第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈1〉入学は憂鬱です
そうして四歳で前世の記憶を思い出し、政略結婚拒否を父であるベルナルドに訴えてから早十年。
レオナの公爵令嬢としての初期教育については、ひっつめ女史、もといエリデの大変に厳しくも愛のある? 指導で無事修了した。
あのあとの関係は非常に良好であり『何であの時叩いたん?』と十年経っても疑問に思っているが、なんとなく未だに聞けていないレオナである。
十年という月日は、過ぎてみればあっという間だが、公爵令嬢として過ごすにはなかなかに密度が濃い日々だった。
中でも特に、父であるベルナルドが王国宰相を拝命してますます忙しくなったことは、逆にローゼン公爵家の地盤を揺るぎないものにした。
実は、レオナが記憶を取り戻した年に、王国の北の森で大規模な『スタンピード』という魔獣の大量発生が起き、多数の死傷者が出ていたのだ。
その甚大な被害と困難な戦況を、大陸周辺国との同盟でもって早急に収束させた貢献を評価され、ベルナルドは宰相になった。前任の宰相は『やっと引退できる!』と笑顔で退任したヨボヨボのお爺様だったそうだ。
特に、マーカム王国の北の森に面している、辺境領の被害は筆舌に尽くし難いものだった。王都への被害を最小限に抑えるため、東隣のブルザーク帝国、西隣のガルアダ王国と同盟関係を構築して、友好国からの援軍を得たのがローゼン公爵ことベルナルドなのである。その同盟契約締結への尽力と貢献をもって『王国宰相』という栄誉ある役職を、本人いわく『嫌々』拝命したのだった。
そんな訳で現在、公爵家当主兼任でスーパーウルトラ超絶激務な宰相閣下は、それでもなるべく家族の時間を取ることに尽力し、ローゼン公爵家では家族愛がさらに深まった。特にレオナに対しては溺愛と言っても過言ではない。そして、彼女が六歳の時に専属侍従とメイドが付けられた。孤児院育ちで冒険者出身のヒューゴー、元男爵令嬢のマリーである。ちなみに二人は新婚! 夫婦でもある。両親のいない二人にとって。執事のルーカスが父親代わりであり、師匠でもあるらしい。
さて、そんなレオナに、貴族の子女が必ず入学しなければならない、王立学院入学の日が迫ってきている。
入学前の簡易魔力測定を受けて魔力があると分かり、『必ず入学するように』とのお達しまで頂いてしまった。どうやら身分問わず、魔力のあるものは強制入学だそうだ。ぶっちゃけ、えーん! めんどーい! と思っていたりする。
――だって、学院だよ? 勉強だよ?
あとね、人間関係ね! 元ボッチ喪女にはなかなかキツいものが……
「お嬢様、サイズはよろしいようですね。良くお似合いです!」
マリーが姿見を支えながら、ニコニコしている。
鏡の中には、今年十五歳を迎える公爵令嬢が、この春から通う、その王立学院の制服を着て立っていた。
母親譲りのプラチナブロンドの髪の毛は、胸の辺りまで伸ばしてゆるく巻いている。くっきり二重は目尻が父親に似て少し上がっていて、それだけならちょっと気の強そうな顔立ち、で終わりなのだが、瞳の色は――深紅だ。
ローゼン公爵家は瑠璃色の瞳、アデリナの祖国のガルアダ王家と実家のフリンツァー公爵家は水色の瞳の遺伝が多い。深紅の瞳はこの世界に存在しないと言われている。
但し、遥か昔に、ローゼン公爵家の先祖に膨大な魔力量を誇った女性が存在していた。
彼女はのちに『薔薇魔女』と呼ばれ、深紅の瞳だったと文献に残っている。『魔女』というニュアンスからも分かる通り、禁忌の古代魔法で国を一瞬で滅ぼしただの、残虐なことが好きだっただの、世界を滅亡させただの、この王国では『絶対悪』の象徴として伝わっている。
つまりは、
「そうね、大丈夫そうだわ。ありがとう」
くるりと鏡に背を向け、スカート丈とブーツのバランスを確認するように左右に振り返ってみてから、ふう、とひと息つく。
王立学院の制服はマーカム王国カラーの青い鮮やかなリボンタイが特徴。女子は白いブラウスに濃紺のシングルジャケットとロングフレアスカートのセットアップだ。
男子は上は茶系のシングルジャケット、下は濃紺のシンプルなトラウザで、黒か茶のロングブーツを指定されている。
マーカム王立学院のカリキュラムは、主にマナー、外交、剣術、魔法、政治学、経済学等で、普通科二年、高等科二年。大抵は十六歳で成人となるため普通科で卒業する。
貴族と魔力持ちは必須入学、平民は任意入学なのだそう。
四月から九月の前期と、十月から三月の後期に分かれていて、単位制。試験は学期末のみだが、魔法や剣術の実技もあるとか。ついていけるかなあ……とレオナは不安になる。
出来上がった制服は一旦クローゼットにしまって、家用のシンプルな紺色のワンピースに着替えたレオナは、私室のソファに腰掛けて、お茶の準備をしてくれているマリーをぼんやりと眺めた。
学校……懐かしい響きで、大人からすると遠い昔の出来事のよう(実際前世を合わせると二十年くらい前になる)だなと思いを馳せる。
貴族にとって入学は必須だが、もちろん卒業試験に合格しなければ卒業できない。学院在学中に縁談がまとまり、成人は十六歳だし卒業を待たずに退学、というパターンも結構あるらしく、女子にとっては卒業できてないからどうということはない。
けれども――入るからにはちゃんと卒業したいと考える、真面目な元日本人のレオナである。公爵令嬢としての外聞や義務感ももちろんあるけれど、せっかくなら卒業する、という目標を立てて、やれるだけ勉強してみたい! と思い直した。
この先どういう人生になるか分からないけれど、努力するに越したことはないしね! と自身を奮い立たせる。
「お嬢様、お疲れですか?」
気遣わしげなマリーの言葉で、いけない、また思考の波にうもれていた、と反省する。
「大丈夫よ、マリー。ありがとう。学院生活を想像していたの。うまく立ち回れるかしら」
茶葉の豊かな香りに癒されながら、お茶を口に含むレオナは、マリーのお茶はいつも美味しいわね、と褒めた。今度淹れ方を教えてもらおう、と心に決める。
「ご心配には及びません。フィリベルト様がいらっしゃいますし、シャルリーヌ様もご一緒に入学されるのでしょう?」
兄のフィリベルトは、レオナが入学する年に高等科二年生になる。高等科一年生の時は特待生扱いでブルザーク帝国へ留学もしていたくらいの優秀さ。常に学年トップに君臨しているそうだ。専攻は魔道具研究。
シャルリーヌというのは、シャルリーヌ・バルテ。レオナの唯一の友達である、侯爵令嬢。唯一の、というのがまた……とレオナは密かに苦笑する。
「そうね、シャルが居てくれるから心強いわ」
それでも溜息が止まらないレオナの様子に、マリーは色々知っているせいか、困った表情を浮かべている。
レオナの憂鬱の最大の原因は、マーカム王国第二王子である、エドガー・マーカム。ローゼンでは残念王子と
あれは、レオナが六歳の時。
王妃殿下のお茶会に出席するアデリナ連れられて(なんとしても連れて来てくれ! と王様から頼まれたらしい)王宮の庭で初対面を果たしたのが、出会い。
王家的には、将来の『婚約者候補』――ゾッとする! ――と思ってのことだったのかもしれないが、あいにくレオナは、『政略結婚絶対回避女』である。
身分制度にも疎いせいか、『王子』という高貴なお方には
本人には、形式通りのご挨拶を
だがしかし、あろうことかエドガーはお茶会のお開き後、国王に対し「レオナに一目惚れした! 結婚したい!」と必死で訴えたそうな。
早速縁談のお伺いを立てられたベルナルドは、即座に『だが断る!』を発動。公爵家当主とはいえ、王族相手に良く言ってくれたと、感謝しかないレオナである。
そんなわけで、ローゼン公爵ベルナルドの絶対防衛ラインにより、婚約を断り続けてはいるのだが……「まだまだ若いし、検討しといて〜」な感じで濁され、エドガーのお手紙攻撃は細ーく長ーく八年! も続いている。
八年ぞ! 赤ちゃんも小学二年生になるぞ! しつこいな! やれお茶会を開きたいだの、最近は馬術にハマっているだの、観劇に興味があるだの、ハイハイ暗にデートのお誘いですね、だが断る! ――
レオナからすれば、失礼のない程度に誘いを流しつつ、時制の挨拶くらいな返事はしているものの、正直ウザイと思っている相手だ。
王族相手に完無視は無理だから、三回に一回既読スルーしてるのに、いい加減悟れや! と言いたい気分でいる。
これが学院で同級生になると思うと、溜息が止まらないのも無理はないであろう。否が応でも、毎日顔を合わせる羽目に……王子だから
「なるようにしかならないわよね……また愚痴らせてね、マリー」
「もちろんです、お嬢様! ヒューもお傍についておりますので、いかようにでもお使い下さいね!」
さすがのヒューゴーも、王子相手じゃあ無理だろうけど、『いい加減迷惑なことぐれえ気付けや、馬鹿ボンボン! キッショ!』とかバッサリ言ってくれないかな〜と想像して、少しでも気分を上げようと考えていると、
コンコン
夕食の時間だ。
マリーが扉を開けると、ぶえっくしょい! と盛大なくしゃみをしたヒューゴーが、ぶるる、と肩を震わせながら
「なんか今、すげー嫌な予感がした……」
と、神妙な顔。
わー、当たってるぅ〜! と密かに笑いを噛み殺したレオナであった。
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お読み頂き、ありがとうございました!
王立学院生活の始まりです。
2023/1/13改稿
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