〈3〉入学式です! 後


 

 マーカム王立学院の入学式自体は、恙無つつがなく終わった。


 会場である講堂で、幼なじみのシャルリーヌとすぐに合流でき、フィリベルトとは入口で別れたレオナである。

 

「じゃあ、私は研究棟にいるからね。お昼に食堂で」

 

 新入生と思われる女子学生が数人、笑顔で手を振る公爵令息を見て、きゃっきゃっ言っていた。

 

「相変わらずうるわしいわねー、フィリ様」

 と、見慣れているはずのシャルリーヌですら、ほうっと溜息をつく。

 それに対して、ああ見えて朝からブチ切れ寸前でしたけどね! 危うく、おめでたい会場にツンドラが発生するところよ……と溜息をつくレオナ。

 

 入学式典では、なんと歓迎の挨拶をマーカム王国第一王子であるアリスター、新入生代表挨拶を第二王子であるエドガーが行ったことで、会場のバイブスは最高潮だった(語彙力の限界)。

 

 こんなに近くで王族を見ることなど、貴族とはいえ滅多にないのだ。おまけにアリスターは、来年立太子を控えており、非常に多忙なので欠席すると思われていた。王子から王子への挨拶バトンなど、超絶レアなだけに、余計盛り上がったと思われる。


 入学式典が終わると、所属するクラスルームに入って、担任教師の挨拶、簡単な生徒同士の自己紹介、学院構内の案内、の予定だ。

 さらにランチタイムを挟んで、必修と選択講義の内容説明があり、普通科卒業に必要な単位数を確保しながら、どれを受けるか自分で申し込むことになる。

 

 つまり今日は、新入生オリエンテーションの日でもある。

 

 クラス分けについては、主に身分が加味されるらしい。

 王族と高位貴族は同じクラスに割り振られる。

 つまり、どう足掻あがいても、エドガーと同じクラスになるのは確定事項である。もちろん今朝の残念な出来事は、既にシャルリーヌにも共有済だがしかし、レオナは憂鬱で仕方がない。

 

「残念王子、大変そうね……」

 侯爵令嬢であるシャルリーヌも、もちろん同じクラスなのが、唯一の救いであった。

 二人で講堂からクラスルームに移動しながら、周りに聞こえないようにコソリと耳打ちされる。

 

「フランソワーズにも、要注意! よ」

 この国の、もう一つの公爵家であるピオジェ家の長女、フランソワーズ。

 

 輝く見事な金のロングヘアで、くるくるな天然パーマ。

 非常に芯のある(遠慮なく言えばスーパーヒステリックな)ご令嬢である。

 黙っていればフランス人形なのだが、いかんせん表情にも声色にも、その気の強さが露骨に出てしまっている。

 

 レオナとは、同い年の公爵令嬢同士ということで、シャルリーヌからは『ものすんごおく、レオナと張り合っているわよ。なんなら、蹴落とそうとしているから。気をつけてね』と幾度となく忠告を受けているわけだが、申し訳ないが彼女のことは、はっきり言って全く興味がない。勝手に敵対心を持たれて、うんざりしているだけである。


「あ、着いたわよ」

 シャルリーヌが、明るい声で教えてくれる。


 高位貴族用のクラスルームは内装も豪華で、フカフカの紺色絨毯じゅうたんに複数のシャンデリア、窓も大きく取られていて非常に明るい。

 机と椅子は階段状に設置されていて、どこに座っても教卓が見えやすい構造になっている。日本の大学でいう、大講義室のセレブ版だ。

 風魔法で声を伝達する魔道具や、冷暖房完備という『ハイクラスルーム』という名称は伊達ではない豪華さである。


 シャルリーヌと二人で、後方廊下側の席を確保したレオナは、窓側最前列にエドガー第二王子を見つけた。

 とりあえず物理的な距離があり、ほっとする。

 周りの学生達がソワソワしているのを見て、思わず苦笑してしまった。

 

 マナーとして基本的に、身分の上の者が話しかけない限り、下の者からは声を掛けられない。

 このクラスで『最高位』であるエドガーに話しかけるのは、さすがに躊躇ためらっている様子が見て取れた。

 学院内では気にしないで良いとはいえ、第一印象は大事だものね〜、と思いつつ、今朝ぶりの二人の近衛騎士とは目が合ったので、生温かな黙礼を交わしたレオナである。

 

「近衛騎士様素敵……」

「髪の毛長い方?」

「うん、でも短い方も誠実そうで素敵ね」

「お名前何と仰るのかしら……」

 

 なんて、早速ヒソヒソされているのが聞こえて、またレオナは苦笑してしまった。やがて――

 


 ザワり、と空気が動いた。

 

 

 いわゆる、ツインテールに結ばれた、ピンク色のフワフワなロングヘアの女子が、エドガーに何かを話しかけている。この世界は金髪、茶髪が多いので、ピンクの髪の毛はとても目立っていた。

 

「とっても積極的な方ね」

 右隣のシャルリーヌが小声で言う。彼女の良いところは、これがイヤミじゃないところだな、とレオナは思う。

 近衛騎士達も、見守っている様子が見て取れた。




 ――近衛騎士って、強いだけじゃなくて、爵位しゃくいも礼儀も気遣いも、って大変な職業だな〜

 ……しかも夜勤もあるよね。体壊しちゃいそう……




 なんてレオナが勝手なことを考えていると

「なー。すごいな! その赤い目」

 前の席の男子学生にいきなり話しかけられ、面食らった。

「? ……私の目の色のことですの?」

「うん。初めて見た!」

 

 不躾ぶしつけではあったが、悪意は感じなかった。

 この国で赤い目といえばローゼン公爵令嬢、と高位貴族であれば、噂ぐらいは知っているはずなのだが、彼は知らないのだろうか? とレオナは不思議に思う。

 

「さっそく殿方とお話になるなんて」

「さすが薔薇魔女ですわね〜」

 

 すかさず飛んでくるイヤミは、フランソワーズとそのお友達からと見て取れた。

 さすがに、話しかけてくれた彼にも聞こえてしまったらしい。グッと声のトーンを落とし、

「わりぃ。俺遠慮なくって」

 気まずそうに肩をすくめる彼は、マーカムでは珍しい褐色肌で、赤系の金髪に筋肉質。

 どこかのダンスパフォーマーグループに居そうだな、とレオナは遠い記憶を思う。

 肩幅からいって、背も高いに違いない。十四歳にはとても見えない精悍せいかんさがあった。

 

「お気になさらないで。私、レオナ・ローゼンと申しますの。話しかけて頂き光栄ですわ」

「よかった! 俺、ゼル」

 ほっとした後、ニカリと笑う彼は、無作法だったが不思議と悪い気が全くしなかった。

 ヒューゴーと気が合いそう! と、レオナの脳内でダンスユニットが結成されてしまった。

 

「私は、シャルリーヌ・バルテよ」

 隣のシャルリーヌは、さすがコミュ力が高い。

 そつなく会話に入ってきてくれて、安心するレオナであった。

「おー。よろしくなー! レオナ嬢、シャルリーヌ嬢」

「よろしくお願いいたします、ゼル様」

「様はいらねーよ……つってもいきなりはムズいか〜そのうちな!」

 シャルリーヌが、頷きながらクスクス笑っている。

 すかさずウインク返ししている彼に、ファンサがすごいです、尊いです! なんてまたしても前世に脳内トリップしてしまうレオナであった。


 そうして各々でクラスメイトとの交流を温めていると、突然教室の私語が止んだ。

 前方を見やると、いつの間にか長身の男性が教卓に立っていた。学生達は何も言われずともささっと居住まいを正し、前に向き直った。

 

 彼はゆっくりと教室を見渡すと、柔らかな微笑みで挨拶をする。

 

「はじめまして。担任のカミロ・セラです。二年間、皆さんを受け持つことになりました。どうぞよろしく」

 

 カミロ、と名乗った先生は、赤く長い髪をゆるく編んでいる細身な男性。

 少しタレ目の左目尻に泣きぼくろがあるせいか、優しそうな印象だ。

 シンプルな白いワイシャツに黒のパンツ、白衣のようなものを羽織っている。

 

「私は、主に魔法制御の講義を受け持っています。専門は魔道具開発です。ちなみに、今私の声を皆さんに聞こえるように伝達しているこの道具も」

 

 コツコツ、と、教卓の上に置かれた小型の装置――スノードームのような、土台の上にガラス玉が乗っている――を指でつついて言う。

 

「私が開発した拡声装置、という魔道具です。興味があれば、いつでもなんでも質問して下さいね」

 

 さて、と手にした書類を開きながら、彼は続ける。

 

「今日は、皆さんの自己紹介と、学院内施設の説明、ランチ後には、普通科で取得する必須と選択の講義について……」




 ※ ※ ※



 

「はあ、やっとお昼ですわね」

 ザワザワする食堂の一角に、フィリベルトが予め席を取っておいてくれていたお陰で、スムーズにランチにありつけた。

 二百人程度は余裕で座れるであろう規模の学生食堂は、無料でカウンターから何品でもセレクトすることができ、スープやスイーツも豊富で、人気が高い。さすが農業王国である。

 

 先生も警備の方々(騎士団と魔術師団)も職員も利用しているので、ランチタイムは様々な人々で混雑している。

 テーブル席と庭に面したカウンター席とがあり、おひとり様でも、気兼ねなく食べられる配慮がされている。

 

「ふふ、大変だね」

 優雅にパンをちぎりながら微笑む、向かいの席のフィリベルトは、新入生たちの目線を一身に集めている。

 

「覚えることがたくさんありそうですわ。まずはどの講義を優先するか、考えないといけませんわね」

「やっぱりレオナは、魔法系?」

 右隣の席にいるシャルリーヌが聞いてきたので

「そうね。ある程度は攻撃魔法も学んでおきたいわ。シャルは?」

 魔法に関わる講義は、魔法を使うこと自体が属性や魔力量に依存するので、任意選択になっている。

「私は魔力それ程多くないから、外交メインかなあ」


 七歳の時、レオナの学友として連れて来られたのが、同い年の侯爵令嬢シャルリーヌだった。

 それから今まで一緒に学んできている、いわば戦友である。

 

「魔力が多くなくても、魔法は積極的に学んだ方が良いよ。基本的には、学院でしか学べないからね」

 フィリベルトのアドバイスに、二人は頷いた。

 

 この国の貴族の血筋は、先天的に魔力を有す者が多い。

 学院に入学させるのは、魔力を悪用せず、魔法を学ぶためでもある。

 魔術師団から講師が派遣され、優秀な学生はスカウトされる仕組みもある。

 剣術に秀でている学生は、元々騎士団志望が多いが、魔法は実戦で使えるかどうか、素質だけでは判断がつかないため、学生をスカウトするのが手っ取り早いのだ。

 

「意外と必須講義だけでも余裕がないものだよ。興味があって受講できそうなものは、選んでおくと良い」

 これは家に帰ってチェックしてもらう方が早いな、とレオナは心に決めた。

 

「ところで、クラスの様子はどうだい?」

 午前の数時間だけなのでまだよく分からないが、エドガーには教室内も近衛騎士が付いていると話すと、

「それはまた…」

 と苦笑が返ってきた。

 王族の慣例かと思っていたが、どうやら違うようだ。

 

「アリスター殿下は、お一人で通われていたよ。髪の長い方はジャンルーカといって伯爵位で、教育係を兼ねて殿下が幼少の頃からの側近だそうだ。今は近衛筆頭でもある。もう一人の方はセリノといって、新人配属枠で従士から上がったばかり」

 だからジャンルーカは、遠慮なく残念王子を回収してくれたのか……納得した。

 

「陛下のご心労がうかがえるな……」

 公式認定の残念さ、とレオナは改めて心に刻んでおいた。

「担任の先生はどなただろう?」

「カミロ先生ですわ」

「優しそうで、カッコよかったです!」

 シャルリーヌの明るさに、レオナの気分が少し上がる。

 

「ふふっ、それは良かった。私はカミロの研究室で、魔道具の共同研究をしているのだけれどね。ベテランだし知識も豊富で、信頼できる方だよ」

 信頼できる、ということが何よりも大事なことだと、レオナは知っている。

 

 そろそろお昼も終わるね、とフィリベルトは懐中時計を確認し、

「帰りの時間は予定通りかな? レオナに合わせるからね」

 と告げた。過保護ー! と再びシャルリーヌの目が訴えているが、レオナは食後の紅茶をしれっと楽しんでいる。

 

「ありがたく存じます、お兄様。馬車広場でお待ちしておりますわ」

「うん。ヒューには早めに来るよう言ってあるから。もし私よりレオナの方が早かったら、馬車に乗って待っていて」

 

 研究のお邪魔では? とレオナが少し遠慮している様子を察したフィリベルトは、

「しばらくはカミロも多忙だから、私の研究のことは気にしなくていい」

 心を即座に読んで、ふわりと微笑んで――後ろの席の新入生たちがその麗しさに撃沈していた。

 じゃあ後でね、と食後のトレイを下げながら、そのまま研究室へ向かっていく。

 

 そんなに顔に出やすいかしら? とレオナが思っていると、シャルリーヌがやれやれな様子で

「相変わらずのレオナ第一主義。ブレないね〜フィリ様」

と独りごちた。


 

 なるほど、シスコンセンサーか! と、レオナはまた納得した。




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改稿2023/1/13

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