〈4〉何やら不穏です?


 

 午後は、各講師がハイクラスルームを交代で訪れ、自己紹介に加えて講義内容を細かく説明する時間だったため、大変充実した時間になった。

 集中していたおかげで、ヒソヒソイヤミ攻撃はあまり気にならず過ごせたレオナは、攻撃してないでちゃんと聞きなよ……後で困るよ? と少し老婆心が湧いていた。

 

 と同時に、エドガーにやたらと話しかけたり、隣に座ったりしているピンク髪の女子学生――自己紹介でユリエ・カトゥカと名乗っていた――がやたらと目の端に入り、度々敵意のこもった目線を向けられているようで、戸惑っていた。

 ユリエという名前にも、カトゥカという家名にも、覚えが全くないのにも関わらず、だ。

 まさか、エドガーのやつめ、昔一目惚れしただとか変なことを言っていないだろうな? と不安になるが、声までは聞こえないので、レオナの憶測でしかなかった。

 

 前の席のゼルには、休憩ごとに

「二人はどれを取るつもりなんだ?」

 や、

「俺、勉強は苦手なんだ……特に数字は眠くなる。レオナ嬢は?」

 や、

「シャルリーヌ嬢は、外交を取るってことは、国外に行く予定でもあるのか?」

 などと、非常に気安くポンポン質問を投げかけて来られるので、周りの学生達に聞き耳を立てられてしまっていた。

 

 公爵家と侯爵家令嬢であるからして、動向が気になるのは分かるが、あからさまだなあ、とレオナの溜息が止まらない。

 

「外交と攻撃魔法が見事に時間被るわね……剣術と王国史も」

 シャルリーヌが講義一覧を見て気付き、指摘してくれた。

「あら、本当だわ。選択講義はあまり一緒に受けられないかもしれないわね」

 届出の提出は明後日。一旦持ち帰って希望のスケジュールを組み、明日お互いに見せ合いながら相談しようということになった。

 

「なー、それ俺も入っていいか? どれを選べば良いのか、さっぱり分からなくてだな」

 ゼルが、一段低い場所からレオナ達の机に顎を乗せて、すまなそうに上目遣いで言う。

 レオナはシャルリーヌと顔を見合わせて、もちろんどうぞ、と笑った。なかなかあざといな! と思わず笑みが溢れる。

「助かる! ありがとな」

 またニカリ、と笑う彼は、自己紹介でコンラートを名乗った。

 コンラート伯爵家の領地は遠く、王都にタウンハウスがあるはずだが、ゼルは寮に入っているそうだ。

 ギリギリまで寝てたいからな! と何故か胸を張っていた。分かる! とレオナは心の中で同意する。


「やあ、レオナ……嬢」

 さてはジャンルーカに叱られたであろうエドガーが、休憩時間を見計らって、わざわざ話しかけに来た。

 レオナは、クラス中の視線が痛いほど刺さるのを感じて、ものすごく不快な気持ちになったが、表面には出さないよう努めた。

「はい、殿下。ご機嫌麗しゅう存じます」

 礼は欠かさないことを心がけ、返事をすると

「ありがとう。同じクラスだね」

 とにこやかに言われた。

「左様ですね」

「私は剣術ではなく、王国史を取ろうと思うんだ。レオナ嬢はどう思う?」

 なんで私に聞くのだろう? と腑に落ちないが、とりあえず

「自国のことを深く理解するのは、大切なことかと」

 私は剣術取るけどね! と思いつつも、レオナは無難に答えた。

「そうか! 剣術でなくても良いかな!」

「それは……恐れながら、私には分かりかねます」

「そなたの意見を聞きたいのだ」

「……大変優秀な近衛の方々が、常にお側にいらっしゃるのであれば、殿下ご自身が鍛錬される必要は……ないのかもしれません。けれど、お決めになられるのは、殿下ご自身かと」

 

 アリスター第一王子もフィリベルトも一通り習っており、相当強いのは有名な話であるが。

 

「そうか、そうだな! ありがとう!」

 エドガーは満足そうに、ご機嫌で席に戻っていってくれたので、レオナはホッと息を吐き席に着く。

 

「なんだったの?」

「なんだったんだ?」

 

 シャルリーヌとゼルが聞いてくるけれど、そんなの私が聞きたい! とレオナは思った。



 

※ ※ ※



 

 一方ユリエは、イライラが止まらなかった。

 エドガーとレオナが普通に会話しているのを見て、動揺した。本当なら入学式の前に、エドガーと道でぶつかってフラグを立てなければならなかったが、近衛騎士に阻まれてしまい、あえなく失敗してしまったのだ。

 

 ユリエは、無意識に、落ち着きなく机をペンで叩く。

 迷惑そうに前の席の学生がチラリと振り返ったが、それには気付かないまま、何度も何度もノートをめくって内容を確かめる。

 何度もめくっているせいか、紙の端がくるんと癖づいている。

 


 ――このままでは、うまくいかない!


 


 ノートには、何人かの名前が書かれていて、マルやバツの印が付けられたり、矢印が付けられたりしている。

 

 その中の一人の名前を、ユリエは再度ぐるぐると囲む。

 タイミングを見計らって、隣のクラスに『彼』がいるかどうか、確認しに行こうと心に決めた。

 野良猫が居る場所は、その後に調べに行けば良い。

 この世界での|。


 

 自分の思う通りに進むだけだ。

 


 

※ ※ ※


 


「皆さんは、これからの王国を支えていく担い手です。たくさんのことをこの学院で学び、未来に貢献できるよう頑張って下さい。では、また明日」

 学院初日は、担任のカミロの挨拶で締めくくられた。

 ようやく終わった、とレオナは肩から力を抜き、深く息を吐いた。

 

 学院へはあくまで学びに来ているのであって、権力闘争やイヤミ攻撃のためではないとレオナは思うのだが――初日から家同士の探り合いや、異性を見定めるような姿勢を感じてしまい、精神的にとても疲れてしまった。

 

 特に婚活については、跡取り問題イコール貴族の死活問題ということもあり、学院が良縁探しの場になっている、とフィリベルトが言っていたのを思い返す。


 そんな公爵令息は、全てのアプローチを容赦なく叩き落としているので、『難攻不落の氷の貴公子』と呼ばれているのだが。

 薔薇魔女といい、この国の人達ってあだ名が大好きなんだなあ、とまたレオナは溜息をついてしまう。

 

 とにかくに巻き込まれたくはない。

 地味~に端っこ~で細々としていたい性格は、例え公爵令嬢に生まれ変わったとしても変わらない、とレオナは思っている。

 それが自分らしいといえばらしいが、とてもフランソワーズのように『いかにもあたくしですわよ』的な態度など取れるもんじゃない、と思わず頬杖をついたのだった。


 寮に帰るゼルとはクラスルームで別れ、シャルリーヌと二人で馬車広場に向かうと、ローゼン家の馬車の隣にバルテ家の馬車が停まっていた。

 バルテ侯爵家の紋章は右向きの鷲がモチーフになっており、対になる左向きの鷲の紋章はオベール侯爵家。

 シャルリーヌの姉であるカトリーヌの嫁ぎ先だ。

 

 バルテ侯爵家には七歳になる長男リシャールもおり、シャルリーヌは『私は気楽な真ん中でほんとに良かったわ〜』と言いつつ、侯爵令嬢として学業もマナーも決して疎かにしない。

 レオナはそんな彼女を尊敬しているし、天真爛漫で誰とでも仲良くなれる明るい性格を、とても羨ましいと思っている。

 

「おかえりなさいませ。レオナ様、シャルリーヌ様」

 ヒューゴーが、馬車の前で完璧な礼をして迎えるのを見るや否や

「わー、余所行きヒューゴー! お久しぶりだー」

 シャルリーヌがからかうと

「相変わらずオレンジっすね」

 ヒューゴーも気楽に返す。

 

 確かに夕方にシャルリーヌのオレンジがかった金髪はきらきら眩しく見える。

「どういう意味!?」

「無駄に目にうるさいっす」

「だから、意味わかんないんだけど!」

「うふふ、仲良し」

 思わずレオナが漏らすと

「「仲良くはない」」

 ハモってしまう二人。

 

「楽しそうだね」

 後ろから柔らかなテノールが響いた。

「お兄様!」

「おかえり、レオナ」

 ふうわりとハグをされたレオナは、フィリベルトの品の良いベルガモットの香水を吸い込んで、安心する。

 

「シャル嬢も。今日はありがとう。また明日宜しく」

「はい、フィリ様。ごきげんよう。レオナ、また明日ね!」

 

 フィリベルトのスマートなエスコートでレオナが馬車に乗るのを見届けると、シャルリーヌはヒューゴーに『いーっ』という顔をしてから、馬車に乗り込んだ。

 ヒューゴーは素知らぬ顔で、そつ無くそれをお見送りする。

 バルテ家の侍従が苦笑を噛み砕きながら礼をし、公爵家の馬車は出発した。


「ユリエ・カトゥカ、ね…」

 馬車の中で、早速レオナが今日の様子を話しながら聞いてみると、聞いたことがない家名だ、とフィリベルトは言う。

 高位貴族のクラス、通称ハイクラスに配属されたからには伯爵家以上か、もしくは強い推薦(後ろ盾)持ちのいずれかであるはずなのだが。

 

「私も気になるな……調べさせよう」

 

 家名もそうだが、今日一日でエドガーに接近しすぎではないか、とレオナだけでなく、クラスメイトは感じていたはずだ。

 不敬にあたることはないだろうが、貴族令嬢であるなら品位の問題である。品位で言うならゼルもだが。

 

「ゼル・コンラート? コンラート伯には妻も子供もいなかったと記憶しているが……養子を迎えたことも知らなかったな」

 

 えぇぇ? とレオナがぱちくりしていると、フィリベルトは苦笑する。

「いや、私は少し王国事情から離れていたからな。この際色々まとめて整理しておくよ」

 去年一年間、フィリベルトは魔道具研究のため、東のブルザーク帝国に留学していた。

 離れていた、とは本当に物理的な距離なわけだが、彼のことだから、情報が欠けているようなことはないはずだとレオナは思う。

「まあ、学院に入るということは、それなりの身辺調査もされたはずだから、心配はいらないよ」


 

 そうですわね、と答えつつ、どこか胸がザワりとするのを感じるレオナであった。



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改稿2023/1/13

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