからも俺はずっと、ずっと真珠さんと蒼太君を大事にしてゆきます」
「頂きましたっと」
「ん?」
「蒼太の成長記録と一緒に、武雄君の言質をゲットっと! 何かあったら、これを再生するわね?」
「あはは……再生されないように頑張ります」
再生させるもんか。もう二度と真珠さんを悲しませるようなことなんてするもんか。
俺はそう改めて誓いを立てるのだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎてゆき、晩飯時を迎えた。
俺たちはまるで家族のように、ファミリーレストランへ入ってゆく。
そしてそこで、もう一つの決着をつけることにした。
「なぁ、蒼太君」
「んー?」
俺は夢中でお子様プレートを食べている蒼太君へ声をかけた。
俺の声音から真珠さんは何かを気取ったのだろう。
蒼太君の肩をそっと、抱き始める。
「お母さん?」
「あのね、蒼太……お母さんと武雄君から大事なお話があるの」
「お話? なぁに?」
「えっと、それはね……」
「待ってください」
俺は真珠さんへ言葉を重ねる。
真珠さんは驚いたような視線を向けてくる。
「俺が言います」
「……わかったわ。お願いね」
「ねぇ、なにー?」
蒼太君はまだ5歳だし、あまり難しい言葉は使わない方が良いだろう。
その上で、きちんと理解してもらう必要がある。
だから、俺は……
「蒼太君、俺、君のお父さんになりたいんだ!」
「お父さん? んー? にいちゃんなのに、お父さんなの?」
やっぱり難しいのか、蒼太君は首を傾げている。
「うん。お父さんに。どうかな?」
「うーん……」
「ほ、ほら、蒼太も前に言ってたじゃない! お父さんが欲しいなって!」
慌てた様子で真珠さんがフォローに入ってくれた。
「武雄君がお父さんだったら、きっと毎週マスクライダーショーに連れってくれるわよ?」
「ほんと!?」
初めて蒼太君が、良い反応を示してくれた。
さすがに毎週末は金銭的にキツイけど……今はこの話題で乗り切るしかなさそうだ。
「そ、そうだよ! 俺がお父さんになることを認めてくれたら、毎週必ず!」
「うーん……毎週じゃなくていいや!」
突然、蒼太君は落ち着いた声でそう言った。
そして俺と真珠さん、双方の顔を見渡し、
「にいちゃん、毎週マスクライダーショーに連れてってくれなくてもいいから、いつまでも一緒にお母さんといてあげて!」
突然出てきた蒼太君の言葉に、俺も真珠さんも驚きを隠せなかった。
「だってお母さん、にいちゃんが来るようになってから最近ぜんぜん泣かなくなったんだもん! にいちゃんがお店にくるようになってから、お母さんいつも楽しそうなんだもん!」
「蒼太……」
真珠さんは目に涙を溜めながら、蒼太君を抱きしめる。
蒼太君は子供だと侮っていた。
まだ小さいから、俺と真珠さんの関係を理解できないと思い込んでいた。
でも蒼太君は蒼太君なりに、俺と真珠さんの関係を理解している様子だった。
恥ずかしさを覚える俺だった。
「お母さん、また泣いてる! にいちゃん、なんとかしてあげて!」
「あ、え、えっと!」
「大丈夫よ、蒼太、大丈夫っ……これからは3人で楽しく過ごして行こうね?」
早く卒業をして、真珠さんと蒼太君を守ってあげたい。
だけど今の俺は、まだガキで、親の脛をかじっている学生で。
どんなに言葉で真珠さんと蒼太君を"守る・支える"と言ったって、行動が伴わない。
そんな今の自分の状況が歯痒くて仕方のない俺だった。
●●●
「お母さん……にいちゃん……すぅー……すぅー……」
今日一日目一杯遊んだ蒼太君は、家へ帰るなりすぐさま熟睡してしまっていた。
「また3人で行きたいわね」
真珠さんも満足そうに微笑んでいる。
しかし俺の気持ちは、少しモヤモヤしたままだった。
「どうかしたの? 疲れちゃった?」
真珠さんは心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
こうして心配をしてくれるのは嬉しい。
だけどやっぱり、まだ俺は"子供扱い"されていると思えて仕方がなかった。
「あの、真珠さん」
「ん?」
「俺……大学を辞めて、働こうと思います」
真珠さんをじっと見据えて、決意を語った。
「どうして?」
「どうしてって、えっと……俺は本気で、真珠さんと蒼太君のことを、守りたいし、支えたいです。でも、俺はまだガキで、学生で、口先ばっかりで、なんの力も無いから……だから!」
「焦らないで」
俺の言葉を遮って、真珠さんが言葉を重ねてきた。
「焦っちゃダメ。もっと冷静に考えて」
「だけど!」
「大丈夫よ、私も蒼太も、ちゃんと待っているから」
真珠さんは興奮気味の俺を落ち着けるように、手を握りしめてくれる。
「私ね……実は武雄君みたいな学生生活に憧れていたのよ……私、中学しか出られなかったから……」
「……」
「今、武雄君は順調に進んでいる。だったら、そのまま進んで欲しいのよ。だって……私たちはあなたへいらない苦労を強いているのだから……」
そう語る真珠さんは寂しそうで、辛そうで。
俺は思わず彼女をキツく抱きしめてしまう。
「いらない苦労とか言わないでください。全然、そんな風に思ってません。時々、そういうこという真珠さんは嫌いです」
「ごめんね……でも、まだ怖いのよ……このまま武雄君と一緒に居ても良いのか、君に甘え続けても良いのかどうか……」
背中に回された真珠さんの指が、強く食い込んで来た。
華奢な体が小刻みに震えている。
「今だって、私たちのせいであなたは、違う道を選ぼうとした。でも、それは私が望む道じゃない」
「すみませんでした、突然変なことを言い出しちゃって。でもおかげで目が覚めました」
俺はこれ以上真珠さんを不安がらせないよう、自分の胸へ彼女を押しつける。
真珠さんの方も、俺へより身を委ねてくれた。
「俺、ちゃんと大学は卒業します。それでなるべく良い会社に入って、真珠さんと蒼太君のことを守ります。そう約束します。だから真珠さんも、もう不安に思わないください。だって俺は望んで、あなたと一緒にいると決めたんだから!」
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