第6話 真に仕える者として

 入学試験からの帰り道―



「やったなユーズ、やはり君は規格外だ」



「……本当ですよ。正直驚きました、あんな怪物を倒してしまうなんて」



 ヴェルとローディはユーズが見せたあの実技試験のことに驚き、そして喜んでもいた。



「いや、零華コイツのお陰だよ」



 そしてひいては俺にこれを持たせてくれたヴェルのお陰だ。

 自分の力ではなく彼女の助けが大きい。



「そういえばユーズはどこに住んでいるんですか?」



「えっ? あー、それは……」



 ローディの疑問に対して言葉を濁すユーズ。

 その反応に彼女は首を傾ける。



「ユーズは私の家に住んでいるんだ」



 それに対してヴェルが事実を言い放つ。

 聞いたローディは顔が徐々に赤くなっていく。



「なっ……! そ、そんな駄目ですよ! 年頃の男女が一緒の屋敷になんて」



「ユーズにもちゃんと許可を取った。了承済みだ」



「そっ、そうゆうことじゃあ……」



「まぁほら俺は使用人っていうか……何ていうか……」



 ユーズはローディを何とか納得いくように自分は使用人みたいなものだと釈明する。



「それは違うぞ。私はユーズを使用人と思ったことはない」



 さらに事態はややこしくなる。



「で、でも俺とヴェルはそうゆうやましいことは一切ないから……ローディの心配も分かるけど」



「……もう、分かりましたよ。この一週間でユーズもそんな軽薄な人じゃないって分かりましたしね」



 ローディは腕を組みながら、半ば呆れたように納得してくれた。

 何とか妙な誤解はされずに済んだらしい。



 そうして帰り道、彼女と別れて俺たちはセルシウス家の屋敷へと歩き出す。



(……いつまでも客人って訳にはいかないよなぁ。ヴェルがいくら言ったって傍目から見れば身分不詳の怪しいやつなんだから……)



「どうしたユーズ? 何か考えてるのか?」



「い、いや。何でもないよ」







________







「お帰りなさいませお嬢様、ユーズ様」



 執事長のイルベルドさんを始めとしたセルシウス家の使用人たちが出迎えてくれる。

 イルベルドさんは最初の朝に話しかけてくれた老齢の男性だ。



「ああ、ただいま」



 するとイルベルドさんはヴェルに近づき、俺にとって先延ばしにしていたかった話を始めた。



「お疲れのところ申し訳ありませんお嬢様。……旦那様と奥様が明日にお帰りになられるそうです」



「父上と母上が? そうか、ありがとう」



 ヴェルの両親、二人は俺がここに住んでいることを果たして許してくれるだろうか……?

 その二人に拒絶されればいくらヴェルが何を言ってくれたって俺は追い出されることを免れない。



 その後の食事は正直不安で味も分からないままに済ませ、風呂に入ると俺は独り部屋に籠もっていた。



(どう言えば納得してくれるんだ……? そもそも俺が何か言ったところで意味があるのか?)



 悩んでいると部屋をノックする音、開けるとそこにはヴェルが立っていた。

 美しい銀髪が目を引くが、それと同じくらい美しい碧の瞳は俺をしっかりと見つめていた。



「ヴェル……」



「少しいいか? 話があるんだ」



 俺が無言で頷くとヴェルはベッドまで歩くとそこに座り、隣のスペースをポンポンと叩いた。

 異性の隣にいるのは正直緊張するが、大人しく彼女の側に座る。



「明日、君のことを両親にちゃんと説明しようと思う」



「……!」



「そんなに心配しないでくれ。父上と母上は必ず分かってくれる」



 不安に苛まれる俺の気持ちを感じ取っていたのか、ヴェルは俺を安心させようとする。



「……ありがとうヴェル」



 そう零すと彼女は自分の手を伸ばし、俺の手を握って胸元くらいの高さへと上げた。



「君に誓おう。君がここを居場所として感じ、安心できるように」



「なぁ、どうして……俺にそこまで言ってくれるんだ?」



 彼女はもう既に返しきれない程多くのものを俺に与えてくれた。

 それなのにこれ以上俺によくしてくれる、そんな彼女の心が分からなくて、思わず口をついた。



「…………! そ、それは……何で、だろうな」



 ヴェルは顔を赤くしつつも、俺のことをしっかりと見据えていた。

 俺の問いの答えを考えていたのか、少し間を置いてから小さく言葉を紡ぎ出す。



「君が自分の身を省みずに私をフェンリルから助けてくれたこと……そしてこの一週間、君を見てきたが、君は私と訓練した上で屋敷の仕事もしてくれていた。貴族には酷い目に合わされたというのに……」



 ヴェルの言葉を遮ってそんなこと大したことじゃないと言いたくなった。

 けれどもはやそんな異論を挟める雰囲気じゃあなかった。



「つまり……君が誠実で他人のことを思いやれる人……だから、かな」



 ヴェルが言い終えた後、俺は―



「そんなこと言われたの……生まれて初めてだ」



 また彼女の前で涙を流してしまった。

 止めどない感情が溢れ出る、彼女が俺を認めてくれたこと、俺を受け入れようとしていることが―嬉しくて。



「ユーズ……安心して眠りについてくれ。もう君は辛いことを思い出す必要はない」



 手が解かれ、目の前が暗くなる。

 彼女に抱き締められたと分かったのは直ぐあとだ。



「……!」



 彼女の腕は緊張だろうか少し震え、身体からは強い熱を感じた。

 けれどもう俺は彼女の優しさに溺れることにし、そっと目を閉じた。



(本当にありがとう……ヴェル)







「もう寝てしまったか」



 眠りについたユーズを横にして、彼の髪を梳くヴェルエリーゼ。

 彼の寝顔は安心しきった子供のように穏やかだ。



「君といると不思議だ。まるで自分が自分でないように大胆なことができる」



 衝動的に突き動かされた行動だった、彼の顔を自分の胸元にうずめたのは。

 もちろんそんなことをした経験は今までなく、当然ながら滅茶苦茶に恥ずかしい。

 しかしそれでも―彼女はそうしたかったのだ。



「おやすみ……ユーズ」



 恋人に向けた、それとも我が子に対してのような、優しい声色でヴェルは小さく囁いた。

















 翌日、セルシウス邸は主の帰還待ちのため、少しばかり緊張感に包まれていた。



「お帰りなさいませ旦那様、奥様」



 イルベルドさんが出迎え、入口からは二人の気品ある男女がやって来た。



「ああ、ご苦労イルベルド。屋敷も何一つ変わりないようで何よりだ」



「いつも留守をありがとう。ヴェルは居るかしら?」



 父親の方は威厳ある見た目で、厳しそうな雰囲気ながらも使用人を気遣う声からは優しさを感じる。

 母親は温厚そうな口調で、所作からとても上品な女性という感じだ。



「は、お嬢様ならここにおります」



「お帰りなさい。父上、母上」



 ヴェルは両親を出迎える。

 心なしか彼女の表情は明るく見える、やはり家族と会えて嬉しいのだろう。



「ふふ、元気にしていたみたいね。良かったわ」



「……帰宅して早々悪いのですが、大事な話があります」



 表情を切り替え、真面目な口調でヴェルは早速本題を切り出す。



「聞こう。執務室に来なさい」



 ヴェルと両親、そしてイルベルドさんが執務室に入ると俺は段取り通り部屋の前で待機する。

 しばらくすると彼女の呼ぶ声がした。



「お初にお目にかかります。ユーズと申します」



「たった今ヴェルから聞いたよ」



 旦那様の目線は俺の方をじっと見据えた。

 当然だ、身分不詳の怪しい男が自分の屋敷に居てその存在を愛娘から聞かされたのだから。



「頼み事とは彼のことなんだ。ユーズをこの屋敷に住まわせてほしい」



「ヴェル……あなたがそこまで言うんだから悪い子じゃないんだろうけど……幾ら何でも話が早すぎるわ」



 奥様は少し動揺しているようだったが、至極もっとな反応をしている。



「父上も母上も驚かずに聞いてほしいのです。彼は宝刀―零華の力を引き出しました」



「!? 何っ!!! そんな馬鹿な!」



 冷静な態度を取っていた旦那様は机から飛び上がらんばかりに驚愕した。



「う、嘘でしょう……? ヴェル?」



 真偽を確認するかのように奥様がヴェルに問うが、彼女は一切訂正しない。

 落ち着くためか、旦那様はパイプに火を点け一服した。



「本当の本当なのか? ヴェル」



「本当です」



 ヴェルの言っていることが嘘でないと確信したのか、旦那様は腕を組んで俺に目線を戻した。



「それには恐らく彼の特殊な人生が関わっている可能性があります。ユーズ」



 彼女に促され、俺は今までの経歴を洗いざらい説明した。

 話を一通り聞き終わった後、旦那様は―



「……ディアトリスか。まさかそのようなイカれた研究に手を出していたとはな」



 驚きつつも冷静に話を受け止めていた。

 一方で奥様は虐待紛いの生活の話がショックだったのか、憐れむような目をこちらに向けた。



「だがそれが事実とてこのままで彼を住まわせるというのは……認められん」



「父上! ならユーズを放り出すんですか? 今まで彼は辛い目ばかりに会って来たのに……!」



 ヴェルは旦那様の言葉に強く反発する。

 彼女がここまで自分のことで必死になってくれる、正直それだけで救われたような気持ちだ。



 俺のことでこれ以上セルシウス家に面倒を持ち込む訳には行かない。

 旦那様の言うとおりにして出ていきますと言いかけたその時。



このまま・・・・では認められんと言ったんだ。君をヴェルの護衛として雇おう」



「……えっ?」



 思わず聞き返してしまう。



「ヴェルの気持ちはよく分かった。イルベルドからも君がこの一週間、おかしな行動をしていないことも聞いた。そして家宝の零華を使えるとまで言うのだ、まずは様子を見てみようじゃないか」



「あ、ありがとうございます!」



 旦那様の慈悲、俺は心からの感謝を告げた。

 その後ヴェルが俺も王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアを受験したことを報告して旦那様と奥様が驚き呆れたのは別の話だ。

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